ep.28
―ドガァァァァァァァァァン!!
「ラズ?聞いてた話と違うんだけど」
「いや言ったろ?五倍じゃ足らんって」
「足らなすぎでしょうよ......」
眼前では見事としか言いようのない爆発が起きていた。
発動までの時間も規模を考えれば相当短いし、あれほど遠くで爆発させたにもかかわらず魔力がぶれることもなく、風に乗ってくる魔力の残滓は濃密なものだ。
あの年でこれほどの魔法を扱えるというのはあいつがひたむきに努力してきた結果だと思う。
実際、あいつの魔法については分からないことが多いが、一朝一夕でああなったわけではないことがあいつの言動の節々から滲み出ているのだ。
個人の意見として、才能は正しく使われるべきだと常日頃から思う。
それは、才能を持つ物がそれを腐らせまいと努力すること然り、周囲がその才能を悪用しないこと然り。
あいつは才能に胡坐をかかず日々努力できる人間だ。
それを知ってしまった手前、曇らせるわけにはいかない。俺たちが守ってやらなくちゃいけない。
「し!...しょー......」
「馬鹿弟子が...!」
宮廷魔法師何人分かと言わんばかりの魔法を撃った弟子は、勢いよく振り返ったと思えば糸が切れた様に後ろに倒れた。
結構やばそうな倒れ方したな。大丈夫なのか、あれ。
慌てて駆け寄ると、これまたなんとも舐めた顔で熟睡してるものだから一発小突きたくなる。
...理屈に関わらず、この何も考えてなさそうなあほ面を守りたいと思う俺は師匠馬鹿というやつなんだろうか。
ふと目を開けると、私は元の部屋にいた。
たしか本気で魔法を使ったせいで倒れたはずだったが、状況を見るにどうやらラズさん達が運んでくれたようだ。
そこまで把握したところで、いつもより意識がはっきりするのが遅いことに気づいた。体に意識を持っていけば、頭は鈍痛を訴えているし、体の節々が痛い。どうやらやりすぎたみたいだ。
「おっ?起きた...って、おーい!二度寝しないでー」
「んう...はい...ぉあよございむす......」
「呂律回ってないけど大丈夫そう?」
「はぃ...」
まだ焦点の合わない目を動かせば、正面にガブエラさんが座ってこっちをのぞき込んでいた。
喋ってみると改めて実感するが、とにもかくにも非常に眠い。体が『不調だ!休め!』と騒ぎ立ててこっちの意思を無視してしまっている。
しかしずっと寝ているわけにもいかないので、覚悟を決めて意識を起こそうとしたとき、何とも言えない違和感が私を襲った。
私は恐らく椅子に座っているはずなのだが、なんというか...すごく命を感じるというか、端的に言ってしまえば、私は恐らく誰かの上に座っている。
目の前にはガブエラさんがいるわけだが、本来ならいるはずの人間が見当たらない。というかこんなことは考えずとも分かる。
「おい弟子。起きたなら退け」
「ええええええ!?」
そう、わたしはラズさんの膝にすっぽりと収まっていたのである。
「いや退かしちゃダメだってば、さっき説明したろうに」
「あの、どういう風の吹き回しで?」
ラズさんと出会ってから数日経っているが、こんなに接近したことは一度もない。ラズさんがそこそこ距離を取りたがるタイプだし、私もそこにおいそれと近づこうとは思わないからだ。偶にラズさんが撫でてくれたり、手を握ってくれたりすることはあるが、それも大抵は一瞬のことで常識の範囲内に収まっている。正直ラズさんに触れるのはぽかぽかするし安心感があってとても好きなのだが、それとこれとは話が別だ。しかも目の前にはお友達であるガブエラさんまでいるわけで、益々この状況はおかしいと言える。
真偽を問うために振り返ろうとしても、後頭部を抑えられてままならなかった。
「ガブ、せつめー」
「はいよ...ってその前に、マリエルちゃん喉乾いてない?何飲む?」
言われてみれば喉がぱさぱさで今にもくっついてしまいそうだったので、「じゃあココア欲しいです」と言うと、ガブエラさんはそそくさと台所もどきに引っ込んでしまった。
ラズさんの膝の上が思いのほか心地が良くて、ふふーだのへへーだの言っていると、ラズさんが耐えかねた様に口を開いた。
「あー、弟子。この体制に関しては後でガブからそれなりの説明が入るから安心してくれ」
「はい、恥ずかしがり屋の師匠がこんなことしてくれるなんて珍しいですし、何かあるんだろうなとは思ってますよ」
「うん、まぁ、言いたいことはあるが...いいや。それよりだ、......あれ、いい魔法だったぞ」
「へ」
まるで言い訳のように前置きしたラズさんだったが、雰囲気を変えるように一息置いた後、急に、それも直球に先ほどの魔法を褒めてきた。
そういえば、ラズさんはこういう事ははっきり伝えるんだった。不意打ちとは、なかなか卑怯なことをする。
「えっと、ありがとうございます。師匠から見て私の魔法はどうでした?改善できるならしたいです」
「あー、改善ねぇ...なぁ、これはショックを受けずにむしろ前向きに捉えてほしいんだけど...」
「はい?」
「お前の魔法、ちょっと危なすぎるから禁止です」
「.........はい??」
魔法が禁止?
恐らく、お前の、と言っていることから、私の式を通さない魔法のことを言っているのだと思う。
危なすぎる、というのは魔法の威力のことかとも考えたが、目の前、というか後ろにいる方は、どれだけ少なく見積もっても、先ほどの魔法の二倍の威力は出せるはずなので考えにくい。
となれば、ラズさんが前に話していた、魔力を消費しないことのデメリットが大きく、私にかなりの負担がかかっていて危ないという意味だろうか。
実際、魔法を使った後である今、体調は不調そのものだし、毎回、特にこっちに来てからは魔法を使うたびにひどい眠気に襲われていた。
魔法を使ったことによる純粋な疲労だと思っていたが、それが魔力を通さないデメリットとなれば話は変わってくる。前者であれば、休養を取れば回復するが、後者は、不可逆なダメージであることも否定できない。
ぐるぐると考えていると目の前にグラスが置かれた。
注文通り中身はココアらしく、先刻見た通り、少しとろりとした質感を確認できる。
先ほどと違う点と言えば、氷が入っていて中身がよく冷やされている事だろうか。実物を見て漸く『あ、コレ喉潤わないヤツ』と察した。
「ありがとうございます、それで、私の魔法はどんな感じだったんですか?」
勿論、魔法としての評価を聞いているわけではない。
今回、諸々の測定を行い、数値から考察、あるいは結論を出しているはずのガブエラさんに、”魔法を使うな”の真意を聞いているのである。
ガブエラさんもそれは分かっているらしく、自分用に注いだコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「端的に言えば、君の魔法は危険だ。周りに対してじゃなく君自身にとって」
ゆっくりと話し始めたガブエラさんは、それまでのどこか飄々とした様子から一転して、どこか苦々しさすら感じる声で告げた。
「ラズから魔法を使う際に式を通す必要性...デメリットを魔力で肩代わりしているという話は聞いてるね?」
「はい」
「君の場合はそれがない。今回ラズが僕のところに君を連れてきたのもそれを危惧してのことだ。だから一発デカい魔法を撃ってもらって、君のあれやこれやを計測させてもらったわけだけど...」
そういってガブエラさんはカメラのようなものを取り出した。
恐らくあれで私のあれこれを計測したんだろう。
「魔法を使った瞬間に、著しい副交感神経優位とセロトニン・アドレナリン・ドーパミンの分泌異常の二つが起きている」
「えっと...すっごくネガティブになったり眠くなったりするってことですか?」
「あ、あぁ、そう考えてもらって大丈夫だよ......よく知ってるね」
「い、いえ......あの、どのくらい酷いんでしょう?」
「両者ともに常軌を逸してるし、とても危険だと判断せざるを得ないね。副交感神経に関しては数値としては気絶してもおかしくないレベルだし、神経伝達物質の異常は基準値を大きく外れる」
「それは、また...」
確かに言われてみれば魔法を使った後には何だか気分が乗らない、と言ったことがままあった。睡眠に関しては急激に眠くなるものの、寝たら寝たで途中で起きてしまってまともな睡眠が取れなかった。恐らく自律神経やホルモンの乱れにより質のいい睡眠ができなかったのだろう。
それに、ラズさんに見つけてもらったあの日は魔法を限界を超えて使い続けていた。あの時の思考こそネガティブそのものだったので、まさにと言ったところか。
「心あたりはあります。それで...これに関しては?」
私はこれと言いながら手を広げて見せた。無論、ラズさんと私の体制の話である。
「これまたおかしな話なんだけどね?マリエルちゃん倒れちゃったから、ラズが背負って運ぶことになったんだけど、その時にさっき言った症状が回復してってたんだよね」
「おぉ!」
「しかも、二人の間で魔力がすこーしずつだけど循環してたんだよ。本来ならそんなことはあり得ないし、実際、僕がマリエルちゃんの手を握ってみても同じような現象は起きなかった」
「てことは...」
「ラズはマリエルちゃんの特効薬ってことだね」
「おい、言い方何とかしろ」
一旦なぜラズさんが私の薬となりえるのかは考えない事として、ラズさんと私の間に特別な何かがあるという事実は純粋に嬉しかった。
この際理由は何でもいいのだ。ラズさんにとって私が、あるいは私にとってラズさんが”他とは違う何者か”だったことが嬉しくて堪らない。
それにこれを言い訳にすれば合法的にラズさんにくっつけるのでは?
「いやぁ実際そうとしか言えない状況だしさぁ...で、まだ、あるんだけどね、マリエルちゃんの魔法による症状なんだけど、一過性の極端に減るものに加えて、慢性的な、最大値を減らすようなものもあるんだ。で、ラズとの接触で恐らくどっちも回復するだろうから、魔法を使うのは一旦式を通すものに限定して症状の悪化を避けて、日常ではラズと触れ合って今までの傷を治していくってのがこれからの方針かな」
「えっと...師匠はどうなんでしょう?」
私個人としては嬉しい。とにかく嬉しい。
が、ラズさんはくっつかれると迷惑ではないだろうか。一応大義名分のようなものは獲得したが、それがあるからこそ無理強いはしたくない。こちらがそれを振りかざせばラズさんは首を横に振りにくいし、私としてもそんな関係は望んでない。
話の途中から、ラズさんは私の頭の上に顎を乗せて、私の固定をしながらくつろいでいたので、依然として私はラズさんの顔が見えないわけだが、問いかける意味も込めて動かせる範囲だけ動かしてラズさんの意思を聞いた。
「俺しかいないってんなら仕方がないだろ。...まぁ多少暑苦しいとは思うが、まぁそんぐらいは許容範囲内だ」
「師匠...」
思いのほか間を開けずに話し始めたラズさんは、仕方がないと言った。
しかしその声に、ほんの少し、本当に極微かではあるが、好意の色があって、私は思わず飛び上がってしまいそうだった。
勿論そんなことをすればラズさんは見事に顎を撃ち抜かれることになるので自制したが、気持ちが昂るのは抑えられない。本当に僅か、吹けば消えてしまいそうなほどで、ともすると私の勘違いなんてことも考えうるくらいではあるが、ラズさんは私との接触を好意的に、ないしある種積極的に許容しているという事実が存在するのがうれしくて堪らない。
(あれ、なんだろ)
―なんで、こんなにもこのことが嬉しいんだろう
ガブエラさんと別れた私たちは揃って帰路についていた。
「私の魔法が使えないとなると、いよいよ本格的に魔法を学ばなきゃいけないですね」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
ラズさんはそう言ってとても訝し気な視線を向けてくる。
嬉しい...というのは少し違うのかもしれない。
私が持っている魔法を使わない、使えないという事は、私がある程度”普通”の弟子として生活できることを表しているわけで、その重圧のようなものがなくなったことに関しては安堵というか、一種の解放感を感じる。
それに、”いざとなれば自分の魔法を使ってしまえば解決”だった状況が変わっただけでもモチベーションがまるで違う。
差し迫った脅威があってこそ人間は努力できるというものだ。凄い人は何もなくとも努力して見せるもかもしれないが、少なくとも私は自分をだましだましやるタイプなのでやらなければいけない理由の一つや二つあったほうがいい。
それに―
「みんなと同じって凄くいいものですよ?しかもこれで師匠とおそろいです!」
「...そうか」
ラズさんとお揃いというのは現実問題嬉しいものがある。
本人も冗談半分で言っているのは分かっているのだが、私が魔法で何かしたときに呆れられたりするのは、ほんのちょっぴり寂しかったりするからだ。
勿論、相当面倒くさい感情であることは自認していたので表には出さないが、私の魔法が使えなくなることによって、ずれていた土俵が一致するというか、同じ目線になるのは嬉しいのだ。
きっぱりと言い切ると、ラズさんは残念な子を見るかのような目で私を見たが、諦めたのか何なのか、ふっと鼻を鳴らして笑った。
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