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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
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第百六十話 勇者の迷宮その8

 勇者の迷宮、その地下60階の大広間にて、俺たちは足止めを食らっていた。

 足止めと言っても追っ手が追いかけてきたとか、ボスに手こずったとかではない。

 そもそもこの迷宮にはいわゆる『ボス』は存在していない。

 迷宮によっては特定の階層にボスがいることもあるが、ここ勇者の迷宮には最後の100階の扉の奥に『勇者の試練』が存在するだけで、特別なボスとの戦いはないのだ。


 では何が俺たちの足を止めたのかと言えば、当然それはゲートであった。

 10階ごとに存在し、侵入者の行く手を阻む結界装置。

 10階は勇者であるアナがいたことで、20階では結婚したことで条件を満たして通過することができた。


 30階、40階、50階にもゲートは存在していた。

 しかし特に遮られることもなく通過できたので、条件を調べることはせずにここ60階へと到達したのだ。

 しかしそこで捕まってしまった。

 俺たちは60階のゲート突破の条件を満たせなかったのである。

 調べてみたところ、ここのゲートの条件は30階以降とほぼ同様であった。

 ゲートの通行条件は一番単純な人の数だったのだ。


 30階は3人以上、40階は4人以上、50階は5人以上で、ここ60階は6人以上の人数が必要だったのである。


「おかしいだろ」

「おかしいわよね」

「絶対変だよ!」

「…………」


 何故か勇者の迷宮について書かれたどの本を読んでもゲート突破の条件は記されていなかったので、俺たちは古々代語の辞書を引いてゲートを通るための条件を突き止めたのだが、芳しくない結果が出てきただけであった。


 一応30階以降のゲートの通過条件もメモを取っていたので、間違いはないはずだ。

 だがそれだとおかしなことになってしまう。

 この場にいるのは俺とロゼとアナとエルの4人だけ。

 『5人以上で通過』という50階の条件を満たしていないことになるのだから。


「ひょっとして俺たちが知覚できない5人目がこっそり付いて来ているとか?」

「ひゃああぁぁ! 怖いこと言わないでよ、ナイト!」

「ゲンとヨミの亡霊が私に取り付いている可能性はないのかしら?」

「2人で1人分ってこと!? 計算が合わないし、それはそれで怖いよ!」

「会えるものなら会いたいけどな」

「ごめんなさい、変なことを言ってしまったわね」

「やっぱりまだ不安定なんじゃないの、ロゼ?」

「とんでもないわ、エル! 私は今これまでにないほどに絶好調ですもの!」


 勇者の迷宮に閉じ込められて既に4ヶ月。

 50階を超えた頃から迷宮内をうろつくモンスターの強さも罠の数も増えてきたが、それでも俺たちは僅か一月足らずで60階へと到達していた。


 そして50階から60階へと降りる間にロゼにある変化が起きていたのだ。

 それはこの12年間ロゼを苦しめていた呪いの効果が消えたことを証明し、ロゼの成長を俺たちに実感させる紛れもない事実であった。


 それは50階を超えて一週間ほど経ったある日の出来事。

 その時俺たちはロゼを先頭に真ん中にエルとアナを挟んで最後尾に俺という陣形を組んで移動していた。


 その周囲には10匹のスライムが俺たちを守るように配置されている。

 アナが使役したスライムたちは結局他のモンスターと交代しないままだ。

 どうやらアナはすっかりスライムたちを気に入ってしまったらしい。

 彼らは俺たちが休んでいる間に周囲を索敵したり、行動中は奇襲を警戒したりと、立派に活躍を続けている。


 そんな陣形で進んでいた時だ。

 ロゼの後ろを歩いているエルが突然驚いた声を上げたのである。


「ロゼ! 足から血が出ているよ!」と。


 見れば確かにロゼの太腿から薄っすらと血が滴っていた。

 その時俺たちはもはや日常となっていた警戒を解いたりはしていなかったので、ロゼの出血の原因が分からず慌ててしまう。

 すぐにロゼを中心として防御陣形を組み、俺とアナは姿を見せぬ敵に備えた。

 そしてエルはロゼに近づき、傷の具合を確認する。

 魔法を封じられ戦う術を失くしてしまったエルは、何かあった時に俺たちをサポートする役割を振られ、それも随分と板についてきていた。



 しばらく緊迫した空気が流れていたが、不意にエルの緊張感が溶けたのが背中に感じ取れた。

 そしてエルは言ったのだ。

 彼女にとっては当たり前であり、俺たちにとっては想定外だったその一言を。


「な~んだ脅かさないでよロゼ。何かと思ったらただの生理じゃないのさ」


 その言葉を聞いた俺は一瞬固まり、その次の瞬間には驚愕を顔に貼り付けてロゼとエルへと視線を向けていた。

 俺と同じくアナも振り返っており、口に出したエルも驚き、ロゼは完全に固まっている。


 最初に固まったのは、女性特有の生理現象に対して男である俺に言えることなど何もないと思ったから。

 そして驚愕したのは、『ロゼに生理が来た』ということがどれだけの意味を持っているのか骨の髄まで理解していたからだ。


 俺たちは揃って固まり、じっとロゼに視線を向けている。

 完全に固まっていたロゼは段々と動き始めたかと思うと、クシャクシャに顔を歪め始め、迷宮内の通路であるというのに号泣を開始してしまった。


 不用心ではあるが気持ちは分かる。

 男の俺に分かるわけがないって? 冗談ではない、分からないのにロゼの恋人になどなれるわけがないではないか。


 ロゼは12年前、『成長停止』を授かったがために体の成長が止まってしまった。

 そしてロゼに群がっていた婚約者候補たちは軒並みロゼの下を去っていった。

 彼らの目的は王族の血だ。

 しかし生理が来る前に成長が停止してしまったロゼと結婚しても子供を作ることなどできはしない。

 だから彼らはロゼを見限り、それはロゼを大いに傷つけていた。

 実際町にいた頃、ロゼと結婚について話をすると決まってそのことを持ち出し、そしてその話をするたびにロゼは落ち込んでいたのである。


 もちろん俺だって子供は欲しい。

 だがそれを理由にロゼと結婚しないなんて考えもしない発想だ。

 だから俺はロゼとの間に子供ができなくても構わないとロゼに繰り返し伝え続けてきた。

 幼馴染であるアナとエルが俺と婚約したことも良かったのだろう。

 ロゼは自分が子供を産めない代わりに孤児院の子供たちに精一杯の愛を降り注ぎ、そしてアナとエルに子供ができたらその経験を元に立派に2人の子を育て上げるのだと常々言っていたのだ。


 そんなロゼに生理が来た。

 勇者の供の選別の儀から既に半年以上が経過している。

 あの時点でロゼの『成長停止』が解除されていたことを考えると、確かに来てもおかしいことではない。


 だが12年、12年である。

 12年前に呪われ、苦しみ、涙を流して乗り越えた『生理が来ないから、子供ができない』という状況が、今この瞬間に終わりを迎えたのだ。

 俺たちはいつの間にか4人揃って号泣していた。

 アナとエルはロゼにしがみつき、俺は3人をまとめて腕に抱いて誰が誰の声なのかも分からない叫び声を上げ続ける。


 それはしばらく続いたが、泣いていた場所が迷宮の通路だったためにモンスターを呼び寄せる結果となってしまった。

 焦ったスライムたちが俺たちに体当たりを仕掛けてくる。

 スライムたちはしゃべれないので、何か問題が起きると、こうして俺たちに直接接触をして危機を知らせてくれるのだ。


 しかし今の俺たちに負ける気など微塵もなかった。

 体の奥から熱い感情が迸り、絶対にこの小さな妻を守るのだと俺の全細胞が叫んでいるのが手に取るように感じ取れる。


 その日俺は安全地帯である階段に到着するまで、ひたすらに笑いながら戦いを繰り広げた。

 それはロゼもアナもエル同様だ。

 俺たち4人はその日、結婚した時に匹敵するほどに笑い、泣き、そしてロゼの体に到来した人体の神秘に感謝を捧げた。

 この喜びをロックたちとも分かち合いたい! 知らせてやりたい!

 俺たちはその日、絶対にこの迷宮から脱出するのだと誓いを新たにしたのであった。



「それなのに60階で強制停止とか、いくらなんでも酷くないか?」

「う~ん……でもさ、何か方法があるはずなんだよ。そうでなくちゃアタシたちそもそもここまで到達できなかったはずじゃない?」

「そうよね。ゲートの通過条件が人数であるのは間違いないわ。そして私たちは4人しかいないのに、5人が必要条件だった50階のゲートを通過しているのだもの」

「目に見えない幽霊だの亡霊だのの線は考えないとして……他にどんな可能性があるんだ?」

「モンスター……じゃないよね。あくまでも判定理由は人間の数なんだからさ」

「そもそも幽霊と亡霊の違いって何なのかしらね?」

「そこは掘り下げなくても良いんじゃないの!?」


 俺とロゼとエルは喧々諤々と意見を交わしていく。

 そんな時、ふと会話をしているのは3人だけで、アナが一言も喋っていないことに気がついた。

 どうしたのだろうとアナの方に視線を向ける。

 アナは非情に珍しいことに体をもじもじと動かしながら口をパクパクと動かしていた。


「どうしたんだアナ? 珍しく変な行動をしているな」

「ん~? あれ、本当だ。一体どうしたの、もじもじしちゃって?」

「そう言えば一言も喋っていないわね。どうかしらアナ、何か心当たりでもある?」

「……ある」

「そう。まぁそんな簡単に分かれば苦労はしないわよね。じゃあ一緒に考えて……何ですって?」

「……心当たりがある。50階のゲートを越えることのできた理由が私には分かる」

「本当か!?」

「やったー!! ねぇねぇ、何なの? それを使えばここのゲートも超えられる?」


 アナはなぜか真っ赤になってゲートを一瞥すると、エルとロゼの姿を見てコクンと頷いた。

 この状況で冗談を言うようなアナではない。

 俺たちは喜び、アナにその方法を問いただした。


 そしてアナは言ったのである。

 「あれ」が来ないのだと。


「あれ? あれってなに? 何か受け取っていたの、アナ?」

「ひょっとして勇者だけに届けられる神の力とか何かかしら?」

「50階の時はそれが届けられていたから通過できたと? つまり幽霊でも亡霊でもなくて神霊か何かだったのか?」

「ヒイィィィ! いや、この際幽霊でも亡霊でも神霊でも良いよ! ゲートを通過するためにはその何かを呼び出さなきゃならないんだね!」

「ちっ、違う違う。そういうものじゃなくて!」


 そう言ってからアナは黙り込んでしまう。

 先程食べたばかりなのにお腹でも減っているのか、アナはずっとお腹をさすったままだ。

 ここ最近、アナの食欲はますます旺盛になり、体型も随分とふっくらとしてきた。


 そもそも最近のアナは戦いの際にもあまり動くことがない。

 ステータスの値が俺とロゼに次ぐ3番目となり、スキル『影使い』や『闇属性魔法』を使った遠距離攻撃特化になったのであまり動くこともなくなっていたのだ。

 そのためなのか迷宮に入ってからのアナは明らかに体型に変化が生じている。

 元々闇の勇者として動き回って戦うスタイルから動かない遠距離攻撃特化に変わったのだ。無理の無い話なのかもしれない。


 しかし、それにしても最近のアナは食べ過ぎだ。

 そろそろ食事の量を減らしても良いと思えるほどに食いまくっている。

 このままでは迷宮から出る頃には随分と肥えた体型になっているだろう。

 妊娠しているわけでもあるまいに、そんな姿をロックやばっちゃんに見られたら、どんなことを言われるか……あれ?



 俺はアナに注意深く目を向ける。

 アナの体型は随分とふっくらとしてきた。

 迷宮に入ってから食べるようになったのが原因だ。


 ……本当にそうか? いや食べてはいる。間違いなく食べてはいるのだ。

 食べるようになったのは迷宮に入ってからか? 違うな、確か20階を超えてしばらくしてからではなかっただろうか?

 それはそう、つまり迷宮に入ってから40日ほどが過ぎた頃で、それはつまりロゼとエルと合流してから一月ほどが経った頃で、それ以前の俺とアナは毎晩のように愛し合っていたわけで。



 ……まさか。

 まさか、まさか、いや、まさか!

 でも、辻褄は合う。辻褄は合うよな。

 そもそもロゼの時と同じ調子でアナとも『していた』わけで、ロゼとは違ってアナにはちゃんと『来ていた』わけだから。


「アナ、アナさん? ひょっとして『あれ』ってのは『あれ』のことなのか?」

「……うん」

「そっ、そうか。来ないのか。いつ気がついたんだ?」

「結婚式を上げた頃には疑っていたんだけど、あれからしばらくして体調を崩した日が続いた頃からかな」

「え? アナ体調を崩していたの?」

「うん。でも我慢できる程度だったから」

「駄目よ、ちゃんと言わないと! 私これでも医学もかじっているから相談には乗れたはずよ!」

「ごめんなさい。その……順番を抜かしちゃったから言いづらくって」

「順番? 一体何のこと?」

「だから……その……」

「あああぁぁぁ!!」


 突然エルが大声を上げて立ち上がった。

 そしてアナと俺の姿を交互に見て、そして持っていた杖を振りかぶって俺に向かって突進してくる。


「ナ、イ、トォォォ! 何をやっているの! 一体なんてことをしてんのよ!!」

「え、何? どうしたの、エル?」

「ちょっ、落ち着けエル!」

「エル、待って! 落ち着いて!」

「これが落ち着いていられますか! こんな危機的状況の最中だって言うのに、やっぱりナイトは変態なんじゃないのさ!」

「誤解だ! いや、違う。誤解じゃない! 誤解じゃないが、誤解なんだ!」

「人の言葉を喋りなさい、このけだものぉぉぉ!!」


 錯乱したエルはやたらめったら杖を振り回し、俺はそれを捌き続けた。

 どれだけ錯乱したところでエルは後衛だ。幼い頃から訓練を続け、ステータスが上昇した俺の敵ではない。

 しかし俺はエルの暴走を止めることはなかった。

 どう考えても、これは俺が責められるべき案件だったからだ。


 それからしばらくの間エルは暴れ続け、肩を上下させて落ち着く頃には、アナの口からロゼにも事の次第は伝えられていた。

 そしてアナの身に起こった現象を理解したロゼは舞い上がって喜び、アナに抱きついたのである。


「おめでとうアナ! 凄いじゃない! 凄いことじゃない!」

「で、でもロゼ。私はその……2番目なのに、順番を抜かしてしまい……」

「そんなこと気にすることじゃないわ! だってそもそも私は諦めていたのだもの! それにこれでゲートを通過する方法も分かったじゃない!」

「えええ!? 一体何を言っているの、ロゼ?」

「だからゲートを通過する方法よ! アナに来なくなったのは生理! そしてそれは結婚式の前後から! つまりアナはナイトの子供を身ごもったのでしょう? つまり私たちがナイトの子供を宿せば、先に進めるってことじゃない!」



 そういうことなのだ。

 存在しない5人目は、きちんと存在していたのである。

 それは霊のように見えないものであったが、確かに生きてこの場にいた。

 アナの体の中に。まだ生まれていない新しい命として。


「何言っているのよロゼ! 赤ちゃんだよ、赤ちゃん! 妊婦になってダンジョンに挑めっていうの!?」

「しかも仮にこれからロゼとエルがナイトの子を宿したとしても、2人で5人の子を宿さなければ、100階のゲートを通過できませんよ」

「双子と三つ子!? いや、その前にまだ子供体型のロゼに出産なんてさせられないよ!」


 そうなのだ、そういう問題がある。

 勇者の迷宮は地下100階まであるという。

 仮にこの調子でゲートが存在するのなら、都合10人もの勇者の家族が迷宮攻略には必要となる。

 俺たちは4人、アナのお腹に子がいるとして、60階を超えられないということは1人だから、合わせても5人しかいない。

 どうしても後5人、迷宮を攻略するために人数を揃える必要があるのだ。


 そして問題はロゼだ。旅に出るまでは肉体関係だったのに今更だが、出産となるとまた話が違ってくる。

 ロゼはつい先日初潮を迎えたばかりで、実年齢は22歳だが、見た目はまだ10歳のままだ。

 ただでさえ出産にはリスクが存在する。

 そして若すぎる出産のリスクは適齢期の比ではない。

 この状況で出産などさせるわけにはいかないのである。


「それはもちろん承知しているわ。だからまずはエルに妊娠してもらって、次の70階まで進みましょう。そして70階以降も同じ条件だったのなら、私も覚悟を決めるわ」

「妊娠!? アタシがナイトの子供を産むの!?」

「エル、私たちはナイトと結婚したのですよ。いくら初夜がまだだからといっても、それほど驚かなくてもいいでしょう」

「だって迷宮を攻略している最中に妊娠するなんて思わないじゃない!」

「それはまぁその通りなのですが」


 エルの言う通り、俺は3人と結婚はしたものの、未だ初夜を迎えてはいなかった。

 「迷宮を攻略している最中に妊娠でもしたら大変だから」というのが、その理由だったのだが、まさか結婚した時には既に妊娠済みだったとは。


 しかしエルに妊娠してもらわなくては先には進めない。

 俺は覚悟を決めてエルに話しかけた。


「エル、まずは落ち着け。そして俺の話を聞いてくれ」

「ナイト? えっと、話ってどんな話?」

「早速今夜、俺はお前を抱きたいと思う」

「開口一番に何てことを言っているの! 迷宮攻略中なんだよ!? アタシたちは、今、迷、宮、攻、略、中!」

「だからその迷宮を攻略するために俺たちは新しい家族を作らなければならないんじゃないか」

「いや、それは……。ほっ、他の方法はないのかな? 例えばロックを呼んでくるとか……あっ!」


 そう、それは俺も考えた。

 というか、恐らくそれこそがこの迷宮の正しい攻略方法なのではないだろうか。

 下層に降りるためには勇者とその家族が必要となるのがこの迷宮の法則だ。

 だったら話は簡単である、8人の勇者が協力して迷宮に潜ればそれだけで80階までのゲートは突破できるのだ。

 最下層まで行きたいのなら、残り2人を親なり兄弟なり伴侶なりを同伴させれば済む話である。

 例え能力的に劣っていても勇者が8人もいれば護衛としては十分だ。問題になるようなことは何もない。


 俺たちはそれを1人の勇者だけで攻略しようとしているのだ。

 そもそもロックを呼んでくることなど出来はしない。

 出入り口は分厚い氷に閉ざされていて脱出は不可能だし、そもそも俺たちの目的は迷宮を攻略してロックたちと合流することなのだから。


 だから俺たちは自力で下へ降りるしかない。

 降りるためには人数が、勇者の家族が必要だ。

 だから子供を作る以外にこの迷宮から出る方法はないのである。


「で、でも迷宮を攻略するためだけに赤ちゃんを作るだなんて……」

「それは違うぞエル。迷宮があろうがなかろうが、俺はお前に俺の子を産んでもらいたいんだ」

「ふえぇ!?」

「もちろんロゼにもアナにも産んでもらいたい。というか、そういう相手だからこそ俺たちは結婚したんだろう?」

「それは……そうだけど。でも突然言われても、心の準備が……」

「なら待つよ」

「え?」

「亀岩城のあの部屋でも言っただろう? 俺はお前が嫌がることをする気はないんだ。だからエルが俺の子を宿す覚悟が固まるまで待つさ」

「いっ、良いの? だって急いで迷宮を攻略するんじゃなかったの?」


 確かに当初はそのつもりだった。

 しかしそれは不可能になってしまったのだ。


「残念ながらそれは無理なんだエル。必要人数は想定残り5人。さっきエルは双子と三つ子って言っていたけれども、そんな上手い具合に妊娠できるわけがない」

「あ……」

「それにこのままのペースで進んでいけば、最下層に辿り着く前にアナのお腹が大きくなって戦闘ができなくなる。ひょっとしたら出産が始まるかもしれない。そうなれば俺たちの一行に赤ん坊が加わることになる。

 だけど、生まれたばかりの赤ちゃんを連れて迷宮の攻略なんてできないだろう? 最低でも首が据わらなけりゃ移動することもままならない。急いで迷宮を攻略するなんて絶対に不可能なんだよ」



 そうなのだ。このメンバーでこの迷宮を攻略するためには年単位の時間が必要だったのだ。

 地上で頑張っているであろうロックたちのことはもちろん気がかりだが、出入り口を塞がれ、迷宮を攻略できない以上、無事を祈る以外に俺たちにできることはない。


 スキル『町長』の効果により、タートルの町の人口が激減したことは気が付いている。

 地上で大変なことが起きていることは明白なのに、手助けできない自分に歯がゆさを感じながらも、俺は明るい家族計画について3人と語り始めるのであった。

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