第十五章:極秘円卓と、最後のハッタリ
翌朝、蓮のアパートの前に停まっていたのは、三財閥が共同で手配した防弾仕様のロールス・ロイスだった。
車内に案内された蓮の膝の上には、道明寺の手でロックが解除されたあのUSBメモリが置かれている。
画面越しに確認した中身は、まさに国家を揺るがす核爆弾だった。政財界の裏金ルート、官僚への贈収賄記録、そして御三家が長年隠蔽してきたカルテルの全貌――。
(逃げれば殺される。なら、道明寺の爺さんの言う通り、全員の首根っこを押さえつけるしかない……!)
車は東京へと走り、帝国ホテルの地下深くにある、地図に載っていない極秘フロアへと滑り込んだ。
重厚なオーク材の扉が開かれる。
そこには、巨大な円卓を囲むように、日本の頂点に君臨する十数人の怪物たちが座していた。
桐生巌、西園寺司、そして車椅子に乗った白河財閥総裁・白河修一郎。さらに背後には、大手メガバンクの頭取や元総理大臣の顔ぶれまでもが並んでいた。
部屋に一人の高校生が足を踏み入れた瞬間、全出席者の視線が蓮へと集中した。
誰もが息を呑み、値踏みするように、そして恐れるようにその姿を見つめている。
蓮は震えそうになる膝を気迫で押さえつけ、前世で培った「修羅場のハッタリ」の集大成をその身に宿した。
猫背を正し、顎を引き、冷え切った視線で円卓の面々を一瞥する。そして、空席となっていた上座の革張りチェアへと真っ直ぐ歩み寄り、音もなく腰を下ろした。
制服のブレザーのまま、脚を組み、静かに円卓を見渡す。
「……随分と大層な茶番を用意してくれたな」
蓮の第一声に、部屋の空気が凍りついた。
元総理の老人が眉をひそめ、口を開きかけた。
「若造が……いくら桐生や白河が推薦したとはいえ、このような場に高校生が座るなど――」
「黙れ」
蓮は遮るように、胸ポケットからあの漆黒のUSBを取り出し、円卓の中央へとカツンと滑らせた。
「アトラス・キャピタルが昨夜、欧州市場から完全撤退した理由は知っているな? ……次はその中身を、東京地検と全国紙の輪転機に流す番だ。座っている席の順に、全員の名前が綺麗に載っているぞ」
室内が完全に静寂に包まれた。
アトラス・キャピタルの壊滅劇は、今朝の財界を揺るがした最大の激震だったのだ。それを引き起こした張本人が目の前の少年であるという事実を突きつけられ、元総理の顔からサーッと血の気が引いていく。
桐生巌が感極まった面持ちで立ち上がり、白河修一郎もまた、震える手で深く頭を下げた。
「若君……我が国の未来を憂い、長きにわたり市井から腐敗を監視されてきたその深慮、平伏するほかございません」
「我らは、あなた様をこの国の新たな『影の裁定者』として推戴いたします。どうか、我らに進むべき道をお示しください!」
西園寺司も、銀行頭取たちも、全員が立ち上がり、ただ一人の高校生に向かって深々と最敬礼を捧げた。
日本という国家の最高権力が、完全に蓮の足元に跪いた瞬間だった。
蓮は冷徹なポーカーフェイスを崩さないまま、心の中で盛大に叫んでいた。
(……なんでだよ!! なんでただの貧乏高校生が日本の影のボスになっちゃってんだよぉぉぉぉ!!)
だが、ここまで来てしまえば、もう後戻りはできない。
蓮は深く息を吸い込み、冷たく告げた。
「……いいだろう。だが、俺が下す命令はたった一つだけだ」
怪物の群れが、固唾を呑んで蓮の次の言葉を待つ。
「俺の日常に、二度と誰も干渉するな。俺はただの高校生として卒業し、ただの民間人として慎ましく暮らす。お前たちが勝手な利権争いで街を汚したり、一般人に迷惑をかけたら……その瞬間、この国の経済を根底から解体すると思え」
あまりにも清廉で、あまりにも絶対的な『玉座からの命令』。
重鎮たちは震え上がり、感涙すら浮かべながら一斉に誓いの言葉を口にした。
「御意に……! 若君の平穏こそが、この国の平穏であると肝に銘じます!」
数日後。地方都市のいつもの通学路。
秋晴れの爽やかな風が吹き抜ける中、神崎蓮はボロいリュックを背負い、のんびりとあくびをしながら歩いていた。
街からは過剰なSPの姿も消え、コンビニのおにぎりは普通の百二十円のツナマヨに戻っていた。
前世のような虚栄心も、大金も名誉も、今の蓮には必要なかった。ただ慎ましく、身の丈に合った毎日を生きる。それこそが、二度目の人生で手に入れたかった本当の宝物だったからだ。
「おーい、神崎! 遅刻するぞ、走れ!」
前方から、前の席の友人が手を振って叫んでいる。
「おう、今行く!」
蓮は笑って駆け出した。
ポケットの中には、日本を意のままに動かせるブラックカードとUSBが、誰にも知られることなく静かに眠っている。
――前世は見栄を張って野垂れ死んだ。
だから今世は、世界を跪かせたまま、誰よりも慎ましく、平凡な高校生として生きていくのだ。




