第31話:調査官の提案
リゼット調査官に促されるまま、俺とエリシアは彼女の後について部屋を出た。
ひんやりとした石造りの廊下をしばらく歩き、俺たちが通されたのは、先ほどの尋問室とは違う、彼女の執務室と思われる部屋だった。
部屋は広くはないが機能的に整えられており、壁には遺跡周辺のものらしき地図や、解読不能な古代文字が書かれた羊皮紙の写しなどが貼られている。彼女がこの遺跡の調査を専門に行っていることが窺えた。
「まあ、座りなさい」
リゼットはデスクの向こう側の椅子に腰を下ろし、俺たちにも椅子を勧めた。その態度は事務的で、依然として感情は読み取れない。部屋には俺たち三人の他には誰もいないが、見えない監視の目があるような緊張感が漂っていた。
俺とエリシアは、促されるままに椅子に腰を下ろす。
「まず、現状について説明しておこう」
リゼットは指を組み、切り出した。
「君たちが脱出した『忘れられた実験場』……あの遺跡の入り口は、現在ギルドによって厳重に封鎖されている。内部で発生した異常なエネルギー反応は、依然として観測されてはいるものの、幸い、君たちが脱出した直後のピーク時よりは低下しているようだ」
その言葉に、俺はわずかに安堵の息をついた。あの悪夢のような空間崩壊が、外の世界にまで影響を及ぼしているわけではないらしい。
「君たちの証言についても、我々の方で精査を進めている」
リゼットは続ける。その視線が、俺とエリシアの間を射抜くように動いた。
「正直に言って、不可解な点が多いのは昨日話した通りだ。特に、勇者カイト殿の最期とノア君の生存。そして、発生したとされる異常現象の性質……これらについては、さらなる情報が必要だと判断している」
彼女は一旦言葉を切り、俺たちの反応を窺うように見つめる。エリシアは冷静な表情を崩さない。俺は、緊張で喉が渇くのを感じた。
「勇者カイト殿については……公式には『遺跡内で行方不明』として扱われ、近く王国にも報告がなされるだろう。パーティーの他のメンバー、ゴードン君とセリア君については、精神的なショックも考慮し、現在は別の部屋で保護・監視下に置いている」
カイトは、行方不明扱い……。まあ、ギルドとしても、勇者が死亡したとは、すぐには断定できないのだろう。
「それで……私たちについては……?」
エリシアが、静かに尋ねた。
「君たちについても、だ」
リゼットの視線が、再び俺に注がれる。
「君、ノア君。君の持つ【収納】スキルについて、もう少し詳しく聞きたい」
来たか……。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「エリシア君の説明では、君のスキルは後方支援や瓦礫除去に役立ったとのことだったな。具体的に、どのような使い方をしたのかね? 通常の【収納】スキルは、アイテムの出し入れが主のはずだが」
彼女の質問は、直接的ではないが、明らかに俺のスキルの異常性を探ろうとしていた。
「それは……」
俺が答えに窮していると、エリシアが助け舟を出してくれた。
「説明した通りです、リゼット調査官。彼は、崩落する瓦礫を咄嗟にスキルで『収納』することで、私たちの退路を確保してくれました。通常の収納とは違うかもしれませんが、極限状況下で、彼のスキルが予期せぬ形で発動したのかもしれません。あるいは、私にも未知の古代遺跡の力が影響した可能性も否定できません」
エリシアは、俺のスキルそのものではなく、状況の特殊性や遺跡の影響といった外部要因に可能性を誘導しようとしている。見事な切り返しだ、と思った。
「……なるほど。予期せぬ形でのスキル発動、か」
リゼットは呟き、再び俺の右手を見た。「そのスキル、差し支えなければ、ここで少し見せてもらうことは可能かな? 例えば、そこにあるインク瓶を『収納』し、再び取り出す、といった簡単なことで構わないのだが」
試されている……! 俺は緊張で体が強張るのを感じた。
通常のアイテム収納なら問題ない。だが、彼女は俺のスキルに疑念を持っている。ここで何か異常な挙動を見せてしまえば……。
「……今は、彼もまだ消耗しています」
エリシアが俺を庇うように言った。「それに、ここはギルド本部です。スキルの無闇な使用は……」
「分かっている。だから、簡単なことでいいと言っている」
リゼットはエリシアの言葉を遮った。
「我々としても、君たちの証言の裏付けを取りたいだけだ。そして、君たちの能力を把握することは、今後の処遇を決定する上でも重要になる」
彼女は淡々と言葉を続ける。
「もし、君たちが我々に協力的であり、そして、君たちの持つ能力が今後の遺跡調査や、あるいはギルドの他の任務に役立つ可能性があると判断されれば……悪いようにはしない」
それは、脅しであり、同時に取引の提案でもあった。
俺たちの能力、特に俺のスキルの有用性を示せれば、監視下の状況から脱却できるかもしれない。だが、下手に力を示せば、危険視されるか、利用されるだけかもしれない。
俺はエリシアと視線を交わす。彼女の瞳には、「慎重に」というメッセージが込められているように見えた。
「……分かりました」
俺は、意を決して答えた。「簡単なことなら……やってみます」
俺は、リゼットが指差したテーブルの上のインク瓶に、ゆっくりと右手を伸ばした。




