ep.27
「んで、その子が例の?」
いいタイミングで入ってきたお友達は、どうやら空気が読める人らしく、すぐに切り替えたようだ。
一方ラズさんはというと、まだどこかバツの悪そうな顔をしてコーヒーを啜っている。
別に悪いことをしていたわけでもないのに、と思いながら、話を振られた形のラズさんをじっとみているとふと目が合った。途端にふいと目を逸らされるので相当照れているようだ。
「そ。やばいのは分かっちゃいたけど想像の五倍でもまだ足りんぞ、コイツ」
「その類のことラズが言うんだ?」
あまり期待値を上げないでほしい、というかそもそも求められているものが何かも分かっていないので期待値も何もないのだが、実際なにを求められていても応えられる自信がない。
恐らく過剰に表現したラズさんに、お友達はまず驚いたように目を見開いてから、面白そうに口の端を持ち上げてこちらに視線を向けた。
「初めまして、ガブエラ・エルメルニアです。よろしくお願いします」
「あ、えっと、マリエル・グランシェルです。よ、よろしくお願いします」
しっかりとした自己紹介が久しぶり、というかほぼ初めてだったので些か緊張しながらこちらも同じように返すと、隣のラズさんがにやけていた。
だからね、ラズさん、私、初めてのことは分かんないんだってば。
前にもこんなシチュエーションがあった気がしたので、再発防止にきっと睨むと、当のラズさんは「や、ナンデモ」とどこ吹く風である。
「グランシェルってあのグランシェル?」
「いや、綴り違いだな」
「...えっと?」
隣のにやけ面を咎めながらも、私が名乗った時にガブエラさんが怪訝な顔をしていたのは見逃していなかったので、何か失礼があったのかと焦っていたが、どうやら名前そのものが気になったらしい。
我ながらなかなかにかっこいい名字だと思うのだけれど、言い方からして誰か同じ名字で有名な方がいるのだろうか。
「お前、この国の名前言えるか?」
「はい?」
急な話の転換に困惑しながらも、昔に読んだ本から記憶を引っ張て来て「グラン王国ですよね?確か」というと、ラズさんは満足げな顔になる。
「正解。んで、この名前は王様の名字からとってるわけだけど...もうわかるな?」
「...え、まさか......」
王国の名前が”グラン”。私と同じ名字の人がいるという流れでこれをわざわざ言うということはつまり―
「王家と同じ名字だね。綴り違いだそうだけど」
「えぇぇぇぇ」
どんな奇跡だろうか。というかもっと早く教えてくれればよかったのに。外で、それこそ昨日フルネームを名乗っていたらめんどくさいことになっていたんじゃ。というかこれから先名乗るたびにこの問答をしなきゃいけないの...?
ぐるぐると考えていると、ガブエラさんは「ラズ、対策しとかないと面倒じゃない?」と、諫めるような視線を送っている。
ラズさんの話によれば以南地域出身の魔法使いという事実はあまり周知させるようなことでもないらしいし、悪目立ちは避けたいのだろう。
対してラズさんは「確かに」と本当に意識の埒外だったように言った。
「対策...んー、ラズの養子にでも入れる?」
「養子...」
すごく複雑である。とっても複雑である。
合理的に考えればメリットの方が大きい。現状として、私はラズさん師事していて、養い養われという関係だし、養子であれば突然ラズさんが弟子を取った理由にも説明がつく。しかし、言葉では説明できない部分で、私はかなり忌避感を抱いていた。なんとなく、”養子”という枠で収まってしまうのが怖い。
「いや、養子はナシだな」
考えれば考えるほど養子のほうが都合がよくて、考えれば考えるほど養子になるのに忌避感が募って、もやもやと非合理な感情を抱えていた私は、正直自分の耳を疑った。
真偽を問うためにラズさんを見れば、ラズさんは何でもないよう、というか、最初から選択肢にも入れていないような、明確な理由を伺わせる毅然とした態度で答えた。
「あいつらと一緒くたにするのはコイツにも、コイツの親御さんにも顔が立たん。それに名前で突っ込まれるのは俺の養子にしたとて同じだし、俺が養子取ったとなればそれはそれで話題になっちまうだろ。本末転倒だ」
確かに。
そもそも悪目立ちを避けるために名字を変えたいという話なのに、ラズさんの養子になんてなってしまえばその話題性は私の名字と比較にならないだろう。
いけないいけない。最近気づいたことだが、私はラズさんのことになると視野が狭窄するらしい。それもとんでもなく。
頭がすっきりして、晴れた感覚でもう一度先ほどの内容を振り返ると、おかしな点に気づいた。
あいつら、と言ったときの声は、今まで聞いたことがないほど冷え切っていた。全てを諦めた諦念の中に、それでも嫌悪と忌避がとぐろを巻いているような、そんな音だった。以前に一度聞いたことのある音だ。
話の流れから、”あいつら”が誰か分からないほど馬鹿じゃない。
しかし私は意図的に思考を閉ざした。ラズさんの抱えた物を一緒に持てるほど、私は立派になれていない。
一人前になれたその時に初めて、教えてほしいと、分けてくださいと言おう。
「まぁそうだよね」
「お前な、人を試すな」
「いやいや、人聞き悪いなぁ」
「そうだろ」
「まぁそうだけどさ」
提案者であるガブエラさんは最初から想定していた様だ。ラズさんは人を試すなといったけれど、果たして何を試されたんだろうか?というか私が試されたのかラズさんが試されたのかすら私にはわからない。
そこは長年の勘か何かなのか、ラズさんは全部わかっているようだ。
「まぁまぁ、それはいいとしてさ」
ガブエラさんは一口コーヒーを飲んで続けた。
「わざわざここに来たってことはなんか分かんないことがあるんだろ?」
「そ、コイツが使う魔法なんだけどな―」
そう始めたラズさんは、私の魔法について分かっている事を実例も交えながら説明した。
「なるほど、ね」
「式を通してないってことは魔力使ってるか怪しいだろ?それも含めて調べてほしんだわ」
「了解了解。準備してくるからちょっと待ってて」
一通り説明したラズさんが、調べてほしい旨を言うと、ガブエラさんはそさくさと部屋を出て行ってしまった。
部屋にちょっとした沈黙が流れる。
多分ラズさんは本当にぼーっとしているだけなのだろうが、養子の件やあいつらの件やらで、少しだけ気まずい。
「...あの、師匠」
「んー?」
「名字なんて言うんですか?」
「...オルゼルド」
「へぇ...ラズ・オルゼルド...」
「なんだよ」
「い、いえ、何でも」
...失敗したかも。
ガブエラさんが帰ってくるまではこの空気が続きそうだ。
暫く経って、といっても体感ではあるが、ガブエラさんは帰ってきた。
この光景で思い出したが、そういえばラズさんはガブエラさんに恥ずかしいところを見られているわけで、お互いが微妙に意識しているからこそ、こんな雰囲気になってしまったのだろう。
「じゃ、手続きはしといたから、転移門から発散場行こうか」
「発散場?」
「お前みたいな人間が好き放題魔法打っても大丈夫なとこ」
聞きなれない単語が二つ同時に出てきたが、転移門というのは字面から何となく分かるので、より分からなかった発散場について聞くと、ラズさんはニヤリと笑いながら答えた。
「まぁ見ればわかるよ。今回はマリエルちゃんにでっかい魔法を打ってもらって、その影響とかロジックを調べる感じだね」
「なるほど」
口ぶりから察するに、相当大きな規模の魔法を使うことを求められているらしい。
―きっと、こういった場面で変に重圧を感じてしまうのが私の短所だ
転移門を潜って来たのは見渡す限りの荒地だった。
そこは生命というものの一切が排除された、こと”生”という概念を拒絶しているかのような空間で、どこか空気が重い。
最初は植物が生えていないから二酸化炭素の濃度が高いのかとも思ったが、少し考えればそうではないことが分かる。
というのもここには酸素を生み出す植物こそないが、一方で二酸化炭素を生み出す動物も存在しない。
となればここの大気は周りの環境そのままであるため、酸素と二酸化炭素のどちらかに比重が傾くことはないはずだ。
「ちょっと息苦しいでしょ?」
まるで心の内を見透かしたかのようにガブエラさんが言った。
「はい」
「ここには魔力が充満してるんだよね」
「魔力が充満...?」
本来、魔力というものは実際の重みを伴うものでない。
今までは感覚としてそのことを実感していたが、先日のラズさんの魔法の説明によれば、魔法すらも本来であれば実在しない仮想のものらしいので、魔力が現実世界には関与しないことはほぼ確定で考えて良い。そのため、ここが息苦しい事と魔力が充満している事に関係はないはずだが、ガブエラさんの言い方から、どうやらその限りではないらしい。
「そそ、昔ここでとんでもない規模の魔法が使われたんだけど、余りにもその魔法の威力が大きすぎて現実世界にもこうやって影響を残してるんだ」
「あの、どのぐらいの魔法使えばそうなるんです?」
「んー、実際問題詳しいことは分かってないんだよねぇ...如何せん、何千年って昔の話だからさ」
「えぇぇ...何千年って...」
対抗心とかでは全くないが、純粋な好奇心で聞くと、ガブエラさんはお手上げといったように両手を振って答えた。
余りの規模の大きさに唖然としていると、横からラズさんが「ちなみにそんな魔法使ってくれやがったやつが前に話したセラフな」と敬意のかけらもない補足をしてくれる。
それを見たガブエラさんは「ラズ、言い方言い方」と咎めているが当の本人は素知らぬ顔だ。
「言い方も何も、こんなバカでかい土地を適正持ってないと入れないとかいう制限かけやがったんだから当然だろ」
「まぁ一理あるけどね?けど僕らが魔法使えるのだってあの人のおかげなんだから程々にしなね」
「時と場合は弁えてる」
「どうだか」
なるほどなるほど。ガブエラさんはラズさんのストッパー役で、ラズさんもラズさんでそれにあんまり強く反抗しないらしい。
二人の空気感は長年連れ添ってきた人たちのそれで、いつもとはちょっと違うラズさんを見れて嬉しい反面、ほんの少し、本当にちょっぴりだけ、羨ましいと思ってしまう。
「まぁ、ドカーンってやっちゃってよ。見ての通り見渡す限りの荒野だしさ」
「は、はい。打つ魔法はなんでもいいんですか?」
「あー…ラズの話し聞く限りじゃそもそも僕らの魔法と同じとは考えにくいし、僕ら基準で炎魔法って言ってもたぶん本質的には違うと思うから…そうだなぁ、いちばん得意なのでお願い出来る?」
「得意......わかりました」
繰り返すが、私には魔法の得手不得手がない。
ただここで言う得意は、『”威力がわかりやすい”という点で優れている物を出せ』という意味だろう。
それで言えば炎、それも爆破系の魔法が一番だろうか。ほかの魔法に比べて視覚、聴覚、触覚を刺激するので規模がわかりやすいはずだ。
「じゃあ、いきますね」
出す魔法も決まったので、あとは打つだけと魔力を練っていく。
今回のように極大魔法を打つ時や、反対に極小魔法を使う時には体に流れる魔力をもっと細かく認識する必要がある。
身体中の魔力を、心臓の高さにあげた手の先に集中させていく。
莫大な魔力を魔法として整形するためには、膨大な集中力と精神力が必要だ。少しでも気が散れば緻密に作っているこの魔法はバラバラとトランプタワーの様に瓦解してしまう。
壊れない様慎重に、かと言ってゆっくりやってしまうと日が暮れるのである程度の勢いは保ったまま魔力を集めて固めていく。
以前に打った経験から、成長した分も加味して発動地点は三キロ程前方に設定した。
これだけ離せば恐らくこちらまで被爆することはないはずだし、もし何かあっても私のお隣には最強のギフテッド様もいるので問題ないだろう。
必要量の魔力とその形成、発動地点の設定、魔法のイメージと必要な準備が整ったので、今から打つ旨を伝えようかとも考えたが、思いのほか余裕が無かったのでこのまま打ってしまうことにする。
持ち上げていた手を合図とばかりにぐっと握り込むと、設定した通り三キロ先から爆発が起きた。
お腹に響くような轟音が届き、それからまもなくしてそこそこ熱い風が頬を叩いた。
目測にはなるが爆発の端はここから一キロ地点を切っていたので、半径は二キロを超えたはずだ。最高記録が二キロに少し届かないぐらいだったので、成長が嬉しい。
自分でもよくできたと思える出来だったので、ラズさんの評価が聞きたくて振り返ると、視点が空に向かっていた。
......ラズさんが見ているからと張り切りすぎたようだ。
急速に遠のいていく意識の中、すごく焦ったようなラズさんの顔がぼんやり見えた。
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