第106話「沢渡の引退」
ある日——沢渡から、話があると言われた。
◇
「水無瀬——座ってくれ」
沢渡の表情は——穏やかだった。
「何ですか——」
「俺——来年で、引退することにした」
柊は——驚いた。
「引退——」
「もう——六十五だ。そろそろ、若い奴に任せようと思ってな」
「……」
「後任は——お前だ」
柊は言葉を失った。
「俺——ですか」
「ああ。残響庭園の——責任者を、お前に任せたい」
◇
柊は——考え込んだ。
責任者——それは、重い役職だった。
残響庭園全体を——統括する立場。
「俺に——できますか」
「できる。お前なら——」
沢渡は柊を見つめた。
「十二年——見てきた。お前は——この仕事に、向いてる」
「……」
「残響たちを——本当に、大切にしている。それが——一番、大事なことだ」
柊は——黙って聞いていた。
「技術も——経験もある。何より——情熱がある」
「沢渡さん——」
「頼む——水無瀬」
沢渡は頭を下げた。
「残響庭園を——頼む」
◇
柊は——玲に相談した。
「責任者——か」
玲が言った。
「俺に——できると思うか」
「できるわよ——」
「本当に——」
「柊は——ずっと、この仕事を大切にしてきた」
玲は微笑んだ。
「残響たちも——信頼してる。スタッフも——尊敬してる」
「……」
「だから——大丈夫」
柊は——決意した。
「引き受ける——」
「よかった——」
「俺なりに——頑張る」
玲は柊を抱きしめた。
「一緒に——頑張ろう」
「ありがとう——」
◇
翌日——沢渡に返事をした。
「引き受けます——」
「そうか——よかった」
沢渡は安堵した表情をした。
「一年かけて——引き継ぐ。心配するな」
「はい——」
「水無瀬——」
「何ですか——」
「お前は——お前の父親に、似てるな」
柊は驚いた。
「父に——」
「ああ。研究への情熱、残響への愛情。同じだ」
「……」
「水無瀬蒼太は——俺の友人だった」
「知ってます——」
「彼が死んだ時——俺は、悔しかった。もっと——助けてやれなかったかって」
沢渡の目に——涙が光った。
「でも——お前を見てると、思う。蒼太の意志は——ちゃんと、受け継がれてる」
「沢渡さん——」
「だから——安心して、任せられる」
柊は——深く頭を下げた。
「ありがとうございます——」
◇
新しい章が——始まろうとしていた。




