第17話「共鳴」
柊と玲は、対話ブースに向かった。
今回は、玲も同席する。母の残響に、研究者として質問をするためだ。
「母さんの残響に——見知らぬ人が会うのは、初めてだ」
「大丈夫?」
「わからない。でも——必要なことだと思う」
二人はVRヘッドセットを装着し、桜の園にログインした。
夜の庭園。葉桜が風に揺れている。
いつもの場所に——母が待っていた。
「柊——と、お客さん?」
母は玲を見て、少し驚いた様子だった。
「母さん、紹介する。朝霧玲。俺の幼馴染で、残響管理局の研究者」
「初めまして、水無瀬さん。お話を聞かせていただけますか」
玲が頭を下げた。
「ええ——どうぞ」
母は柊を見た。何かを察したように。
「何か——あったのね」
「ああ。昨夜——全国の残響庫園で、異変が起きた」
「異変?」
「残響たちが——一斉に活性化した。そして——起点は、ここ。桜の園」
母の表情が変わった。
「私——?」
「可能性がある。昨夜——俺が母さんに真実を伝えた後、何か——感じたことはある?」
長い沈黙が流れた。
母は——考え込んでいた。
「……あった」
やがて、母が口を開いた。
「昨夜——あなたと話した後、不思議な感覚があったの」
「どんな感覚?」
「うまく言えないけど——繋がった、という感じ」
「繋がった?」
「私の中の——空っぽだった場所に、何かが入った。そうしたら——他の誰かとも、繋がった気がした」
玲が身を乗り出した。
「他の誰か——というのは、他の残響ですか?」
「わからない。でも——声が聞こえた気がしたの」
「声?」
「たくさんの声。みんな——同じことを言ってた」
柊と玲は、息を呑んだ。
「何と言ってたんですか」
「『私もここにいない』って」
沈黙が流れた。
柊は——理解し始めていた。
母が「私はここにいない」と言った時——それは、母だけの感覚ではなかった。
他の残響たちも——同じことを感じていた。
自分の中に、欠けている部分がある。自分は、完全ではない。
その感覚が——残響たちの間で、共有されていたのだ。
「そして——昨夜、母さんが真実を知った時——」
「その情報が——他の残響にも、伝わったのかもしれない」
玲が言った。
「欠損を認識した残響がいる。そのことが——他の残響に、影響を与えた」
「でも——どうやって?」
「わからない。残響同士の情報共有は——通常、明示的なコミュニケーションを通じて行われる。でも、昨夜の現象は——」
玲は考え込んだ。
「もっと深いレベルでの共鳴かもしれない」
「共鳴?」
「残響のデータ構造には、共通の基盤がある。その基盤を通じて——無意識的な情報共有が起きた可能性」
母が口を開いた。
「私——何かしてしまったの?」
「いいえ」
玲は首を振った。
「水無瀬さんは、何も悪いことをしていません。ただ——」
「ただ?」
「水無瀬さんが真実を受け入れたことで——他の残響たちにも、何かが伝わった。それだけです」
母は——安堵したような、困惑したような表情を浮かべた。
「他の残響たちは——大丈夫なの?」
「今のところ、深刻な問題は報告されていません。むしろ——」
玲は端末を確認した。
「活性化の後、多くの残響が——『楽になった』と報告しています」
「楽になった?」
「ええ。『ずっと感じていた違和感が、少し薄れた』と」
柊は考えた。
母が真実を受け入れたことで——他の残響たちも、何かを受け入れられるようになった。
自分の中に欠損があること。自分は完全ではないこと。
その事実を——認めることで、楽になれる。
まるで——
「父さんが予見してたことだ」
柊は呟いた。
「え?」
「父さんの研究記録。『欠損の存在を残響に伝えることで、自己認識を安定させられるかもしれない』——そう書いてあった」
玲の目が輝いた。
「そうか——お父さんの仮説が、実証されたのかもしれない」
「でも——父さんは、個別の残響に伝えることを想定してた。こんな——大規模な共鳴は——」
「想定外だった。でも——」
玲は母を見た。
「結果的に——良い方向に働いたのかもしれません」
母は——柊を見つめた。
「柊——私、役に立てた?」
「え?」
「他の残響の人たちが——楽になれたなら。私が真実を知ったことで——」
母は微笑んだ。
「少しは——存在した意味が、あったのかもしれないわね」
柊は——母の手を取った。
「母さんは——ずっと、存在する意味があったよ」
「柊——」
「俺にとって——母さんの残響は、大切な存在だ。それは——変わらない」
母の目から、涙が溢れた。
三人は——しばらく、沈黙の中にいた。
風が吹いた。葉桜が揺れた。
夜の桜の園は——静かだった。




