ep.83
「―以上。卒業生代表、フェリア・フーディス」
凛とした声で締めくくったフェリアが壇上で綺麗に腰を折ると、途端に喧しいぐらいの拍手がホールに鳴り響いた。
私は来賓として生徒とはまた別の場所に座っている。というのも、私としては盛大に異を唱えたい所なのだが、ラズさんが居ない今、魔法院で最も実力があるのは私と判断されたらしく、私は魔法院代表兼ギフテッド代理兼イレギュラーとして、卒業生にスピーチを行う手筈になっている。
フェリアはフェリアで卒業生の中でも頭五つ抜けて優秀らしく、卒業生代表になったようで、お互い苦労するね、なんて笑いあった。
前に人が居ないこの席からはフェリアの堂々とした姿がよく見える。
出会った当初の縮こまって自信も所在もないような姿からは想像もできないが、フェリアに出会ってからそろそろ三年が経とうとしている今、その成長の足跡は疑いようもない。
しかしまぁ、フェリアがこれほどまでに文才に優れているとは思わなかった。
心地の良い声で紡ぐ言葉は美しい情緒に溢れていて、風景を脚色した情景がそのまま頭に滑り込んでくる。
ハッキリ言って、魔法の一つでもどかんと挙げて盛大に称えたい所なのだが、生憎ブレスレッドを付けているので魔法が使えない。まぁ魔法が使えたとて実際に行動に起こすことはないのだろうけど、そのぐらい、私はこのスピーチに感動していた。
そろそろちゃんと料理も作れるようになってきたことだし、今日はごちそうでも作って祝うことにしよう。うん、それが良い。
他の誰にも負けないという心持ちで拍手を贈っていると、壇上の脇に退いていくフェリアと一瞬目が合ったような気がした。遠くてあまり細かくは見れなかったが、多分笑っていたと思う。じんわりと、滲むように心が温かくなる。そんなことを考えていると、いつしかにやにや笑っていたらしく、私は持ち上がってしまっている口角を慌てて戻した。
なにせ次は私がスピーチする番で、へらへらと壇上に上がっては示しがつかない。一応背負っている肩書もあることだし、それなりにキッチリしたいのである。
司会進行から声がかかり、私の名前が呼ばれたので、短く返事をして席を立つ。視線を浴びながら壇上への階段を上ると、丁度席に戻って座ろうとしているフェリアが目に入った。
「...ふふっ......」
今度はさすがに分かる。
フェリアは頭の上で手をぶんぶん振っていた。
「終わったねぇ...」
「そうですね。...お疲れさま」
一通り式も終わり、始めはがやがやと人でごった返していた玄関口も、ピークを過ぎた今はまばらに人が見える程度で、爽やかな風が二人たたずむ私たちに心地よく吹き付けていた。
フェリアは片手に卒業証書をもって、ぐいっと伸びをする。かわいらしい制服に、主席を示す赤の胸飾りが良く映えていた。たなびく髪を見て、だいぶ長くなってきたなと今更ながらに思う。フェリアは少しだけ物憂げに空を見上げて、消え入りそうな声で言う。
「終わっちゃったんだ」
「...フェリア?」
なんとなく、フェリアは魔学院にそれほど重きを置いていない印象があったので、惜しむような響きに驚いた。つい確認するように名前を呼んでしまった私に、フェリアははっとしたような顔をする。
「あぁ...いやぁ、なんか、ちょっとね」
「...寂しいんですか?」
「寂しい...か...。まぁそうなのかな。自分でもびっくり」
そう言って、フェリアは力なくへらりと笑った。
「意外です。てっきり気にしないタイプかと」
「うーーん。そうなんだけどね、いつもは。なんでだろ」
「...恩師と別れるのが悲しいとか?」
「恩師ぃ?...なんか違う気が...」
一瞬、友達と別れるのが辛いのかと聞きかけて、慌てて引っ込めた。頭をひねるフェリアの顔を盗み見ても、恐らくは見透かされていないようだ。
そのままフェリアが哀惜の正体を見つけるまで待っていると、「ん?......あぁ、なるほど」と、妙にあっけらかんとした声が聞こえてきた。
「私さ、まぁ今日卒業した訳だし、晴れて飛び級卒業したでしょ?」
「そうですね」
「だから...っていうのもちょっと違うんだけど、当然友達もあんまりいなくてさ。ほら歳が違うし。あと僻まれるし」
「...まぁその話は常々」
「それだけならまだいいんだけど、私より魔法使える先生ってあんまりいなかったんだよね。っていうかいなくて」
「...あー...なるほど」
確かに、普通に考えてフェリアより魔法の扱いに長けているのならば、教師にしておくには勿体ない。魔学院は一応魔法院の下位組織なので、本人の意思で魔学院で教鞭を執れたとしても、それを上回る量の依頼が魔法院から来るはずで、そうなれば教師というのは副業に近くなってしまうだろう。
納得する一方、ならば何故、と首をひねる私の顔を、フェリアはどこか悪戯ぽく覗き込んだ。
「でね、マリエルに聞きたいんだけど、なんで私ってそんな風になるぐらい魔法が使えちゃうんだろうね?」
「フェリアに才能があるからでしょう?それと地道な努力ですか」
特に考えもせずに即答すると、フェリアは口を苦笑いの形にして、やれやれというように頭を振った。
「...え、なんですか」
「あのねぇ、私の才能なんてたかが知れてるよ。実際二年生の真ん中辺りまでは飛び級してなかったんだから。...良い師匠に出会ったから、私はここまでこれたんだよ」
「え、フェリアって師匠居たんです?」
「もーーーー!!!」
突然大きな声を出すものだからびくっと体を揺らしながらフェリアのほうを見ると、フェリアは半ば私に覆いかぶさるようにして迫ってきて、私の両頬を割と思い切り抓った。
「あ!な!た!で!す!ほかの誰だっていうのさ!!」
「わ、私ですか?」
しっかり痛くて涙目になりながら困惑していると、フェリアはまたもはぁっとため息をついて、しぶしぶというように頬を放してくれた。
「自分じゃ気づいてないのかもしれないけど、マリエルのおかげで凄い成長できたんだからね。それに、一人の人間として、拠り所にしてる部分もたくさんあったし。これを師匠と言わずしてなんていうの」
「い、いや...友達、とか」
「友達は友達だよ?もちろん。けど、それと同時に師匠でもあるの。別に並立できない事じゃないでしょ?」
「......確かに...」
ずっと友達だと思っていたし、それ以上なんて考えたこともなかったのでなんとなくしっくりこないでいると、正面に立っていたフェリアが急に抱き着いてくる。
「...えっと...フェリア?」
「ありがとう。私に魔法を教えてくれて。私と一緒にいてくれて。私にこっちだよって、道を教えてくれて、ありがとう」
ぎゅっと抱き着いてきた体はいつものように温かくて、自然と私の腕もフェリアの背を回っていた。
「憶えてる?私が泣いて抱き着いた時。いっちばん昔の話」
「えっと、多分。フェリアのお家ですよね」
「うん。あの時ね、本当に本当に、言葉にできないぐらい救われたんだ。私にもちゃんといいところがあって、それを認めてくれる人が家族以外にいるんだって。それからはね、たくさん頑張ったんだよ?なんでも褒めてくれるマリエルだから、なんでもやりたくなって、なんでもできるようになりたくて。魔法だって、ぼちぼちで良かったのに、あんまりにも褒めるから嬉しくって...こんなに早く卒業しちゃったよ」
「それは現にフェリアが凄いから事実を言ってるだけで...」
私としてはあまり褒めすぎるのも良くないと思っていたし、だからこそお世辞のようなことはほとんど言わなかったのだが、それでもフェリアからしたら沢山褒められていると感じるという事は、私が心から褒めるような点がフェリアに多かったというだけのことだ。
そう言うと、フェリアが私の肩のあたりで首を振ったのが分かった。
「事実をそのままに褒めてくれるのがどれだけ嬉しいか分かる?いや...知ってるでしょ?多分、ギフテッド様もそうだったんじゃないの?」
「...それは......」
少し思い出す。一つ、また一つと出された課題を習得していった日々を。
何かができるようになれば、ラズさんはいつも『頑張ったな』『よくできたな』と欠かさず言ってくれた。それは少しそっけないものだったかもしれないけれど、そんな照れ隠しをする、それでいて優しい彼が大好きだった。
ふと気が付くと私はまた泣いていた。事が起きてから早二年。最近はこうやって突発的に泣いてしまう事もめっきりとなくなっていたのだが、今回は少し違ったらしい。
「...ごめん。思い出させちゃったかな」
気づかわしげなフェリアの声に、今度は私が肩に顔をうずめて首を振った。
「ううん。...ありがとう」
「......うん」
違うのだ。
今回は今までのように悪いことを思い出したわけじゃない。思い出に縛られて、苦しくて泣いてしまったわけじゃない。
ただ、眩しい過去が目に染みただけなのだ。
「......なんで私が魔学院を寂しく思ってるかって話だったよね」
「...はい」
「初めて会った日。マリエルが関係を繋ぎとめてくれたでしょ?」
「...情けない話ですけどね」
「いいや、ああしてくれなかったらこんなに仲良くなれなかったよ。きっと」
「そうでしょうか」
「うん。きっとね」
フェリアは私の背をなだめるように撫でながら続ける。
「あの時、マリエルは私が魔学院に通ってるからって言ったんだよ。憶えてる?」
「...そ、そうでしたっけ」
「そう。そうだよ。つまりさ、私はそのきっかけが終わっちゃって、一緒にこの関係も終わっちゃうかもって不安だったんだよ」
「そ、そんなこと絶対ないです!!!」
ばっと顔を上げてフェリアの顔を見ると、悪戯が成功した子供のように、それでいて毒気のない無邪気な笑顔がそこにあった。
「あ...」
「ふふっ。さすがに冗談だよ。私も縁が切れちゃうなんて思ってない」
「た、謀りましたね...」
途端に顔に羞恥が昇ってきて、埋める勢いでフェリアの肩に顔を押し付けると、フェリアは私の髪を撫でながら愉快そうに笑った。
「ふふふっ。嬉しいなぁ。本当に。ねぇマリエル」
「...なんですか」
「さっきさ、魔法を教えてくれてありがとうって言ったでしょ?」
「はい」
「本当はね、生きててくれるだけで嬉しいんだよ。だからさ、大事にして。...お願いだから」
少し、抱きしめるフェリアの力が強くなったような気がした。
今度は私のほうから、安心させるように背中をとんとんと叩く。
「...はい。大丈夫ですよ。ちゃんとわかってます」
「本当?」
「はい。...約束です」
「うん。約束」
口ではそういうフェリアだが、こんな体制だと背中が不安そうに縮こまったのが分かる。きっとあの時を思い出してしまったんだろう。見るに堪えなかったはずだ。
魔力が感じられなくて迷子になったり、魔法が使えず不便に思ったりなんて、この小さな背中を励ますためなら些細な事だ。
私は力を込めてぎゅっとフェリアを包む。
少しすると、フェリアが背中を叩いてきたので、腕を緩めて、そのまま二人の影は二つになった。
「...暗くなる前に帰ろうか。ギフテッド様のところも寄らなきゃだし」
「一緒に来るんですか?」
「うん。今日は付いていくよ」
そんな話をしながら、私たちは玄関口から門への下り坂を下っていった。心なしか、周りの音もやけに澄んでいる。
漠然と、今日ここにいた多くのそれよりも、私たちは良い師弟なのだろうと、そんな確信があった。
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