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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
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第百五十九話 勇者の迷宮その7

 ロゼとアナとエル、3人の幼馴染と結婚した俺は、その勢いのままに勇者の迷宮の攻略を続けていった。

 結婚してから2ヵ月、迷宮に入ってから数えると既に3ヶ月が経過している。

 俺たちはその間に30階、40階と勇者の迷宮を攻略し、遂に50階の広間へと到達しようとしていた。


 これだけ攻略がはかどったのは、『迷宮商人』を使って勇者の迷宮に関する本を片っ端から仕入れたからだ。

 20階のゲートを突破するために購入したのがきっかけだったが、もっと早く気づいていればと思わなくもない。


 ちなみに30階も40階もゲートを通ることに支障はなかった。

 例によって通過するための条件は門の脇に記されていたが、試しに通ってみたら通れたので特に気にせずここまでやって来たのである。


 この時点で、俺たちが当初所持していた食料は既に消費尽くされており、必要なものは全て『迷宮商人』のスキルを使って手に入れていた。

 正直言ってこのスキルがなければ、ここまで到達できなかったどころか、迷宮の中で餓死していた可能性もある。

 正に『迷宮商人』様様だ。そしてこれだけ深く潜っているにもかかわらず、俺たちの補給が途切れない理由がもう1つあった。


 それは魔石回収機の存在だ。

 この迷宮は10階ごとに大広間が存在し、階段にはゲートが設置され、そしてその脇には魔石回収機と水場が存在している。

 そう、なんと10階にあった魔石回収機は20階にも30階にも40階にもあったのだ。


 事ここに至って、俺はこの魔石回収機の存在について初めて疑問を感じた。

 10階にあったのはまぁ分からなくもない。あそこまでは一般開放されていたのだから、地上から定期的に魔石の回収にくることも可能だったはずだ。


 だが10階より下は勇者がいなければ辿り着くこともできない階層である。

 そんな所にどうして魔石回収機が存在しているのか。

 そもそも俺たちが投入した大量の魔石は全て現金に変わったが、これだけの金がなぜ入っていたのか。

 今まであって当たり前だと思っていた魔石回収機の存在を初めて疑問に思い、俺は宮廷魔道士として魔石の加工にも携わってきたエルに魔石回収機の詳しい仕組みについて聞いてみたのである。


 だがエルは詳しいことを知らなかった。

 てっきり役所の管轄だと思っていたという。

 しかしそんなことはありえない。

 俺が町長として働いている間に魔石回収機の話題など、議題に出たことすらなかったのだから。


「あれ? じゃあ魔石回収機って一体どこの管轄だったの?」

「少なくとも役所の管轄ではなかったな。俺はてっきり宮廷魔道士たちが魔石の管理を担っているとばかり思っていたんだが」

「管理って言うか、回収はしていたよ。定期的に魔石回収機を開けて、中に集められた魔石を取り出すの」

「だからその時に金の補充をしていたんだろう?」

「ううん、してないよ。アタシも何度かやったけど、魔石を取り出しただけで、お金の補充なんてしたことがなかった」

「いやいや、それはおかしいじゃないか。じゃあこの金は一体どこからきたんだよ」


 エルは頭を捻って考えていたが、結局心当たりはないという。

 それはアナもロゼも同じだった。当然俺にも心当たりはない。

 そして俺はとんでもない事実に気がついてしまう。

 まさに今更という感じだ。

 だが気がついてしまったのなら無視のできない案件ではある。


 俺たちが使っているこの世界の貨幣。

 魔石回収機に魔石を入れると出てくるこの金は一体どこで作られているんだ?


「え? お金がどこで作られているか?」

「あれ? そういえばどこなのかしら?」

「考えたこともありませんでした。言われてみれば確かに不明ですね」


 ……絶対におかしい。

 貨幣経済が存在しているのに、流通している貨幣を作っている場所が分からないってどういうことだ?


 俺たちが一般市民なら分かる。

 一般市民が貨幣の鋳造場所を知らなくたって別に何も問題はない。

 だが俺たちは揃って国の中枢に近い位置にいた。

 自分で言うのもあれだが、割と重要人物だったはずだ。

 そんな俺たちが金を作っている場所を知らないだと?

 そんなことがありうるのだろうか。


 そもそも思い返してみれば、玄武の国でも朱雀の国でも使っている貨幣は同じものである。

 それはようするに貨幣の入手先が同じだからという理由なのではないか?


 という事は、何だ?

 ひょっとして貨幣の入手先って魔石回収機だったのか?


 俺はアイテムボックスから金を取り出す。

 この世界の貨幣の1つ『一万円玉』を。


「……」


 思えば、……思えばこの世界には明らかに日本人の影響が見て取れる。

 公用語は日本語だし、国名だって日本語表記だ。

 ひらがなも漢字もカタカナもある上に、神殿の見た目は思いっきり神社である。


 貨幣だって生前読んでいた物語で出ていた金貨とか銀貨とかではない。

 1円、5円、10円、50円、100円、500円と、前の世界で使われていた貨幣に近いものが流通しているのだ。

 ただ札はなく、千円札の替わりに千円玉。一万円札の替わりに一万円玉が流通しているのだが。



 これはようするに、俺とは別の日本人が、かつてこの世界にいたという何よりの証拠なのだろう。

 父さんたちが使用した奇跡のネックレスの力で俺の魂は次元を越えたのだ。

 ならば俺以外の日本人がかつてこの世界に現れて、日本文化を伝えていたって何の不思議もありはしない。


 そこまでは良い。そこまでは良いが、この仕組はどこかおかしい。

 おかしなものには手を出すべきではない。

 だがそれを利用しなければ生きていけないのもまた事実だ。


 魔石回収機がなければ俺たちはこの迷宮の中で現金を手に入れられない。

 現金がなければ『迷宮商人』は役立たずになり、遠からず餓死が待っている。


 もう少しで次の目的地、50階に到達だ。

 俺は湧き出る疑問を棚に上げ、気を引き締めて迷宮探索を再開するのであった。



 それからしばらくして遂に俺たちは勇者の迷宮の50階へと到達した。

 この階に到達することは、ある意味とても感慨深いものがある。

 それは地下100階まであるというこの勇者の迷宮の半分を攻略したという意味であり、同時にここは『過ちの大広間』と呼ばれている勇者の迷宮随一の有名スポットであるからだ。


 『過ちの大広間』


 かつてエリック先生はこの地下50階について俺たちにその異名を教えてくれたが、名前の由来までは教えてくれなかった。

 だがここまで到達できればこの世界の真実と、この迷宮の過ちを知ることができるのだと聞かされており、俺たちはここに来るのを楽しみにしていたのだ。


 50階に到達した俺たちの目には巨大な壁画が飛び込んでくる。

 そこに記されていたのは世界の真実と迷宮の過ち。

 ロゼとアナとエルは一目見てそう判断したことだろう。

 だが俺が受けた印象は違っていた。

 そこにはこの世界の真実だけが存在しているように見えたのである。


「なるほど、過ちの大広間と呼ばれるだけはあるわね」

「改めて見ると『魔族の国』も結構広いよね」

「正直眉唾ものですけどね。これだけあからさまに間違っている地図を見せられると信憑性を疑ってしまいます」

「でも大陸の形に間違いはないのでしょう?」

「凄いよねぇ。どうやってこの地図を作ったんだろうね」

「確かに目の前にあるこれは、この世界で唯一の『世界地図』と言われていますが、移動方法も確立されていない大陸の外側の情報です。鵜呑みにするのは危険ですよ」


 アナの言う通り、この広間の壁画にはこの世界の『世界地図』が記されていた。

 巨大な大陸が中央にあり、その周りにそれなりの大きさの大陸が3つ点在している。

 中央にある大陸は考えるまでもなく俺たちが住んでいるこの大陸だ。

 そして周囲に点在する3つの大陸には魔族が国を作っているのだという。



 大陸の北には天照アマテラス

 大陸の南西には武御雷タケミカヅチ

 そして大陸の南東には氷美子ヒミコの文字が記されている。


 卑弥呼ではない『氷美子』である。何でこれだけ当て字なんだと昔聞いた時は思ったものだが、今考えてみても日本神話で氷属性の神様と言われても正直思い浮かばない。

 大陸の国家が四神から取られていることと言い、魔族の国の名前も日本人が関係していることは間違いない。

 これは恐らく勇者や魔王の属性からそれっぽい名前をひねり出したが、氷属性に関しては思いつかなかった結果作り出された苦肉の策ではないだろうか。


 だが、俺が気になったのは別のことだ。

 ここが過ちの大広間と呼ばれている最大の理由。

 それはこの地図を一目見れば、誰でも分かるほどにはっきりとしていた。


 大陸の北、朱雀の国がある場所には『玄武』の文字が。

 大陸の南、白虎の国がある場所には『朱雀』の文字が。

 大陸の西、玄武の国がある場所には『白虎』の文字が。

 そして大陸の東、青龍の国がある場所だけが正しい国名が記されているのである。



 これをこの大陸の人間が見たらおかしいと判断するのは当たり前だ。

 だが俺はそうは思わなかった。むしろ長年の疑念が払拭されたことで安心したくらいである。


 壁に記された大陸の地図、そこに記された四神の配置。

 これは前の世界の知識と同様の配置になっていたのである。

 ずっとおかしいと思っていたのだ、何で西にあるのに玄武の国なのかと。

 この世界の住民は生まれた時からそうだと思っているから疑うこともないが、前世の知識のある俺からすれば違和感がある配置なのである。


 それでも『この世界ではこういうものだ』と考え納得していたのだが、こうして目の前で正しい配置が記されているのを見ると、やはり四神の配置がバラバラになっているのは何らか理由があるのではないかと思うのだ。

 その理由はこの場では分からない。

 ここに記されているのは世界地図だけであり、勇者の迷宮について書かれた本にもそれについての考察など一切ないからだ。


 そして更に重要なことに、この中には『ツクヨミ』が存在していない。

 4つの国家、3柱の神の名は記されているのに闇の神の名だけがどこにも見当たらないのだ。

 他の神に関しては魔族の国として漢字表記になっているので、ひょっとしたら『月詠』という国家もどこかにあるのかもしれない。

 しかしこの壁の中には見当たらない。壁どころか床にも天井にも階段にも闇の神も国も存在していなかった。


 ツクヨミの名だけが影も形のないのは不自然ではあるが、これもまたこの部屋の過ちだとして片付けられていた。

 だが誰が作ったのかは知らないが、恐らくこの壁画は何らかの意図を持って作られているはずだ。

 だから『月詠』を記さなかったのも恐らくわざとだ。理由は分からないが、俺はそう確信していた。


「ちょっとナイト、いつまでボーっとしているの? 世界地図の存在は珍しいけれど、とりあえず先に進めるかどうかを確認しましょうよ」


 気がつけばロゼたちはもう壁画に興味を失くしたようで、いつの間にか50階のゲートの側へと移動している。

 俺も慌てて彼女たちと合流し、無事に通れることを確認したので、今日はここで休憩を取ることにした。


 勇者の迷宮内に存在する安全地帯は階段と吹き抜けの欄干以外に、ここのような10階ごとの広間もある。

 俺とアナは早速これまで集めてきた魔石を魔石回収機へと投入し、現金を入手してから今日の夕飯の献立を考えるために『迷宮商人』を起動させた。


 壁に記された世界地図、当たり前のように存在している魔石回収機と気になる要素は山のように存在している。

 だが、それについて考えるのは、兎にも角にも俺たちの目的である地上への脱出を果たしてからで良いだろう。


 今やるべきことは明日の活力を得るために今日の夕食に何を作るかだ。

 最近良く食べるようになったアナは、迷宮に入る前と比べて少しふっくらとしている。

 俺とアナは手持ちの現金を計算し、仕入れることの出来る食材を吟味し、献立を考えることに没頭していった。



 だが順調に見えていた迷宮攻略は次の60階の広間で潰えてしまった。

 俺たちの迷宮攻略の前には、想像もしていなかった壁が立ちふさがることになるのである。

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