ep.37
「あっつ......。あっつ。暑い!暑い!あー暑い!暑いぃ!」
「ししょっ、あはっはっは!うるさい!うるさいです!はははっ!」
いよいよ暑さが本格的になってきたこの頃、どうやら暑いのが苦手らしいラズさんは時たまこうして発狂するのだがこれが何とも面白い。
段々とギアを上げていくのでくるぞ、くるぞというお膳立てを自ら行い、その緊張感を吹き飛ばすように勢いよく狂うので毎度毎度私は横腹を痛めることになっている。
最近の日課であり楽しみでもある儀式は、ラズさんが暑いというのに暴れまわり、オーバーヒートすることでその幕を閉じる。
いつもの如く限界を迎えたラズさんはソファの背もたれに凭れかかり、と言うか行き過ぎて干された布団のような状態になりながら、「アツイ...アツイ...」と尚も愚痴っている。
「毎度言ってますけど、動いたって暑さは変わらないですからね?むしろ体温上って毎回臥せってるんですからそろそろ学習してください」
「って言ったって何もしてなくても暑いし」
「はぁ...。早く修理の人が来ればいいですね」
「全くだ」
何もラズさんは毎年毎年夏になると発狂しているわけではないらしい。
というのも、前年までは部屋についている冷房をガンガンに効かせ、最低限しか家から出ない生活を送っていたとの事。
ガブエラさんが「夏になるとラズが働くなるから相対的に僕の仕事が増える」と辟易していたので、本当に自分が行かなければいけない任務以外はガブエラさんに丸投げしていたようだ。
では何故今年はラズさんが定期的に騒ぐアラームと化しているかと言えば、問題はその生命線たる冷房にある。
安直に言えば故障したのだが、これまた奇怪な事に冷房が付かないわけではなく、冷房を付けても暖房が出るのだ。
当時のラズさんは暑い暑いと家に帰ってきて、これで涼しくなる、と期待と信頼を込めてスイッチを押し、そして裏切られたわけだが、一部始終を見ていた私から言わせれば捧腹絶倒ものだった。
あまりラズさんの不幸を笑うのも如何なものかとは思うが、その不憫具合が丁度私の笑える塩梅なのだ。
と言うわけでこの頃は笑いに堪えない日々を送っているわけだが、それはそれとしてこちらとしてもやってあげられることが無いわけではない。
「はい。今日は果物屋さんからサービスして頂いたレモンがあったので、シャーベットです」
「あぁあぁー、唯一の活力ー」
でろでろに溶けているラズさんの前に先ほど作っておいたレモンシャーベットを置くと、ラズさんは起き上がろうとぐっと力を入れたが、一歩及ばずもう一度同じ体制に戻った。
そりゃそんな体勢してたら起き上がれないでしょうに。特にラズさんの腹筋じゃあ。
そこで漸く自分がその体制から戻れない事に気づいたのか、ラズさんはじたばたと藻掻いたがその努力虚しく次第に起き上がれている幅が小さくなっていく。
何とかして笑いを堪えながら、ラズさんの手を握って引っ張り起こすと、頭に血が上ったらしく顔はいつもより赤くなっていた。
「すまん。ありがとう」
「い、いえ、良いんです...ふふっ」
やることなすこと全てポンコツなのが可愛らしく、何より面白すぎて遂に隠しきれずにくすくす笑うと、ラズさんはバツが悪そうにしながら「いただきます」と言ってシャーベットを口に運んだ。
ラズさんの事を笑いはするものの、私とて暑さが得意なわけではない。というか寧ろ苦手な方なので一刻も早く治って欲しい所ではある。
それはそれとして、修理の人が来るまでは今のラズさんを存分に楽しもうと思う。
ラズさんの新たな一面を知れるというのは存外嬉しいものだ。
その後、暑さに耐えかねたらしいラズさんはついに避暑地を探すことにしたらしく、外に出られる様な格好に着替えている。
丁度読んでいた本が一区切りついた所だったので、もしかすると邪魔になるかと思いながらも同行を打診すると、ラズさんは寧ろ嬉しそうに二つ返事で頷いた。
恐らく外に出るにしても行く当てがなかったのだろう。
ラズさんはどこに行くだの何を食べるだのを決めるのは億劫らしく、最近ではそれらの判断をまるきり私に任せている。
出会ってから間もないころは自主性がないようには思えなかったので、大方私に気を遣わせまいと頑張ってくれたのだろう。それが今となってはこのざまである。
しかしまぁ、私に合わせようと歩み寄って気を使ってくれるのは嬉しいが、それよりも私に慣れてきてより自分をさらけ出してくれる方が何倍も嬉しいのでこれについては言及しないでおこうと思う。
そんなこんなでやろうと思えば幾らでも利用できてしまいそうなラズさんだが、今回もどうせその類で悩んでいたところに私と言う指針が現れて非常にご満悦といった様子だ。
「魔法院でも行くか。あそこの練習場冷房完備だろ」
「え?」
気のせいだろうか。
あのものぐさなラズさんが自ら提案を...?
とうとう本当に熱でおかしくなってしまったのかと胡乱な視線を送ると、ラズさんは不思議そうにこちらを見た後、会得したように「あぁ」と手を打つ。
「練習場ならちょっと前に全部直ったらしいぞ」
「い、いやそうじゃなくて...」
どうやら全く見当違いな方向に納得したらしいラズさんに、わざわざ修正する必要もないと判断し「やっぱり何でもないです」と話を逸す。
ラズさんは不思議そうな顔をしていたが、それは”疑わしい”というよりかは”何だろう”という好奇心が強いもので、私が考えていたことを赤裸々に話すのは憚られた。
「それより、師匠は準備できたんです?私はいつでも行けますけど」
「なんだ、もう行けんのか。んじゃ行くか」
「行きましょう!行きましょう!」
正直なところ髪も整ってないしお洒落もしていないので全くもって大丈夫ではないのだが誤魔化すのに必死でつい口から出てしまった。
まぁラズさんはあまり気にしていないようだし服に関しては上からローブを羽織れば何とかなるか。
このまま話しているとボロが出そうだったので、私はばっとソファから立ち上がりラズさんの背をせっつきながらリビングを後にした。
日が落ち始めて燃えるように赤い地面を涼し気な風を浴びながらしばらく歩き魔法院に入ると、ラズさんの言った通り完全に元通りになっている練習場が見えた。
まだ私が騒動を起こしてから二か月と経っていないのにも関わらず、傷一つなく修繕されている様は圧巻と言うほかない。これに乗じて本当に無かった事になるまいかとも一瞬思ったが、なるまい。なるまい。
感傷というには幾らか浅い感情に足を止められていると、先に中に入ったラズさんが訝し気にこちらを振り返ったが、こちらの心境を察してか何も言うことはなかった。
私がそれに気づいて駆け寄ってもラズさんは口を開かない。
どうやら先のお叱りでこの件は水に流してくれたらしい。お叱りと言う程叱られてはいないのだけど。
私のブーツとラズさんの革靴がつかつかと心地よく響くのを聞きながら中心まで入ると内側に張られた魔力が以前とは異なっていることに気づいた。
魔力量自体は大差ないが、配列と言うか、構造が以前よりも複雑になっているような気がする。
違和感に眉を寄せていると、ラズさんは目ざとく気づいて思い出したと言わんばかりに「あー」と声をあげた。
「そういや言って無かったけど、魔法院の魔力障壁の強化を頼まれてさ。ちっとばかしいじったんだけどお前から見てどう?」
なるほど。どうやら私が障壁を破壊してしまったばかりにあのまま元通りと言う訳にもいかなかったらしく、ラズさんがその強化に携わったらしい。
ここで何も気づかないほど私も愚かではない。
自ら買って出たのかラズさんの言う通り頼まれたのかは分からないが、ラズさんは恐らく弟子の尻ぬぐいとしてこの仕事を引き受けたのだ。
そういえば数日前にラズさんが難しい顔をして読んでいた本があったことを思い出した。
建物自体の修復を行ってから最後に障壁を張ったのであれば、ラズさんが寝る間も惜しんで何かにご執心だった時期と一致する。
これはどうしたものか。
やはり師匠であるラズさんには皺寄せが行っていたわけだし、謝罪と感謝の意として何かするべきだと思うのだが、如何せんこれについて触れるべきか悩む。
先のラズさんの声音は文字通り忘れていたというものだったのでラズさん自身はこのことについて何とも思っていなさそうだし、無言を貫いていたことからこの話題にはあまり触れないようにしてくれているのかもしれない。
しかしその配慮に甘えてこのまま何も気づかなかった振り、というのも気持ち悪い。
どうしたものかと考えていると表情に出ていたのか、それとも観察眼で見破ったのか、ラズさんがやれやれといった様子で一つため息をついた。
「俺自身が一番驚いてるが、今お前が考えてることは全部俺に筒抜けだと思った方がいいぞ。いいか、お前は俺の弟子なんだ。弟子は失敗をするものだし師匠はその失敗の尻拭いをするもんなんだよ。こう言っちゃなんだが、いい意味で俺らは対等じゃない。庇護して庇護される関係だし、そのバランスが傾くことは何もおかしなことじゃない。な?」
「...はい」
「人としての関わり方としてバランスが傾くのは避けるべきだと思うが、それに関しちゃお前はよくやってくれてる。俺が生活できてるのはお前のおかげだ。俺が思うに人間関係は全部対等である必要はないんだ。どこかは片方に依存してる、けどまた別のどこかでは自分が完全に受け持ってる。そういうので良いんだよ」
「そう、ですね。確かにそうです」
「うん。お前の強くあろうとする心意気は俺も気に入ってるけどその線引きは見極めたほうがいい。いつか自責に押しつぶされるぞ。いいか?もう一回言うけど、”見極めはしっかりすること”」
「分かりました」
一から十までその通りだ。
どこかで私の認識は歪んでいたらしい。
弟子と師匠と言う関係なのだから持ちつ持たれつが対等になる事の方がおかしいのだ。
弟子は師匠を頼って当たり前だし、支えてもらうべきなのだ。
驚くほど簡単に胸に落ちた概念は私の固まった世界を端からぱらぱらと崩していき、また新しい世界を構築していった。
この日、ようやく私はラズさんの弟子になった。
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