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ep.32

もうすっかり暖かくなってきて、丁度衣替えをした日だった。

最近の日課になりつつある師匠との軽い魔法の打ち合いをしていた所、玄関の方から年相応にしゃがれながらも元気のある溌溂とした声が聞こえた。

もしやと思い魔力検知で確認してみると魔力の質や量がそっくりなので例の方々が来たのだろう。


「あのーー!ししょーーー!」


私とラズさんは十五メートルほど離れたところで魔法を撃ちあっているため、声を張り上げて呼ぶと、今までそこそこ、いや、かなりのペースで飛んできていた魔法がピタリと止んだ。

このまま大声で話すというのも億劫だったのでラズさんの方へ駆け寄ると、ラズさんはなんだなんだと酷く怪訝な顔をした。


「どうした?休憩はさっきしたろ?」

「いえ、前に消去の火の被害にあっていた人を助けたって話をしたじゃないですか」

「あー、あったな」

「多分ですけど今玄関先にいらっしゃるので顔出しに行かないと。困惑してそうなので」

「確かに。ここ俺の家だしな」

「はい。ってことでいきましょ」

「え」


若干嫌そうにしているラズさんを引きずって庭を抜け、玄関に向かうと見覚えのある顔が見えた。

「おーい」と声をかけてみると、二人してハッとしたようにこちらを向き、ティアさんは深くお辞儀を、おじいさんは被っていたハットを持ち上げ軽く会釈をした。


「こんにちは。お久しぶりです」

「こんにちは。先日の件は本当にありがとうございました」

「いえいえ、ご無事で何よりです。紹介しますね、こちらが私のお師匠様のラズさんです」

「えー、ラズです。弟子が世話になったみたいで」


お二方に紹介すると、ラズさんはどこかバツが悪そうな面持ちで挨拶をした。

置かれている状況もそうだが、どちらかと言えばラズさん本人の性質がそうさせているのだろう。


「トルウェルノ・フーディスと申します。お話は聞いてると思いますが、この度はありがとうございました。人生に悔い無しとそこまで考えたところで助かるなんてさながら二度目の人生の気分です」


おじいさんはトルウェルノさんと言うらしい。

言うだけ言ってわっはっはと笑っているところをティアさんに肘で突かれて黙らされている。


「娘のティアと申します。この度はなんとお礼を言ったらいいか...」

「いや、俺に言われても困ります。礼を言うならコイツに。ってことで」


ラズさんは挨拶が済んだとみるや目にもとまらぬ速度で中に引っ込んでしまった。強引に引っ張ってきたのでむりもない。


「あー、師匠人見知りなんですよ。すみません」

「いえいえ、ギフテッド様のお時間を頂いてしまって申し訳ないです」


ティアさんがとても申し訳なさそうに眉を下げているが本当に全く気にしないで欲しい。忙しそうなときはもちろんあるが、思ったより家でぐうたらしている時間もあるので、時間と言うよりも気疲れのほうがありそうだ。

そこまで話したところで、ティアさんの背中からひょっこりと女の子が顔を覗かせた。

背丈は私より少し低いぐらいだろうか。肩のあたりで切りそろえられた綺麗な茶髪にやや垂れ下がった同色の瞳がティアさんと同じく柔和でおとなしそうな雰囲気を醸し出している。ぱちりと目が合って、ちょっとドキッとした私は視線をさっと逸らし、ティアさんに向ける。


「あのー、その子は?」

「私の娘です、名前をフェリアと言います」

「フェ、フェリアです...。おじいちゃんを助けていただいて有難うございました」

「い、いえ。えっと.........と、歳は私と同じくらいですか?」


ティアさんが紹介すると、おずおずといった様に背中から出てきてぺこりと頭を下げた。

声は鈴を転がした様なするりと入ってくるものだが、少しおどおどとしていて自信がなさそうだ。華奢で繊細という印象を強く受ける。それと、これはわざわざいうまでもないのだが、とてもとても整った顔をしている。人間に限らずこの世にある全ての美しいものに目がない私は、暫し呆然とフェリアさんを見つめてしまい、それを取り繕うように紡いだ言葉はなんとも不自然な問いだった。


「今年で十四歳になります。えっと、マリエルさんは?」

「ついこの間に十三歳になりました。あ、あの、私の事はマリエルでいいですよ。敬語も苦手なので大丈夫です」

「えっと...」


私の方が歳下だったのでフランクに接してもらうように言うと、フェリアさんは少し狼狽した後、是非を求めるようにティアさんとトルウェルノさんを交互に見た。

ティアさんは静かにこくりと頷き、トルウェルノさんは歯を見せるようにニカっと笑いながら親指を立てた。良くも悪くも性格がよく出ている。


「わ、分かった。マリエルも同じようにして?」

「分かりました。...あ、敬語は癖なので勘弁してもらえると...」

「いつも敬語なん...なの?」

「そうですね」

「へぇ...珍しい、ね?」


分かりましたと言ってから自分ががっつり敬語かつ敬語以外で喋ったことがほとんどないことに気づき、あわてて弁解するとフェリアは目を見開いた。

俯きがちだと分かりずらかったがこうしてみると目が大きい。

そして、改めて、もの凄く可愛い。

肌は日焼けを知らないと言わんばかりに白く、シミの一つだってない。ぱちりと大きな瞳は綺麗なアーモンド形で笑ったらさぞかし愛おしいのだろう。困った様に下げられた眉を見ていると、どこか守りたくなるような衝動に駆られる。


「この子は見ての通り引っ込み思案でな。魔学院でも友達と言える友達がいないと言うから心配なんじゃ...」

「お、おじいちゃん!」


生まれて初めての庇護欲に駆られて感慨に浸っていると、トルウェルノさんが腕を組んで困ったというように首を傾げて言った。

たちまちフェリアは耳まで赤くしてトルウェルノさんに詰め寄るので、先刻抱いた感情に一切の誤りがないことを悟る。

いや待て待て、己の感情と向き合っている場合じゃない。

魔学院とはなんだろうか。フェリアが通っているという事は私と同じぐらいの歳であれば同じように通うものなのかもしれない。

ここで何も考えず『魔学院って何ですか?』なんて言ってしまえば最悪の場合以南地域出身という事がバレてしまうかもしれない。

ここは慎重に立ち回らなければラズさんとの生活が危ない。


「友達というなら是非なりたいです」

「まりえるぅ...」


少し考えた結果、そのあたりの単語にはなるべく触れないことにした。言い訳は逃げられない場合になれば考えればいい。


「ありがとねぇ。この子、こういうのも何なんだけど性格は凄く良いんだよ?ただ自分から人と関わらないから...」

「平たい言い方にはなりますけど、フェリアがいい人なのは分かります。人を見る目には自信があるんです」


正確には”見る目”ではなく”聞く耳”だが、細かいことはまあいいだろう。


「いやぁほんとうにありがとう。それだけが心配だったんだよ」

「おじいちゃん、最期の言葉みたいに言わないで」

「悔い無し...って痛い、痛いよ二人とも」


トルウェルノさんがまさにフェリアの言う通り遺言の様に言うと、ティアさんが頬を、フェリアが脇腹を引っ張った。

暫くグイグイと引っ張いた二人だが、満足したのか二人そろってため息をついてトルウェルノさんを解放する。

一息ついたティアさんが今度はハッとした顔になってトルウェルノさんに何やら耳打ちをした。

あまり言葉数の多い人ではないけれど、なんというか所作動が騒がしい。こういっては何だが動物のようで可愛らしい。


「...そうだそうだ。今日はお礼をしに来たんだった。前の件のお礼なんだけどね」

「はい」


これまでの飄々とした雰囲気から一転して、空気というか、存在感のような物の重みが一段増したトルウェルノさんに思わず背筋を伸ばして答えると、私が緊張したのを敏感に察知したらしいフェリアがトルウェルノさんの袖を咎めるように、くいと引っ張った。


「うち一応そこそこ大きな商会の代表をやっててさ。うちが商品を卸してる所のものであればこっちの利益分は全部値下げされるカードを作ってきたから良かったら使ってよ。あと前訊いた時にケーキ好きって言ってたでしょ?だからついでにここいらのケーキを取り扱ってるところに頼んで食べ放題の券も作ってもらったからこれも是非」

「.........わ、わぁ...」


いやぁ。えー。うーん.........。

ギフテッド様に王国立病院院長に大商会の代表......。

...やめよう。理解しようとするのはやめよう。


「ありがとうございます。でもこんなにして頂いて良いんでしょうか...」

「何いってるのさ、マリエル嬢からしたらうるさい老いぼれでも商会員からしたら信頼できる有能で優しい商会長だよ?これは商会員からのお礼でもあるし、正直もっともっとしたいところだよ。けどマリエル嬢の性格的に渡しすぎると逆に他のもので返されそうだなと思ってやめたけど」

「おぉぉ、さすが商会長...」


長年商売の世界に身を置いているだけあって人を見る目は相当なもののようだ。

少ないやり取りでも必要な要素はしっかりと抜き取ったらしく、私の本質ともいえる所まで見抜かれている。


「ですが誤算ですね。実は私はとっても欲深いんですよ?なので一つお願いがあります」

「へぇ」


何となく見抜かれているのが釈然としなかったのと、不安要素の解消として、私は一つお願いをすることにした。そんな私を面白がるようにトルウェルノさんは目を少し見開いてこちらを見る。

こんな形で担保しないと不安に感じるのは臆病だと笑われそうだが大事なのは結果だろう。


「フェリアは魔学院に通ってるんですよね?師匠にも魔法は教えてもらってますが、同じ世代の魔法使いとしてフェリアからも魔法を教わりたいです」

「...だ、そうだけど?フェリア」


口に出してみるとやはり情けないが、つまるところ私はフェリアとの関係がこれっきりになってしまうのが怖かったのだ。

ギフテッドに師事している人間がまさか自分に教えを請いてくるとは思ってもなかったらしくフェリアは酷く狼狽していた。

まぁ無理もないだろう、私だって逆の立場ならそうなる。

にやりと、微笑ましいというような、或いは怪しげとも取れる顔で笑ったトルウェルノさんは、今度は反対にフェリアに何事か耳打ちした。

フェリアはトルウェルノさんの言葉を聞くと、驚いたように目を見開き、合点いったと言わんばかりに頷いた後、ほんのり頬を染めながら口を開いた。


「私でよければ教えられることは頑張るよ。私が分からないことがあったらマリエルも私に教えて?」

「やった!それじゃあよろしくお願いします」

「うん、よろしくお願いします」


トルウェルノさんが耳打ちをした時の反応でこれは、と思ったが、最終的には期待を裏切ることもなく了承してくれた。

喜びを隠そうともせずにぺこりとお辞儀をすると、フェリアも同じように腰を折った。

...同じ仕草だというのに何故かフェリアからは気品のようなものが溢れていて、育ちの差という言葉が一瞬頭をよぎったが、考えても仕方が無い事なので頭からさっさと追い出した。

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