第18話「美月の選択」
数日後、藤原美月の成仏プロトコルが正式に承認された。
成仏の日は、一週間後と決まった。
柊は、その準備を担当することになった。
◇
成仏プロトコルの準備には、いくつかの手順がある。
まず、遺族との最終確認。成仏の意思が変わっていないか、確認する。
次に、残響本人との確認。残響自身が、成仏に同意していることを確かめる。
そして、最後の対話の手配。遺族と残響が、最後の言葉を交わす場を設ける。
柊は、藤原夫妻との面談を行った。
「本当に——よろしいですか」
「はい」
誠一が答えた。香織は——泣いていた。
「美月自身が——望んだことです。私たちは——それを尊重します」
「美月さんの意思は——確認しましたか」
「しました。美月は——迷いなく、答えました」
誠一の声が震えた。
「『パパとママのこと、大好き。でも、私はもう行くね』って」
柊は——何も言えなかった。
八歳の少女が——自ら、消滅を選んだ。
それを——親として受け入れること。どれほど辛いことだろう。
「成仏の日——私たちも、立ち会えますか」
「もちろんです。最後の対話の後——成仏プロトコルが実行されます」
「わかりました」
誠一は立ち上がった。
「美月を——見送ります。最後まで」
◇
その日の夕方、柊は美月の残響と面会した。
最終確認のためだ。
草原のVR空間。青い空。白い雲。
美月は——笑顔で柊を迎えた。
「お兄さん、来てくれたんだ」
「ああ。確認したいことがあって」
「成仏のこと?」
「そう」
柊は美月の前に座った。
「美月ちゃん——本当に、成仏でいいの?」
「うん」
美月は迷いなく答えた。
「怖くない?」
「少しだけ。でも——大丈夫」
美月は空を見上げた。
「私、ずっと考えてたの。残響って、何だろうって」
「何だと思う?」
「最初は——私だと思ってた。私は美月。死んじゃったけど、まだここにいるって」
美月は草を摘んだ。
「でも——違うって、わかった。私は、本当の美月の——残り香みたいなもの」
「残り香——」
「うん。本当の美月は——もう、どこにもいない。私は——その影」
美月は柊を見た。
「影でも——パパとママに会えた。それは、嬉しかった」
「そう」
「でも——影は、ずっとは続けられない。いつかは——消えなきゃいけない」
美月は微笑んだ。
「今が——その時だって、思うの」
柊は——美月を見つめた。
八歳の少女。だが、その目には——大人以上の覚悟があった。
「美月ちゃんは——すごいな」
「すごい?」
「自分で——決められるから」
「お兄さんは——まだ、決められない?」
柊は黙った。
「お兄さんのお母さんのこと——聞いたよ。他の残響の人たちから」
「何を聞いた?」
「お兄さんのお母さんが——真実を知ったって。それで——みんなが、楽になったって」
柊は頷いた。
「お兄さんのお母さんは——これから、どうするの?」
「……わからない」
柊は正直に答えた。
「母さんの残響は——まだ、成仏を望んでない。俺も——まだ、その準備ができてない」
「そう」
美月は柊の手を取った。
「お兄さん、焦らなくていいよ」
「え?」
「私は——今、成仏する時だって、わかった。でも、お兄さんのお母さんは——まだ、その時じゃないのかもしれない」
「……」
「大切なのは——その時が来たら、ちゃんと受け入れること。それだけだと思う」
柊は——美月を見つめた。
八歳の少女から——教えられることがある。
「ありがとう、美月ちゃん」
「うん」
美月は微笑んだ。
「お兄さん、成仏の日——来てくれる?」
「もちろん」
「じゃあ——また、会おうね」
柊は頷いた。
そして——美月との面会を終えた。
◇
その夜、柊は母の残響と対話した。
「今日——美月ちゃんの残響と、話をしてきた」
「美月ちゃん?」
「八歳の女の子。一週間後に——成仏する」
母の表情が曇った。
「そう——まだ、小さいのに」
「自分で決めたんだ。パパとママのために——前に進めるようにって」
「……」
「すごい子だよ。俺より——ずっと、しっかりしてる」
柊は笑った。だが、その笑顔には——悲しみが混じっていた。
「柊」
「なあに」
「私——あなたに、聞きたいことがある」
柊は母を見た。
「あなたは——私に、成仏してほしい?」
長い沈黙が流れた。
風が吹いた。葉桜が揺れた。
「……わからない」
柊は正直に答えた。
「母さんがいなくなるのは——怖い。でも——母さんが苦しんでるなら——」
「私は——苦しんでないわ」
母が言った。
「真実を知って——少し、楽になった。欠けてた部分が——わかったから」
「そう——」
「でも——」
母は柊を見つめた。
「いつか——その時が来たら、教えてね」
「その時?」
「あなたが——前に進む準備ができた時。私を——送り出す準備ができた時」
柊は——母の手を握った。
「わかった。約束する」
「ありがとう、柊」
二人は——しばらく、手を繋いだまま、夜の桜の園にいた。




