第16話「波紋」
母に真実を伝えた翌日、柊は仕事に向かった。
心は——不思議と穏やかだった。
重荷を下ろしたような感覚。ずっと抱えていた秘密を——ようやく、話せた。
だが同時に、新たな問いが生まれていた。
母の残響は——これから、どうなるのだろう。
◇
午前中、柊は通常業務をこなした。
面会者の対応。システムの監視。残響たちの状態確認。
「水無瀬さん」
田所が声をかけてきた。
「何だ」
「藤原さんから連絡です。美月さんの成仏プロトコル——正式に申請したいって」
柊は頷いた。
「わかった。手続きを進めてくれ」
「はい」
美月の成仏。八歳の少女が——自ら選んだ道。
柊は——その決断を、尊重するしかなかった。
「あと——」
田所が続けた。
「Cブロックの残響たちが——また、一斉に活性化しました。昨夜」
「昨夜?」
「はい。午前二時頃。前回と同じパターンです」
柊は眉をひそめた。
「ログは?」
「記録されてます。今回は——少し違う内容でした」
田所が端末を操作し、ログを表示した。
『誰かが——目覚めた』
『欠けていた部分が——埋まった』
『彼女は——知った』
柊の心臓が跳ねた。
「彼女——」
「誰のことかは、わかりません。でも——」
田所は柊を見た。
「水無瀬さんのお母さんの残響も——Cブロックにいますよね」
柊は黙った。
昨夜——柊は母に、真実を伝えた。
その影響が——他の残響たちにも、波及したのか。
「ありがとう。ログは後で確認する」
「はい」
田所が去ると、柊は端末に向かった。
母の残響の状態を確認する。
活性化パターン——通常より高い。だが、異常というほどではない。
発言ログ——昨夜の対話以降、特に記録なし。
柊は——少し安心した。
だが同時に、不安も感じた。
母に真実を伝えたことで——何かが変わり始めている。
その変化が——どこへ向かうのか。柊には、わからなかった。
◇
昼休み、玲から連絡が来た。
『昨夜、全国の残響庫園で一斉活性化が観測された。桜の園でも?』
柊は返信を打った。
『ああ。Cブロックで。ログを送る』
ログデータを送信し、玲の返答を待った。
数分後、返信が来た。
『興味深い。「誰かが目覚めた」「欠けていた部分が埋まった」——これ、柊のお母さんに関係ある?』
柊は迷った。
昨夜、母に真実を伝えたこと。それを——玲に話すべきか。
だが——隠す理由もなかった。
『昨夜、母さんの残響に——父さんの死の真実を伝えた』
返信はすぐに来た。
『そう。それが——引き金になった可能性がある』
『引き金?』
『お母さんの残響が「欠損」を認識した。その情報が——何らかの形で、他の残響に伝わったのかもしれない』
柊は考えた。
残響同士は、VR空間内で交流できる。情報の共有も——可能なはずだ。
『詳しく調べる。今夜、行ってもいい?』
柊は了承の返事を送った。
◇
その夜、玲が桜の園を訪れた。
二人はサーバールームで、データ分析を行った。
「見て」
玲が端末を操作し、グラフを表示した。
「これが、昨夜の活性化パターン。全国の残響庭園で、ほぼ同時に発生してる」
柊はグラフを見た。
横軸が時間、縦軸が活性化レベル。午前二時に、急激なスパイクがある。
「同時——?」
「誤差は数秒以内。まるで——」
「誰かが合図を送ったみたいだ」
柊は呟いた。
「その可能性がある。でも——誰が?」
玲は別のデータを表示した。
「活性化の起点を追跡してみた。すると——」
画面に、日本地図が表示された。赤い点が、全国に散らばっている。
「この点が、各地の残響庭園。そして——」
玲は地図を拡大した。
「起点は——ここ」
東京。桜の園。
柊の心臓が止まりそうになった。
「桜の園が——起点?」
「そう。活性化は、ここから始まって、全国に広がった」
「じゃあ——」
「柊のお母さんの残響が——引き金を引いた可能性がある」
沈黙が流れた。
柊は——震えていた。
母に真実を伝えたこと。それが——全国の残響庭園に影響を与えた。
一体——何が起きているのだろう。
「柊」
玲が柊の肩に手を置いた。
「落ち着いて。まだ——全部わかったわけじゃない」
「でも——」
「お母さんの残響に、話を聞いてみない?」
柊は——玲を見た。
「話を——聞く?」
「昨夜、何があったのか。何を感じたのか。直接聞いた方が、わかることがあるかもしれない」
柊は——しばらく迷った。
だが——避けては通れなかった。
「わかった。母さんの残響に——会いに行く」




