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ep.74

まず感じたのは熱だ。

全て壊れてしまえと願ったその瞬間、左手の一部が発火したように熱くなった。

次に、限界まで集められた魔力が跡形もなく霧散した。

あまりの出来事に、手錠を嵌められたのだとか、未知の魔法を使われたのだとか、少し考えれば分かるようないくつかの予想すら頭に浮かばず、私はただ呆然としてしまう。

ほんの数秒の間に、殺し、殺されかけ、人生の価値を失う程に絶望し、世界を壊しかけた私は、すっかり許容量を超えてしまったようで、壇上の老人が何事かを喚きながら放ってくる魔法に、これといった抵抗もせずその時を待った。

圧縮された時間の中、私の命を刈り取らんとする噴炎がにじり寄ってくるのを見つめていると、ようやくほんの少し回るようになった頭で、まず最初に『よかった』と、そう思う。

そして必然的に向かう思考の先で、一つ納得し、深く後悔した。

焼けたように熱い左手の中指にはラズさんから貰った指輪を付けていた。この熱は、私がラズさんに初めて本気で叱られたという証だ。

もうこの世にはいない、最愛の人に窘められ、私はその意志を継ぐべきだったのだと、今更気づく。

しかし、もう全て遅いらしい。

だから最期に一つだけ、噛み締めるように念じる。


―ラズさん。ありがとうございます。私を、私のまま死なせてくれて。


ゆっくりと目を閉じる。

目前まで迫っている炎を受け入れる様に、そっと。



―――――



―――




バチィィィィ!!!!!


雫を押し流した瞼は、突如耳元で響いた轟音によって、すぐに開かれることになった。

そして私は思い出す。


『お前を世界から守る、ついでにお前から世界を守る魔法』


そうだ。確かラズさんはそう言っていたはずだ。

私の全てを守ってくれる、欲張りなラズさんがそこにはいた。

目を開けると、魔法的な歪みを持った透明な壁が六角形に並んでいる。指輪を介している時点で相当面倒な手段を踏んだはずだし、恐らくは本来の性能の一割にも満たないはずなのに、強かで、欲張りで、頼りがいのある透明な壁は何でもない様に整然と並んでいる。


「ラズの防御魔法...それに留まらずセギリアまでも無効化...。小娘...お前は一体なんなんだ...?」


老人が酷く狼狽したように言う。

セギリア、というのはあの氷の魔法の事で間違いないだろう。名前がついているという事は、創られた魔法か概念魔法かのどちらかという事になる。

防御魔法についても、恐らくは指輪に込められていたラズさんの魔法の事で間違いない。


「...そんなの、私が一番聞きたいですよ」


このままだらだらと話していても何ら価値がないので、私は呆然としている老人に向かって水魔法を放ち、続けざまに氷魔法を撃ちこむ。

予想通り、老人は何もしていないにもかかわらず、二つの魔法は消滅した。

ゆっくりと立ち上がると、今までとは少しだけ見える世界が変わっている事に気づく。恐らくだが、先ほどセギリアという魔法を相殺したときに間に合わなかった左目が失明してしまったのだろう。

ぱちぱちと数度瞬きをして感覚を慣らしながら、お返しと言わんばかりに飛んでくる魔法を相殺して、またこちらも返す。


「そっちこそ、なんなんです?この魔力、普通じゃないですよね」

「...わざわざ教えてやる義理は無いな」

「概ね予想は出来てますからいいですよ。説明より辞世の句が先でしょう」

「餓鬼が...!!」


この喧しい音と皮膚を焼くような感覚から、何らかの要因で魔力が熱を持っている、ないし、炎魔法のような性質を魔力そのものの特性として持っているのだろうと予想は出来る。

となれば、老人が使った氷魔法にも幾らか説明は付くはずだ。

氷魔法は炎魔法を極めていなければ使えない。それは氷魔法の極致である概念魔法も同じ。そして老人の纏っている魔力が炎魔法の極致だとすれば辻褄が合う。

炎の概念魔法自体があのような魔力に炎を付与するものなのか、それとも特異的な効果なのか、はたまた、先ほどの水の牢獄のように発動中の副次的効果なのかは分からないが、どちらにしろもう一つの概念魔法には気を付けたほうが良い。私とて対応が後手に回れば死に至りかねないのが概念魔法だ。


両者の間で幾重もの魔法が飛び交い、その競り際がじりじりと老人の側へと傾いていく。

老人は魔法の発動速度、精度、密度、効率のどれをとってもかなり卓越したものを持っているらしいが、相殺をすべて魔力障壁に任せてしまえる事に加えて、魔界を出てからというもの好調を極めた私とでは些か苦しいらしい。

老人の額にじわりと汗がにじむ。

しかし、老人から溢れ出ている熱気の様な魔力が、時を追うごとに増していっているのを私は知っている。

恐らく何かある。

しかし、元より私のスタイルの肝は最大限を引き出させた後のカウンターにある。そしてその決め手ももう考えてある。


また一つじわりと戦線が傾いたのを合図に、魔法の回転を上げる。老人から見れば、これは最後の追い上げに見えるだろう。大技を撃つなら今だ。まあ、撃たないのならばそのまま飲み込まれてしまって構わないのだけど。

老人はぎりっと歯を食いしばったかと思えば、次の瞬間にはにやりと不敵に笑って見せた。ラズさんの面影を感じて、少しだけ、心から余裕がなくなる。


「小娘、残念ながらここまでだ」


わざわざ一言断ってくれたので、あらかじめ自分の周りに水の膜を張っておく。

それを見た老人はしたり顔で、それまで放置されていた炎の魔力を操作し始めた。とはいってもそれは一瞬で、操作したとこちらが判断するころには、辺りの魔力が爆発する。

粉塵が撒かれていた範囲全てが連鎖的に爆発した。目視では、どうやらそれら全てが消去の火らしい事が分かった。

考えてみれば簡単な事だったのだ。

消去の火は消せない。その絶対性は概念魔法のそれだ。ギフテッド以外には使えないという刷り込まれた常識がその真実を世間から隠していた。

老人からは、私はこれをただの炎魔法だと解釈して、水魔法で相殺を測った様にみえるのだろう。まさに術中である。

ただ...


「あなたの概念魔法を相殺したのってついさっきでしたよね?」

「な...!?」


私は周囲で燃える炎が収まるまで待つのすら億劫で、自分の周りに張っていた水魔法を周囲に拡散させ、一瞬で消火する。

何を撃ったって良い。この大きい隙だ。何を撃っても致命傷になる。

しかし、私が最期に撃つ魔法だ。乱雑に終わらせたくはない。


「...マギア」


今までの魔法に触れてきた日々を思い出しながら、私はマギアを使う。直接使う訳じゃない。これは”魔法を創る過程”を省略する魔法だ。


以前、私が壊してしまった魔法院の訓練場をラズさんが直してくれたことがあった。

その時の魔力の配列と、今回の指輪の魔法。

指輪の効果は”私を世界から守り、私から世界を守る”という二つのものだが、その実使われた魔法は一つなのだ。

魔力の発散。それによる魔法の消去。

それがラズさんの防御魔法の全容なのだろう。

私が最期に使うのはその逆だ。

すっかりと手に馴染んだやり方で魔力を集めていく。私が持ち上げた手から老人の心臓に向かって、それを真っ直ぐに伸ばす。

あっという間に臨界点ギリギリまで集まった魔力をそのままに、手元から指向性を持たせたひと匙の魔力を、導線に通す様に飛ばす。


――


「ガハッ......!」


音の一つもなく、空間そのものをえぐり取る様に進んでいった漆黒の魔力は、苦し紛れに出された魔法をいとも簡単に食い破って老人の胸に風穴を開けた。


”攻撃魔法”


殺すためだけに創った魔法。

殺意という安直なものに縛られた不自由な魔法に最も適応している魔法といっても良い。防御魔法で発散させない限りは、どんな手段を用いても相殺できない魔法だ。

後世に伝えるのならば、それは防御魔法が完全に知れ渡ってからが良いだろう。まぁ、結局私はこの危険物と供に去るのだけれど。


「...さて」


私は冷たくなった老人の死体に目もくれず、踵を返す。

行く場所なんて決まっている。

最期にラズさんの顔を見て、そこでお終いだ。

生きていたら、なんていう淡い期待が今この場で終わらせてしまうのを留めているわけではない。そんなものは状況を見てあり得ない。そこらの子供にも分かる話だ。

ただ。

ただ、最期に顔を見たい。

それだけだ。

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