第22話「過去」
祖母の残響と会った夜、柊は母の残響に報告した。
「おばあさんに——会ってきた」
母の表情が驚きに変わった。
「美代さんに?」
「ああ。横浜残響庭園で」
「そう——美代さん、まだ——」
母の声が震えた。
「颯太さんは——お母さんのこと、とても愛してた。でも——同時に、苦しんでもいた」
「知ってたの?」
「何となく。颯太さんは——あまり話してくれなかったけど」
母は遠くを見つめた。
「美代さんは——どうだった?」
「優しい人だった。でも——父さんのことを知って、泣いてた」
「そう——」
「自分のせいだって。父さんが苦しんだのは、自分がいたからだって」
母の目から、涙が溢れた。
「違うわ——美代さんのせいじゃない」
「俺も、そう言った」
「……」
「でも——おばあさんは、ずっとそう思ってたみたいだ。父さんが来なくなってから」
沈黙が流れた。
風が吹いた。葉桜が揺れた。
「母さん」
「なあに」
「父さんは——なぜ、おばあさんの残響から離れられなかったんだろう」
母は考え込んだ。
「颯太さんは——お母さんを、とても愛してた。幼い頃に亡くなったから——もっと一緒にいたかったんだと思う」
「でも——残響は、本物じゃない。父さんは——それを、誰よりも知ってたはずだ」
「ええ。だから——苦しんだのよ」
母は柊を見た。
「残響が本物じゃないとわかっていても——会いたい気持ちは止められない。その矛盾に——颯太さんは、引き裂かれてたの」
柊は——自分自身のことを考えた。
母の残響。五年間、毎日会ってきた。
残響が本物ではないと——わかっている。でも、会いたい。声を聞きたい。
父と——同じ矛盾を、柊も抱えている。
「柊——」
母が言った。
「あなたは——颯太さんとは、違う」
「え?」
「あなたは——自分の気持ちと、向き合おうとしてる。逃げずに」
「……」
「颯太さんは——逃げ続けた。お母さんの残響に会い続けることで——現実から、逃げ続けた」
母は柊の手を取った。
「でも、あなたは違う。真実を知ろうとした。私に——伝えてくれた」
「母さん——」
「だから——あなたは、大丈夫。前に進める」
柊は——母の手を握りしめた。
本当に——大丈夫だろうか。
わからなかった。でも——母の言葉は、温かかった。
◇
翌日、柊は玲に連絡した。
『おばあさんの残響——成仏させるべきだろうか』
しばらくして、返信が来た。
『それは、お祖母さん自身が決めること。柊が決めることじゃない』
『でも——おばあさんは、ずっと苦しんでた。自分のせいで父さんが——って』
『それでも——残響の成仏は、残響自身の意思が必要。柊にできるのは、選択肢を提示することだけ』
柊は考えた。
祖母の残響に——成仏という選択肢を、提示するべきか。
それは——柊の役目なのだろうか。
『もう一度、会いに行こうと思う。話をしに』
『そう。気をつけて』
◇
週末、柊は再び横浜残響庭園を訪れた。
祖母の残響は——前回と同じ場所にいた。縁側で、庭を眺めている。
「また来てくれたのね」
「はい」
「お茶、淹れましょうか」
「お願いします」
二人は縁側で、茶を飲んだ。
しばらく、沈黙が続いた。
「颯太のこと——教えてもらえる?」
祖母が尋ねた。
「あの子は——どんな人生を送ったの」
柊は——父のことを話した。
残響研究所での仕事。母との出会い。結婚。柊の誕生。
そして——死。
「そう——あの子は、研究者になったのね」
祖母は微笑んだ。
「小さい頃から——賢い子だった。何でも、すぐに覚えて」
「そうだったんですか」
「でも——感情を表に出すのが、苦手だった。辛いことがあっても——一人で抱え込んで」
祖母は遠くを見つめた。
「私がいなくなった後——あの子は、どうやって生きていくだろうって、心配だった」
「……」
「だから——残響になった。あの子のそばに、いたかったから」
祖母の声が震えた。
「でも——それが、あの子を苦しめてしまった」
「おばあさん——」
「私は——ここにいるべきじゃなかったのかもしれない」
柊は——祖母を見つめた。
「おばあさん——成仏を、考えたことはありますか」
長い沈黙が流れた。
「ある——何度も」
祖母が答えた。
「颯太が来なくなった後——何度も、考えた。でも——」
「でも?」
「いつか——颯太が、また来てくれるかもしれないって。待ってたの」
祖母の目から、涙が溢れた。
「ずっと——待ってた。でも——あの子は、もういないのね」
柊は——祖母の手を取った。
「おばあさん——」
「私——どうすればいいかしら」
祖母は柊を見た。
「あなたは——颯太の息子。あなたに——決めてほしい」
柊は——言葉に詰まった。
祖母の運命を——柊が決めるのか。
それは——重すぎる責任だった。




