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ep.26

「いくぞー」

「はーーい」


翌日。というか感覚的には仮眠を挟んだ今日なのだが、二人して夜更かしの代償に襲われながらも、予定があったので靄のかかった頭で準備をした。

というのも変な時間に寝てしまってなかなか寝付けなかった私に付き合う形でラズさんも起きていてくれて、結局寝たのは三時を回ったころだったのだ。

今日はラズさんのお友達に会うらしい。昨日聞いた話によると、曰く「何でもできて失礼なぐらい謙虚」とのこと。

失礼なほど謙虚というのは、まぁなんとなく分かる。実際に能力が優れているのならばある程度それを自認することも大切らしい。

謙遜はコミュニケーションにおいて便利な道具ではあるが、万能というわけでは決してない。というのは母の受け売りだ。

玄関で待ってくれていたラズさんの耳には私とおそろいのピアスが付いてる。それを何とも面映ゆい心境で眺めながら、つかず離れずの距離を保って歩いていると「ん」とラズさんが手を差し出してくる。......借り物でもあっただろうか。

はた、と呆ける私にラズさんは「お前、足音小さいから後ろ歩かれると付いてきてるか不安なんだよ」と恥ずかしそうに言った。

その声は、心地よくて、愛おしくて、尊い色をしていた。人間の美しさが詰まったような色だった。気遣いに満ち満ちている、けどそっけなくして照れ隠しをするような不器用な声に、私まで顔を赤くしてしまう。

私は昔から恋愛感情が全く分からず故郷の子供たちとその類の話が合わなかった。恋愛なのか、敬愛なのか、親愛なのかというような”好き”に関しての分類は本を読んでもよくわからなかった。母に聞いてみても『その時が来ればわかるものよ』の一点張り。よって私がラズさんに抱いている感情がどんなものなのかはわからない。

けれども、もしかすると今の抱きしめたくなるような尊さへの羨望が、恋愛感情の一端なのかもしれない。


「ありがとうございます、師匠」

「......行くぞ」


最近、事あるごとにこの顔をしている気がするが、こんなに優しいラズさんが悪いのだと開き直って懲りずにまたラズさんに笑いかける。するとラズさんは照れたのを隠すようにそっけなくする。この流れはもはやお決まりである。

ラズさんの善意に私は素直に感謝を伝え、ラズさんはそっけなくすることでそれを引きずらない。この短い二人の不文律を私は気に入っていた。

役得、なんて思いながらラズさんの手を取って歩くと、ラズさんはさっきよりもほんの少しだけゆっくり歩いた。




手を引かれて連れてこられたのは魔法院より一回りほど小さな病院だった。

そういえば前に聞いた話によればお友達は研究医らしいので納得である。

確か私の魔法について危険かもしれないから診断を、という話だったのだと思うのだが、比較した魔法院が大きすぎるだけで、規模としては十二分に大きい病院で診てもらうことになるとは。


「院長います?ラズが来てるって取り次いでほしいんですけど」

「ギフテッド様ですね、少々お待ちください」


受付の人にさも当然かのように顔パスをしているラズさん。なんというか、本当にすごい人に弟子入りしたのだとひしひしと感じる。

それはそれとして気になったことがあったのでラズさんのローブの裾をちょいちょいと引っ張る。

ちなみに、ここに入るときに繋いでいた手は離して、代わりに私はラズさんのローブの後ろに引っ付いている。

なんでも友達に出くわしたら面倒、とのこと。それで言うと道を歩いているときなんかもいつもの如く視線を集めていたので知り合いが通りがかったらばれていたと思うのだけれど、そこは心配が勝ったらしい。

個人的にはずっと心配しておいてほしい......いや、心配は余りかけたくないしさっさと一人前になりたいのは山々だが、それはそれとして手は繋いでおいてほしいところではある。


「あの、院長って...?」

「あぁ、言ってなかったけど、例の友達が院長ね」

「あの...年齢は...?」

「俺と同い年。すげぇんだよアイツ、世襲でなったわけじゃなくてひたすらに能力が高くて上り詰めてんの」

「えぇぇ」


何と突飛な話だろうか。

そもそも医者というのは覚えることが多すぎる。蔵書にそれ関係の本がたくさんあったが、如何せん量が多すぎて、知識として覚えておく程度に留めたほどだ。

それを十八で網羅して、医者になることでさえ恐らく規格外だというのに、数多のベテランを差し置いて院長とは。

余りに衝撃を受けて目を回している私に、ラズさんは「まぁ話してみると癖のない親しみやすい奴だから」とフォローになっていないようなことを宣った。

というか魔法使いという職業が身近になかったために、どこか遠い話のようにラズさんが最高位であることを受け止めたわけだが、正直、覚える量に関しては魔法も医学に引けを取らない、というかむしろ上回っているくらいなので、お友達の凄さの感覚をそのままラズさんに当てはめると、やっぱりこの人もこの人でとんでもないことが分かりやすい。まぁラズさんはお友達と違って生活力皆無の魔法特化なわけだけど。




ラズさんパワーというかなんというか、待つという程待たされなかった私たちは部屋に通された。一見すると病室のようだが、机の上にキャンディの包み紙が散乱していたり、謎の置物があったりと私物であふれていて、少し不思議な場所だ。

案内してくれた看護師さんは『院長はもう少しで来ます』とだけ言って何処かへ行ってしまった。


「コーヒー飲む?」


よく見てみれば、なぜか簡易的なキッチンや冷蔵庫、電気ポットがあって、軽食どころか使いようによってはそれなりのご飯は作れそうな設備が整っている。

これまたなぜなのか、ラズさんはそれらをあたかも自分のものかのように慣れた手つきで使っているのに加え、棚をあけてコーヒーを出している。


「あの、それ飲んでいいヤツなんです?」


至極真っ当な質問だったと思うのだが、ラズさんは虚を突かれたように呆けた後、合点が言ったように表情を崩した。


「あー、ここは俺とあいつが駄弁るための場所みたいなもんなんだよ。ここには基本誰も入らないし、ここにあるもんはほとんど俺かあいつが買ったもんだから」

「えぇ...ここ病院ですよね...?」

「まぁまぁ、もともと使われてなかった部屋をあいつが私的に綺麗にして使ってるってだけだから」


うーん、ゆるい!!

でもラズさんらしいしラズさんのお友達らしい。

飲み込むことはできたものの飲み込んでいいものか決めかねていると、黙っていたのを了承と取ったらしく私の目の前にこと、とカップが置かれた。

パッと見コーヒーではない気がする。もっと茶色が強いし端に小さく泡が立っている。ラズさんに怪訝な視線を送ると「砂糖なかったから」とだけ言った。

砂糖がなかったから何にしたんだろうか。まぁ飲んでみれば分かるか、と湯気が出ていたのでふーふーしてから飲んでみると、舌あたりはまったりとしていてコーヒーより幾分甘い飲み物であることが分かる。

コーヒーはどこまでいっても”砂糖の甘さ”という甘さの分類からは逃げられないが、これは砂糖のとげとげしい甘さよりも幾分まろやかで、それそのものが甘さを持っているようだ。実際、ラズさんは砂糖を切らしていると言っていたので、砂糖抜きでこの甘さなのだろう。

コーヒーは人並み以上に好きであると自負している私だったが、正直この飲み物のほうが好みかもしれない。あまい。おいしい。

うまうまと暫く夢中で飲んでいると、案の定というか、ラズさんがこちらを微笑ましそうに見ていた。


「ココア好きなら言ってくれれば買ってきたのに」

「ここあ...?」

「なんだ、ココア知らんのか」

「聞いたことも飲んだこともないです」


どうやらこの飲み物はココアというらしい。見つけ次第飲みたいものではあるので、万万が一にも忘れてしまわないように頭の一番大事なことリストにメモしておく。


「今まで飲んだ飲み物の中で一番好きです。甘くておいしいです」

「帰りにどっさり買って帰るか。多分美味いココアの店はあいつが知ってたから後で聞いてみな」


また不経済が発揮されている気がしないでもないが、これに関しては嬉しい以外の何物でもないのでココアを飲みながらこくこくと頷いた。

するとラズさんはまた微笑ましいといった様に相好を崩して、こちらに手を伸ばして頭に触れた。


「ごめんごめん、待たせたね...って、邪魔した?」


私にとってはちょっぴり、ラズさんにとってはとびきり悪いタイミングで、お友達は姿を現した。

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