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ep.25

起こしてくださいと頼んだはずだったが、かなり夜も更けた時間に目を覚ました私は、時計を見た瞬間跳ね起きてリビングに向かった。途中、階段で転びかけそうになるくらい寝ぼけていたが、夕食の時間すら大幅に過ぎてしまっているのでその焦りったらない。リビングに入るとラズさんに出待ちされていた。なんというか、完全にスタンバイされている。


「おう、起きたか」

「は、はい」


ラズさんが食卓の向かい合った席に座っているので、私も特に何も考えず向かいの席に座った。

私たちの間には料理がずらりと並んでいた。勿論、私が作ったものではない。


「......あの、これは...?」

「買ってきた」

「す、すみません......でも、起こしてくれて良かったんですよ?」

「あのなぁ、ぐったりして帰ってきてそのまま寝たやつに『腹減ったから飯作ってくんない?』って言える?」

「え、えぇっと......」

「疲れたんなら休め。なにも無理することないから」


どうやら私は相当心配をかけてしまったらしい。久しぶりに運動した後にちょっと気疲れしただけなんだけどな。

とはいえ気遣ってくれるのは嬉しかったので素直に「ありがとうございます」とはにかんでみせると、ラズさんは「いいんだよ」とそっけなく返す。表情こそ変わらないが、声は半音高い。


「昼も食ってないんだし腹減っただろ、まずは飯食ってからだな」

「はい」





「で、昨日はどうしたんだ。運動の疲れってだけじゃなさそうだったけど」


いつもの如く尋常じゃない速度で卓上を片付けていったラズさんは、私が食べ終わったのを見計らって本題に入った。

昨日の出来事をざっくり説明すると、話をしていくうちにラズさんの顔が心配から呆れに変わっていった。できればそのまま心配してほしいところではある。


「そりゃ、その女が言うことも分かるわ...」

「師匠まで言うんですか!」


一番共感してほしかったというか、一番気疲れしたポイントに共感を頂けず「師匠も人のこと言えないぐらい無茶苦茶じゃないですかー!」とごねると、無茶苦茶に強いお師匠様はため息を一つ。

...なんだか自分がすごく出来の悪い子みたい。


「”消去の火”ねぇ...まぁ話を聞く限りそうなんだろうが、あれは俺にも対処できない産物だからな。ていうかお前以外に消せる奴はいないと思うぞ」


苦々しく自分には対処できないと言ったラズさんを見るに、嘘はついてなさそうだ。この苦渋と後悔と諦念が混じった音は一度試して消せなかったという経験を物語っている。なんとなく、ラズさんの纏っている雰囲気が重たく、暗くなったような気がした。


「...その、消去の火を私が消せた云々はいったん置いといて、なんなんです?消去の火って」


話の流れがよろしくなかったので、それ自体は深堀せずにさっさと次に行ってしまうことにした。聞かれたくないことや思い出したくないことは誰にだってあるものだ。

ラズさんは少しの間考えるそぶりを見せた後、へなっと眉を下げて「実はあんまりわかってないんだよな」と情けなさそうに言った。


「性質として魔法そのものも消してしまうからすべてを消去するモノとして”消去の火”なんて呼ばれてるけど、実際の名前は別にあるだろうしな。わかってるのは”魔法を消す魔法”ってぐらいだ。誰が何の目的でやってるかも魔法の正体も分かってない。ま、目星くらいは立ってるけど」

「魔法を消去...」


なるほど。魔法を消去してしまうならラズさんが消せなくて私は消せるのにも納得である。つまるところ正式な、式を組み立てる魔法は全部弾かれてしまうのだろう。

私の魔法とラズさんの魔法は多々違いがあれど、その一つに式を立てるかどうかがある。もしかしたら消去の火は組み立てた式を解いてしまうのではないだろうか。根拠の薄い予想だがないわけでもない。

あの時、目の前で揺れていた火は、どことなく隙間があるというか、ラズさんが扱う、中までぎっしりと詰まった魔法とは違って、ゆとりのようなものがあった。決して質が悪いわけではないのに、なぜか密度が低いような感触がした。もっと言えば、あの隙間はまるで魔法を受け入れることを前提としたような、人為的な隙間だった。

なんとなく、魔法を扱う人間としては気味の悪い炎だった。あれを見た手前、どこか人の悪意を感じざるを得ない。

あれやこれやと考えていると、ラズさんがおもむろに立ち上がって、私の隣に来た。

なんだろうと顔を向けると、ぽふっと頭の上に手を置かれる。


「何はともあれ、今回はお手柄だったな。偉い」

「え......は、はい」


突然のことだったのと、呆れられたりしていたので予想外の称賛に体が固まってしまった。

最初こそぼけっとしてしまったが、再起動した後はラズさんの撫でてくれる手に集中した。ラズさんに触られるのは好きだ。なんというかほわほわするというか、傷口がじんわりと温まっていって少しずつ治っていくような感覚がある。

お手柄のご褒美としてラズさんのなでなでを享受していると、頬を指の背でつつかれた。


「だらしない顔」

「だって嬉しいんですもん」


概ね女の子に向ける言葉ではないが、確かに頬がゆるゆるになっていた気がするので咎めはしないでおいた。

緩んだ顔はそのままに、素直な感想を言うと、ラズさんはぐっと言葉に詰まった後「お前ってほんと素直な奴」と呟き、撫でるのをやめてしまった。

私ってほんと素直な奴なので、誉め言葉として受け取っておいた。

人肌のぬくもりで温まった頭が徐々に冷えていくのを感じながら、それでも温度を保った心の言うままに「ラズさんに撫でられるの、好きです」と呟けば、ラズさんは呆気にとられた後、今度は少し乱暴にわしゃわしゃと撫でた。

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