ep.76
しばらく経ち、ようやく涙が引っ込んできたところで、セラフは私にカップを渡して「落ち着いた?」と言いながら元の席に戻った。
「はい...多分」
「そっかそっか。じゃあ話を続けようかな。寧ろここからが大切なんだよね」
「分かりました」
セラフの言葉にこくりと頷き、自分を落ち着かせるためにもココアを手に取って一口飲むと、セラフもそれに倣って同じようにする。しかし、マグカップを持ち上げて、ほんのわずかに傾けた所で、セラフの動きがピタリと止まった。途端に眉を寄せて低く呻く所をみるに、何か私の知りえないところで不都合があったのかもしれない。
伺う様にじっと見ていると、その視線に気づいたらしく、セラフはこちらを困った様に暫し見てからため息をついた。
「その...なんていうか、まぁ、ちょっと時間が無いみたいで」
「え...?時間、ですか?」
「うん。説明してる暇も無いからさ。今からボクのいう事をよく聞いてて」
急ぐように早口で綴られた言葉に頷く暇もなく、セラフは私の目を真っ直ぐに見て、刻み込むように言う。
「彼を治すのには時間がかかる。彼を一息に治そうとしてはいけない。いい?”絶対に”だよ」
「はい......え...?」
想像よりもかなり端的に伝えられた事実を忘れない様にと脳裏に焼き付けていると、私が頷き終える間もなく、セラフの体が端からひらひらと瓦解し始めていた。
「セラフ...?」
あまりに唐突な出来事に、一気に乾いたような気がする唇から意味もなく名前を口にする事しか出来なかった。
椅子に座り、この期に及んでお茶を飲むセラフは徐々に不透明度を失い、次第に向こう側の景色が見えるようになっていく。蝶が鱗粉を撒くようにして解けていく姿は、まさしく魔法のようで、幻想的で、そして目を逸らす事のできない絶対的な最期だった。
セラフは満足気に笑いながら言う。
「そうそう。こんな風に死にたかったんだよ。妖精みたいでキレイでしょ?女の子なら誰しも一度は考えるんじゃないかなぁ」
「これは...?」
「言ったでしょ?本当はダメなんだけどってね。あー...説明してる時間は無いや。まぁでも、つまりそう言う事」
本当はダメな事。
私は思考をフルに回して記憶を辿る。考えるよりも先に分かり切っていた事を、無理やりにでも考えて、その事実を再認識する。
「なんで...」
「なんで?...この感情はこの世の誰よりも君が一番知ってるはずだよ」
肩をすくめるセラフの姿はもうほとんど見えなくなっていた。
私がいつの間にか伸ばしていたらしい手に、セラフは薄く笑いながら自分のをそっと重ねる。
「二千年......長かった...。けど、君に会えてよかった...」
きゅっと指を絡めるように握られた手を、同じく返そうとすると、その途端、セラフの手はほろほろと崩れてしまって、私は空を掴む。
目を凝らさないと見えない程、極々薄くなってしまったセラフの頬に、涙がつたったような気がした。
「ありがとう。ボクは...独りじゃないみたいだ」
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