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第40話:決断

周囲では、ギルドの上級冒険者たちが揺らめく魔法障壁を維持しようと必死に魔力を注ぎ込み、地下から響く不気味なノイズ音と振動は、ますます強くなっているようだった。緊迫した空気が、俺たちの返答を待っている。


俺とエリシアは、一瞬だけ視線を交わした。

どこまで話すべきか? 下手に能力のことを明かせば、危険視される。だが、ここで情報を隠せば、事態はさらに悪化するかもしれない。


「……ノア、感じたままを、できるだけ具体的に説明して」

エリシアが、俺を促すように小さく頷いた。


俺は意を決し、再び意識を地下へと集中させる。あの、不快で禍々しい『バグ』の波動。

「……地下です。かなり、深い……。D-7区画の、さらに下……だと思います」

俺は、感じ取った感覚を懸命に言葉にする。

「でも、ピンポイントの場所じゃなくて……そこから、何かが泉みたいに湧き出して、周囲の空間を『汚染』しながら広がっているような……。それに、あの箱……L-773は、その流れを……増幅させているような……そんな感じがします」


「中心はD-7区画の直下……そこから汚染が拡散し、例の木箱が増幅器になっている、と……」

リゼットは俺の言葉を反芻し、次にエリシアを見た。


エリシアは、俺の説明を受けて、慎重に言葉を選びながら話し始めた。

「リゼット調査官。古代技術の文献には、極めて稀なケースとして、特定の条件下で空間の『基礎パラメータ』が破損・変異する現象が記録されています。もし、ノアの言う『空間が書き換えられる』というのが、そのパラメータ異常の伝播だと仮定するならば……」


彼女は、バグという言葉を避け、『空間パラメータ』という、古代技術研究者らしい言葉に置き換えて説明を試みる。


「何らかの強力なエネルギー源、あるいは不安定な性質を持つ古代遺物が触媒となり、周囲の空間情報を連鎖的に破壊・変異させている……それが、この異常現象の正体かもしれません。そして、ノアが指摘した木箱……あれが遺跡由来のものであるなら、今回の『触媒』、あるいは彼が言うように『増幅器』として機能している可能性は十分に考えられます」


エリシアの説明は、俺の曖昧な感覚に、専門的な(しかし核心は伏せた)理論付けを与えるものだった。彼女は、俺の能力の異常性には直接触れず、あくまで「ノアの特異な感覚」と「古代技術の類似例」を結びつけて説明している。


リゼットは、黙ってエリシアの説明を聞いていた。その表情からは、信じているのか、疑っているのか、判別がつかない。だが、彼女はすぐに決断を下した。


「……空間パラメータの異常伝播、か。興味深い仮説だ。標準的な魔力計測や探知魔法が機能しない理由も、それなら説明がつくかもしれん」


彼女は揺らめく魔法障壁と、その向こうの暗い通路を睨みつけた。

「通常の封じ込め手順は、もはや限界だろう。原因そのものに直接対処するしかない」


リゼットは、背後に控えていたバルガスに向き直った。

「バルガス!」


「はっ!」


「少数精鋭で突入チームを編成。目標は地下D-7区画、及びその直下と思われる異常発生源。可能であれば、原因物質の無力化、あるいは封じ込めを行う。状況によっては、区画全体の破壊も許可する」

彼女は、恐ろしいほど冷静に、しかし迅速に指示を出す。


「エリシア君、君には研究者としての知識を期待する。同行し、状況分析と対処法の助言を」

「……! はい、承知しました!」

エリシアは一瞬ためらったが、すぐに頷いた。


そして、リゼットの視線が、最後に俺に向けられた。

「ノア君。君には道案内をしてもらう。君のその『感覚』だけが、異常の中心点を正確に捉えられる可能性がある。……もちろん、強制はしない。危険な任務になるだろうからな」


彼女の言葉は、選択を委ねる形を取ってはいるが、事実上の命令であることは明らかだった。ここで断れば、俺はただの足手まといとして、あるいは疑念の対象として、この場に置き去りにされるだけかもしれない。


俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。

地下の、バグの中心へ? あの禍々しい気配の源へ?

正直、怖い。足がすくむ。

だが、ここで逃げるわけにはいかない。エリシアも行くのだ。そして、俺のこの力が、本当に役に立つというのなら……。


「……行きます」

俺は、震えそうになる声を抑え、答えた。


「そうか」

リゼットは短く言うと、バルガスに合図を送った。

バルガスはすぐに、待機していた上級冒険者の中から、屈強な戦士のダリウスと、精悍な斥候のフィン、そして治癒士と思われる神官クララの計3名を選抜した。リゼット、バルガス、エリシア、そして俺を加えた、計7名の突入チームが編成された。


「障壁を開け!」

リゼットの号令と共に、揺らめいていた魔法障壁に、わずかな間だけ通路が開かれる。


「行くぞ!」


バルガスを先頭に、俺たちは次々と障壁をくぐり抜け、昇降機へと続く暗く、不気味な通路へと足を踏み入れた。

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