第30話:それぞれの時間
俺が意識を取り戻してから、数日が過ぎた。
ギルド本部の一室での生活は、静かで、ある意味では安全だったが、同時に息が詰まるような閉塞感もあった。窓の外には活気のある都市の風景が広がっているはずだが、俺たちに許されているのは、この部屋と、決められた時間に案内される食堂や浴場への往復だけだ。廊下には常にギルドの職員が控え、俺たちが勝手な行動を取らないように監視している。
幸い、ギルドから提供される食事はシンプルながらも栄養があり、十分な休息も取れたおかげで、俺の体力はかなり回復していた。あのスキル暴走による深刻な消耗感や頭痛も、今はほとんど感じない。
ただ、精神的な疲労や、あの時の恐怖、そして自分の力の正体に対する不安は、まだ胸の中に重く残っていた。
エリシアは、隣の部屋で過ごしながらも、頻繁に俺の様子を見に来てくれた。彼女自身も疲れているはずなのに、持ち前の好奇心と研究意欲は衰えていないようだった。部屋に持ち込んだ解析ツールや資料とにらめっこし、時折「うーん」とか「なるほど!」とか独り言を呟いている。
彼女は、遺跡で得たわずかなデータや、俺のスキルに関する観察記録を整理し、今後の研究方針を練っているようだった。
一方、ゴードンとセリアは、ほとんど部屋に閉じこもっていると聞いた。
一度だけ、食堂へ向かう廊下で偶然すれ違ったことがある。
ゴードンは、俺と視線が合うと、気まずそうに、しかしどこか非難するような目で顔を背けた。彼の胸中には、リーダーを失った悲しみと、俺たち(特に俺)への複雑な感情が渦巻いているのだろう。
セリアは、以前よりもさらに憔悴し、ゴードンの影に隠れるようにして俯いていた。俺たちの存在そのものが、彼女にとっては辛いのかもしれない。
結局、俺たちは一言も言葉を交わすことなく、すれ違っただけだった。彼らとの間にできた溝は、まだ深いままだった。
「……エリシアさん」
ある日の午後、部屋でエリシアと話している時、俺は意を決して切り出した。
「俺、自分のスキルのこと……もっとちゃんと知りたいです。そして、制御できるようになりたい」
いつまでも、この力に怯え、振り回されているわけにはいかない。エリシアを守るためにも、そして、これから生きていくためにも、俺はこの力と向き合う必要があった。
「……うん、そうだね」
エリシアは真剣な表情で頷いた。
「あなたの力は、使い方次第でとてつもない可能性を秘めている。でも、同時に大きな危険も伴う。制御できるようになることは、絶対に必要だよ」
彼女は少し考え込むようにしてから、続けた。
「ただ、ギルドにはまだ内緒にしておいた方がいい。彼らがこの力のことを知ったら、どう反応するか分からないからね。まずは、私たちだけで、できる範囲で試してみようか」
エリシアは、いくつかの基本的な制御訓練を提案してくれた。
例えば、収納空間の感覚を掴む練習。アイテムを、ただ仕舞うだけでなく、空間内の特定の位置に正確に配置したり、取り出す順番を意識したりする。
あるいは、ごく小さな物体(ペンや石ころなど)に対して、空間固定や情報干渉(例えば、石ころの表面のザラザラ感を少しだけ滑らかにするイメージ、など)を、ごく短時間、最小限の力で試してみる。
「大事なのは、力の『流れ』を意識することだよ」
エリシアは説明してくれた。
「暴走した時は、感情に任せて力を垂れ流してただけだと思う。そうじゃなくて、蛇口を捻るみたいに、力の量を調整して、特定の効果だけを引き出すイメージ。……まあ、言うのは簡単だけどね」
俺は彼女のアドバイスに従い、部屋の中で密かに練習を始めた。
最初は全くうまくいかなかった。力を意識しすぎるとすぐに頭痛がし、集中が途切れてしまう。それでも、エリシアの励ましを受けながら、少しずつ、本当に少しずつだが、自分のスキルに対する理解が深まっていくような気がした。
そんな生活が数日続いたある日のこと。
再び、部屋の扉がノックされた。
現れたのは、あの怜悧な目つきの調査官、リゼットだった。
「体調は回復したようだな、ノア君。エリシア・フォルクも」
彼女は感情の読めない声で言った。
「少し、話がある。二人とも、こちらへ来てもらおうか」
リゼットの言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。
俺とエリシアは顔を見合わせる。ギルドの、本格的な次の動きが始まるのかもしれない。
俺は、わずかな緊張と共に、エリシアの後について部屋を出た。
今日は30話まで書き切ろうと頑張りました。
ここまで、ご覧いただきありがとうございました。
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