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ep.73

乱暴とも丁重とも言い難い加減で連れられる事しばらく。

私に言わせれば胸やけしそうな程華美な扉を先導していた男が三度叩くと、その大きさとは裏腹にほとんど音もなく両の鉄扉が開いた。

中にはマントを来た人間、恐らくは魔法使いが姿勢よくずらりと並んでおり、真ん中には道が開けている。その先に続く階段の上には、これまた五月蠅く装飾された椅子があり、大仰に足を組んで座っている人間が一人。

どうやら予想の内一つは外れ、一つは当たっていたらしい。

手錠という拘束具を付けた、ないし付ける試みをした時点で、途中で牢やその類の場所を経由したとしても、最終的にはこの家の当主に会えると予想したのだ。牢に閉じ込められている最中や、はたまた処刑紛いの事をされる直前に会うものだと思っていたが、馬鹿正直にここまで連れてこられたのは嬉しい誤算というものである。平たく言えば、わざと捕まって寝首を掻こうと思ったわけだが、この状況ならば、あれこれ策を弄せずとも正面から戦えそうだ。

ただ、残念ながら、運ばれた先にラズさんがいるかもしれないという予想は外れてしまったらしい。

ここに来てからというもの、ラズさんがどのようにしてやられたのかを考えていた。勿論、何処かで潜伏しているという可能性も捨てきれないが、それはあまりに私の希望的観測を含んでしまっているので考えないことにした。その逆についても、こちらは私の心が耐えきれないので思考から弾いている。

ともかく、私は最悪と最良の中間を考えていたわけで、現実的に、ラズさんが何に負けたのかを予想していた。特異魔法を抜きにすればラズさんの対応力というものは常識を逸脱しているので、そのラズさんの負け筋は看過できるようなものではなかったのだ。

その点、私を捕縛している連中との戦いは、限りなく正解に近い予想を与えるものだった。現に私がそうなっているように、ラズさんもこの手錠をかけられ、魔力が使えなくなっていると考えるのが最も現実的だ。

しかし、辺りを見渡してみても、ラズさんらしき人影は見当たらない。私は『手錠で捕らえられているだけ』という可能性を得た時から感じていた安堵がさらさらと落ちていくのをなるべく意識しない様に努めた。

階段までの道を半ばまで歩いた所で、先導している男が立ち止まり、片膝で跪いて頭を垂れる。呼応するように部屋にいた私以外の全ての人間が跪き、男に倣った。


「頭首様、例の人質を連れて参りました」


低い声で報告した男は、頭上でふんぞり返る王様気取りの返事を待っているようだ。

ラズさんと同じ漆黒の髪を携えた老人は、見定める様に私を回し見て「ふん」と鼻を鳴らす。


「ご苦労。下がれ」

「はっ」

「あー、下がらないで下がらないで。ちょっと待ってもらっていいですか?」


口だけで労った老人が早々に人払いをしてしまうので、私は慌てて呼び止めた。

老人の視線は快にも不快にも揺れず、ただ私の言葉の真意を探っているようだ。まぁ、一つの障壁を無視すれば、私が呼び止めた理由なんて明白だとは思うのだけど。

私は、それまで大人しくつけていた手錠を特異魔法で破壊し、それと同時にこの場にいる全員に氷魔法を突き付けた。展開までの速さを優先したので威力こそ無いが、生身での防御力なんぞ魔法の前では些事だ。恐らく対応できるのは尚悠然と座っている老人のみで、他の人間はナイフを突きつけられているに等しい状況という事になる。こうなってしまえば、あの老人でさえ精々自分の身を守るのが限界だろう。


「脇が甘いですね。これの事を人質っていうんですよ」

「...要求は」

「師匠の場所を教えてもらいます」


私が短く言うと、老人は拍子抜けの様に首を傾げた後、それらしくくつくつと笑った。


「そうだな......俺は茶番の類は好まない。...人質なんぞいなくとも教えてやる」

「...そうですか」


どうやらこの老人は最初から見抜いていたようで、好きにしろ、と言わんばかりに手を振った。

国から討伐対象にされている時点で人質も何もない。殺せるなら殺す。それが正義だ。交渉材料に使えるならと鎌をかけたが、その結果がどちらに転ぼうとどの道生かすつもりはない。

待機状態にしていた魔法を起動すると、部屋のあちこちから悲鳴と血しぶきが上がる。

地下で戦ったマントの男が冷たくなっているのを見て、思いのほか何も感じなかった時からうすうす気づいてはいたが、どうやら私はここの人間をヒトとして見ていないらしい。

消去の火の被害に遭った人達の悲鳴はあれほど心を抉ったというのに、今部屋に満ち満ちている地獄絵図には何の苦痛も苦悩も無い。

案の定、涼しい顔で対応して見せた老人は、ゆるりと立ち上がり「小娘」とややしゃがれた声で言う。


「ラズがどうのと言ったな」

「はい」


老人は感情が削げ落ちた様な声で、それでいて嘲笑するように言った。


「端的に言えば、ラズは死んだ」


その響きだけで、否応なしに冷や汗が噴き出る。


―いや、どうとでもいえる。

私とて、最初から素直に答えてもらう気だったわけじゃない。私を動揺させるために嘘を言うなんてことはまず最初に考えうる事だ。


「教える気が無いのならいいです。あなたを倒してから探すだけですから」

「信じないのも無理はない。信じたくはないだろう?言葉で言っても分からないというのならその身に食らってみるが良い」


そう言うやいなや、老人は目を見張る速度で魔力を集めていく。

これ程までに早く魔力が集められていく様は、ラズさんのそれ以外に見たことがない。ひやりと背筋が冷えるのを意識しながら、私も同じように魔力を練る。老人の行動が言葉通りならば、現在進行形で構築されている魔法はラズさんを死に追いやったものという事になる。勿論、その言葉を信じているわけでは毛頭ないが、大きな魔法をおちおち撃たせるほど私も馬鹿じゃない。


「私が邪魔しない前提ですか?」


魔法を中断させるために、最も体に馴染んでいてほぼ反射で出せる氷魔法を撃つ。先ほどの物はいなされてしまったようだが、今回のものは威力を犠牲に速度を上げているわけではない。単に使い慣れているために早いのであって、威力自体は並かそれ以上だ。

私が魔力を練り始めてからも、老人は依然として魔法の構築をし続けていたため、てっきり発動をかぶせてくるのかと思ったが、魔法が発動されたというのにも関わらずまだ手放さない様子を見るに相殺は最初から考えていないらしい。

とはいっても、私が使用した魔法は生身で受けきれるような物でもなければ、無理やり躱せるような物でもない。

魔力の様子を見るに、まだまだ老人の魔法は完成しないため、手放さない事には始まらないのだが、老人はお構いなしに魔力を集めていく。そうこうしているうちに氷のつぶて達は老人に迫り、今から魔法を起動しても相殺が間に合わない距離まで接近していた。あまりに拍子抜けな結末を警戒する脳と、それが代えがたい事実として進行していく現実が乖離していくような感覚に襲われる。私は実感のない確証を持て余していた。

しかし、やはり現実とはそう上手くいくものではない。

あと一メートルでつぶてが老人に当たる、という事をどこか現実味のない感覚で眺めていたその時だった。

呆ける私をあざ笑うかのように、空気が揺れた。

いや、空気ではなく、魔力だ。辺りに充満する魔力が、突然揺れた。

魔力が頬を叩いたような、そんな感覚すらあった。

風。

この風には覚えがある。夏の風だ。情報に塗れた音がする風。暑い寒いは勿論人並みに感じるけれど、私は耳から入ってくる空気の情報量でも温度を感じている。これは、真夏の風。暑い風だ。

謎の感覚に意識を取られる暇もなく、私は信じがたい光景を目にする。

老人に向けて放ったつぶての全てが蒸発していたのだ。

魔法ではない。魔力検知は相変わらず使えないが、直接目視できるのならば魔力検知と同等かそれ以上の情報を得られる。魔力は揺れただけで動いてはいない。操作されていないのだ。それでは魔法になりようがない。

しかし事実、つぶては消えさり、隙だらけの私に向かってようやく完成された老人の魔法が放たれようとしている。


「残念だ、小娘」


防がなければ。

絡まった思考を切り捨て、私は反射的に魔力障壁を張ろうとする。


(な!?)


老人が魔法を使ったその刹那、世界から音が消えた。無音さえも耳を刺す事なく、忽然と姿を消している。

遅れて、音に限らず世界そのものが止まっていることに気づく。

その中で動いている物が一つ。こちらへとゆっくり降りてくる雪の結晶だ。

結晶はゆらゆらと気まぐれに揺れながら降りてくる。

それが私の左目に触れた瞬間、世界は、私に気が狂いそうな悪寒を与えながらも、素知らぬ顔で動き出した。


「っ!!」


私はほぼ反射で特異魔法を起動していた。

試さずとも分かる。この魔法は消去の火と同じで、正規の魔法では相殺できない。

異物を取るように右手で左目を拭うと、じゅうっという音と供に体を侵食していた冷気が霧散した。


「...なに?」


私でなければ必殺の魔法を放った老人は、それを相殺した私に向けて驚愕の声を発する。

しかし、私はその音をほとんど意識していなかった。


「.........あれ」


一転して静かになった部屋の中、カーペットに屈みこみながら、私はひと匙の違和感を得る。


―なんで私、相殺したんだろう。

 特異魔法でしか消せないのなら、ラズさんはもう


信じる信じないの話ではない。理屈も感情も漬け込む余地のない事実の話だ。

不思議と、絶望やら怒りやら悲しみやら、事前に用意された型通りの感情は浮かばなかった。

ただ、空っぽで。

ふと思う。

ラズさんが死んでしまった世界に、価値なんてあるのだろうか。


「もう...いい」


特異魔法を練る。

世界のあちこちが張り詰めるのを感じる。


「どうだっていい...」


前に使おうとした時とは違って、今度は魔力を集めるのをやめない。

辺りから耳を劈く様な雷鳴や、ひっくり返したような豪雨が地面を抉る音、それらを掻っ攫ってしまいそうな暴風の音が聞こえてくる。

魔力はもう限界まで張り詰めていた。

私が後一つ願うだけで、世界が壊れてもう二度と元には戻らなくなってしまう。


―躊躇いは微塵もなかった


「ぜんぶ...壊われちゃえ」

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