表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/62

第32話:証明

リゼット調査官に促されるまま、俺はテーブルの前に立った。

テーブルの上には、何の変哲もないインク瓶が一つ、静かに置かれている。これを【収納】し、再び取り出す。ただそれだけの、簡単なデモンストレーションのはずだった。


だが、俺は言いようのない緊張に包まれていた。

背後には、椅子に座ったエリシアの心配そうな気配。そして目の前には、俺の一挙手一投足を見逃すまいとする、リゼットの鋭い視線。まるで、値踏みされる品物にでもなった気分だ。


それだけではない。問題は、俺自身のスキルにあった。

【収納】スキル。それは、ただアイテムを仕舞うだけの、ありふれた、そして「ハズレ」だとまで言われた力のはずだった。


しかし、遺跡での経験を経て、俺の中でその感覚は明らかに変わってしまっている。空間に干渉し、情報を読み取り、変換し、果ては存在を削除した、あの制御不能な力の奔流。その記憶が生々しく蘇る。


(大丈夫だ……ただ、いつも通りに……インク瓶を『仕舞う』だけ……)


俺は自分に言い聞かせ、ゆっくりと右手をインク瓶にかざした。

意識を集中する。対象はインク瓶。実行するのは『収納』。

余計なことは考えるな。空間とか、情報とか、そんなことは関係ない。ただ、目の前の瓶を、異空間に仕舞う。それだけだ。


しかし、意識すればするほど、指先にあの奇妙な感覚が甦ってくる。

インク瓶の『情報』。ガラスの組成、インクの成分、ラベルの文字……。

そして、インク瓶が存在する、この空間そのものの座標、歪み……。

様々な情報が、俺の意思とは関係なく流れ込んでこようとする。


(ダメだ……! 抑えろ……!)


俺は奥歯を噛み締め、必死に意識を「ただの収納」へと集中させる。額にじわりと汗が滲んだ。右手が、微かに震えているのが自分でも分かった。


リゼットの視線が、突き刺さるように感じられる。彼女は、俺のこの僅かな動揺に気づいているのだろうか?


収納ストレージ』!


心の中で強く念じ、スキルを発動する。

一瞬、右手の先に空間がぐにゃりと歪むような感覚が走り、危うく暴走しかけた力を、必死で抑え込む。

そして……ふっと、インク瓶が淡い光と共にテーブルの上から消えた。


「…………」


成功した……のか?

俺は恐る恐るリゼットの顔色を窺うが、彼女の表情は能面のように変わらない。ただ、その鋭い目が、俺の震える右手を一瞬だけ捉えたような気がした。


「……ふむ」

リゼットは短く呟くと、顎に手を当てた。

「では、次に取り出したまえ。元の位置に、正確に」


再び、指示が飛ぶ。

俺は深呼吸を一つして、意識を切り替える。

今度は『取り出す』イメージ。収納空間にあるインク瓶を、テーブルの元の位置へ。


(大丈夫、これもいつも通りに……)


右手をテーブルの上にかざし、スキルを発動する。

収納した時と同じように、余計な情報や感覚を遮断し、ただ『取り出す』ことだけに集中する。


ポスン。


軽い音と共に、インク瓶がテーブルの上に出現した。

元の位置と寸分違わず……置けた、はずだ。

俺は安堵の息をつきそうになるのをこらえ、リゼットに向き直った。


リゼットは、テーブルの上のインク瓶を一瞥し、そして再び俺の顔を見た。

その表情からは、やはり何も読み取れない。


「……なるほど」

彼女は静かに言った。「確かに、【収納】スキルだ。その動作も……標準的なものに見える」

一瞬の間。俺は息を詰めて彼女の次の言葉を待った。

「……君の生存は、やはりエリシア君の適切なサポートと、単なる幸運によるものだった、と……そう結論付けるべきなのかもしれないな」


その言葉は、俺たちの説明を受け入れたようにも聞こえたし、あるいは、まだ何かを疑っているようにも聞こえた。真意は分からない。


「よろしい」

リゼットは立ち上がると、話を切り替えた。

「今回のデモンストレーションについては、記録しておく。それで、君たちの今後の処遇についてだが……」


俺とエリシアは、緊張して彼女の言葉を待つ。


「当面の間、ギルドの監視下に置くことに変わりはない。だが、ただ部屋で待機させておくだけというのも、双方にとって有益とは言えんだろう」


彼女は一枚の書類を取り出した。


「ギルドには、日々様々な業務がある。中には、危険度の低い、後方支援的な作業も少なくない。例えば……倉庫での物資の整理や管理、資料の分類などだ」


リゼットは俺を見た。


「ノア君。君の【収納】スキルは、そういった作業には有用かもしれんな。容量無限という特性は、物資管理において大きな利点となりうる」


それは、つまり……。


「君たちには、当面の間、ギルド内で簡単な業務を手伝ってもらう。もちろん、監視はつけさせてもらうがね。それが、君たちがギルドに協力的な姿勢を示し、また、我々が君たちの能力、特にノア君のスキルをもう少し安全な形で把握するための、一つの方法だと考えている」


それは、命令であり、提案であり、そして新たな『テスト』でもあった。

ギルドの管理下で、監視されながら、俺のスキルを使って働く……。

断るという選択肢は、事実上ないだろう。


俺はエリシアと視線を交わす。彼女は、わずかに頷き、「今は、これを受け入れるしかない」と目で語りかけているようだった。


「……分かりました」

俺は、意を決して答えた。「やらせていただきます」


「結構」

リゼットは、初めてほんのわずかに口角を上げたように見えた。

「詳細は、追って担当者から伝える。今日はもう部屋に戻って休むといい」


俺とエリシアは、黙って頷き、リゼットの執務室を後にした。

廊下に出ると、俺たちはどちらからともなく、深いため息をついていた。


ギルドの監視下での、新たな生活。

そして、俺のスキルに対する、ギルドの尽きない疑念と興味。

俺たちの未来は、まだ全く見えていなかった。

もう少しみんなが明るくなるところの話を書きたいが......。もう少しかかりそうです。

よろしければブックマーク登録・後書き下部にある「☆☆☆☆☆」から好きな評価で応援していただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ