第百六十一話 人類最後の戦い
Side:ロック
かくして人類は絶体絶命の窮地へと追いやられた。
「おい、どうするんだよ! もう氷河はすぐそこまで迫っているんだぞ!」
「わざわざ言わなくても見りゃあ分かるよ! 今更何を言っているんだい!」
「嫌や! 国を捨てて必死に逃げてきたのに、こんなところで氷漬けなんて!」
「大丈夫だ! ロック王子たちが今度こそ魔王を倒して道を作ってくれるはずさ」
「簡単に言わないでよ! 一体何度失敗したと思っているのよ!?」
カメヨコ村に集まってきた大量の避難民たち、いや『大陸の生き残りの人間たち』は飽きることなく悲壮な叫び声を上げ続けている。
彼らは難民キャンプの目の前にまで迫ってきた氷河を見上げ、その心を絶望に染め上げていた。
かつてはのどかな景色が広がっていたカメヨコ村の周辺。
いまやそこは、大陸中から集まってきた避難民で埋め尽くされ、混沌の坩堝と化していた。
大魔王に滅ぼされた青龍の国の生き残りと、私と共に逃れてきた朱雀の国出身の大量の難民たち。
そこに押し寄せる避難民とその後からやって来た氷河に押される形で新たに難民となってしまった玄武の国と白虎の国の国民が加わり、その数は膨大なものとなっていた。
一箇所にこれほど多くの人間が集まるなど、恐らく有史以来はじめてのことではないだろうか。
ちなみに青龍の国の生き残りとは、たまたま辺境に住んでいたがゆえに氷漬けから逃れることのできた、ほんの僅かな幸運な者たちを指している。
「ちくしょう! 町さえ超えられれば、海までは一本道だっていうのに!」
「そんなことは分かってんだよ、いちいち言うな!」
「今回も失敗したらもう後がないんだ。駄目だったなら俺は山越えを目指すぞ!」
「止めときぃ。玄武山脈の山越えは不可能やって証明されているやんか。現にこれまで山越えに挑んだ連中は全員失敗してるんやで」
「この場に留まっていても氷漬けなんだ。いざとなったらやるしかないだろうが!」
彼らがこの場にやって来た理由はただ1つ。目と鼻の先にあるタートルの町を抜け、西に向かった先にある港の更に向こう、ウミナカの町、いや町のある島へと逃げるためだ。
朱雀の国を完全に覆い尽くし、いよいよ玄武の国へと到達しようとしていた氷河の勢いが、両国の国境となっている大河によってせき止められたという情報がもたらされたことで、彼らはここに集まってきた。
実際には侵食する勢いが鈍っただけで完全に動きが止まったというわけではないそうなのだが、僅かな希望を持つには十分な情報だったのだ。
私たちが住むこの大陸の外には魔族の国があるという。
だが魔族の国へと逃げ延びても殺されるか良くて奴隷にされて終わりだと考えられる。
一か八かであっても、そんな場所へ逃げ込むわけにはいかない。
白虎の国にも港はあるが、その先には人の住める島など存在しない。
いや、そもそもこの大陸には長い航海に耐えうる船自体がないのだ。
各国にある港に停泊している船は近場で漁をするための漁船が精々。
なぜならば沖合に出れば海のモンスターが出てくるために、勇者でもいなければ外洋に出ることが不可能だったからである。
大海原へ漕ぎ出そうにも普通の人間には無理だというなら、そのための船が作られないのも道理というものだろう。
しかし玄武の国の海の向こうには人が住むそれなりに広い島が存在していた。
そこは玄武の国に存在する3つのダンジョン密集地帯の1つ、ウミナカの町がある島である。
私もそのうち訪れようと思っていた場所の1つだ。
港からその島までは泳いで渡るには厳しいが、肉眼で見えるほどには近い。
波も穏やかで、島へと渡るための定期船も運行されている。
避難民たちは迫りくる氷河から逃れるために、その島へと移住することを望んでいた。
遠からず氷河に覆われるであろう大陸から近く、魔族の住む陸地からは遠いその島こそが人類に残された最後の安住の地だと信じて。
「くそったれの王弟野郎め! 何で兵士たちはあんな奴一匹を仕留められないんだよ!」
「仕方ないじゃないの! 『魔法の心得』を独占されている状態で、物理攻撃が効かない相手と戦っているのよ」
「や、やっぱりモンスターの大群を相手にしたほうが良かったんじゃないかなぁ」
「それだと山を抜ける際に俺たちのほとんどが死ぬという結論に至ったんだって話だろうが! 王子たちは俺たち全員が生き延びるための選択をしてくれたんだよ!」
しかし彼らはここカメヨコ村で足止めされていた。
彼らの移動を妨げているのは、魔王化した叔父上と、大魔王が放ったモンスターの大群である。
叔父上はあれからも城に留まり、一向に外に出てくる様子がない。
だが彼はどうやらスライム化した体の一部を町の外へと広げているようで、町を迂回して玄武の国の西側へと移動しようとすると、突然地面から粘液の壁が飛び出して進路妨害をしてくるのだ。
ならば更に先にある山を抜ければ良いのではないかと思い、山越えを狙っても、そこには大量のモンスターがひしめいており、突破することのできない魔境と化している。
決死隊やら一か八かの突撃隊やらが止めるのも聞かずに突貫したものの、成功した後に上がるはずの狼煙が一度も上がらなかったことを考えると、全て途中で力尽きたのだと考えられていた。
これまでの調査により、叔父上とモンスターたちに協調関係は確認されていない。
だが、厄介なことに両者の利害は一致してしまっているのだ。
叔父上は私たちをこの先へ進ませるつもりがなく、モンスターもそれは同様。
だからモンスターたちは城から動かない叔父上の領域外に潜み続け、人間にはまともに動くことも難しい山の中で獲物が来るのを待ち続けているのである。
ゆえに私たちは叔父上かモンスターの大群、どちらかを始末する必要性に駆られ、検討した結果、叔父上を相手にするという結論に至っていた。
「さぁこれが正真正銘最後の戦いだよ、覚悟は良いかい?」
「神殿長様、あまり王子を気負わせないでいただきたい」
「今回はオレも参加するからなアニキ!」
「失敗=死ですからね。反対しても参加しますから」
「お前たち。もはやこうなったら参加することに反対はしないが、くれぐれも気をつけるのだぞ」
「わたくしは残念ながら今回参加できません。ご武運をお祈りしておりますわ、あなた」
「ご心配なさらずに。シャイン様の身は必ずお守りいたします」
「ライ、王子殿下を必ずお守りするのですよ」
「ええ、行ってきます母上」
「……くだらん。さっさと行くぞ」
「ジョーカー! 貴様という奴は最後の最後まで!」
村の入口で避難民たちの声に耳を傾けていた私に、後ろから声が掛けられる。
振り返った私の目に映ったのは、私と共に決戦に挑む仲間たちの姿だった。
闇の神殿の神殿長殿と彼女をたしなめるエイト兵士長。
少し背が伸びたハヤテとデンデ、そして2人の心配しているエリック先生。
私の子を妊娠し妻となり、口調を改めたシャインと今や私の執事として仕えてくれているジャック。
そしてナイトの母上であるステラ殿と勇者の供唯一の生き残りであるライ。
最後にジョーカーと彼をたしなめているのはロリコーン伯爵だ。
彼らが現在の私の仲間だ。
ナイトが残してくれた人類最後の砦である。
かつて私たちが初めて叔父上と対面した後、町から逃げ延びることが出来たのは目の前で不機嫌な様子で佇んでいるジョーカーのおかげであった。
城からの撤退時に、町の中でモンスターの大群に追い詰められた私たちは、町外れの屋敷で出会ったジョーカーに命を救われたのだ。
彼はかつてたった一度だけ娘と邂逅することのできた思い出の屋敷で死を迎えようと考え、モンスターがはびこる魔都となったタートルの町に侵入していたのだという。
もっとも、モンスターがジョーカーの屋敷に近づくことはなかった。
溢れ出る殺気が結界の役割を果たし、結果的にジョーカーは無傷で屋敷に留まることができていたらしい。
私たちはアナの死に嘆き悲しみ暴走した彼に出会い頭に打ちのめされた後、彼の助力を得て町からの脱出に成功したのだ。
亀岩城奪還作戦は失敗に終わった。
しかし唯一の成果として、この状況を生み出すきっかけとなったガイアク大臣を確保しており、青龍の国の思惑と大臣の企みを正確に知ることに成功したのだ。
大臣は結局のところ王座に固執していただけだったらしい。
ナイトの活躍により追い詰められた王弟派は、青龍の国で迫害されていた勇者を神と崇める者たちに協力を持ちかけた。
だが、その相手がいつの間にか大魔王の手勢にすり替わっていたというのだ。
ガイアク大臣は相手の変質には気がついていたらしい。
しかし彼はそれを承知で相手と取引を継続した。
力を得ることに固執したのだ。
全ては彼自身が王となるため。
たとえ悪魔に魂を売ってでも彼は王の座を望んだのである。
そして自らをマークしていた玄武の国の兵士たちの目をそらすために、無能で有名な叔父上を介してモンスターとなるための薬を手に入れ、魔王の魔石も用意したというのに、土壇場で叔父上が想定外の行動を起こし、大臣の企みは失敗に終わった。
はっきり言って同情の余地のない話である。
そして厄介な話なのだ。魔王化したのがガイアク大臣だったのなら、王の座を手に入れたところで満足し被害も最小限で済んだはずなのに、よりにもよって叔父上が力を手に入れてしまったがために事態がややこしくなっている。
彼は馬鹿で無能で面倒くさがり屋な上に、身勝手で自分勝手という非常に厄介な性格をしている。
そのため城から一歩も出ずに、町の周囲に罠を張り巡らし、獲物が掛かるのをただ待ち続けるという戦略をとった。
その結果として大陸に住む人々は海へと出られずに存亡の危機に立たされている。
叔父上がもっと積極的に私の命を狙ってくれたのならば、避難民たちに被害が及ばないように叔父上を誘導し、そのスキに町を突破させることも可能だったかもしれないのに。
まぁタラレバの話をしても仕方がない。
私たちはモンスターの大群と叔父上を天秤にかけ、叔父上を倒したほうが結果として多くの人を助けることができるという結論に至り、この一年、何度も叔父上の命を狙っていたが、結果は芳しくなかった。
魔王となったといっても元が『あれ』なのだから普通はどうにかなっている。
しかし彼が変身したのが、物理攻撃を無効化するスライムというのが厄介だった。
魔法をほぼ無効化されている現状、相性が悪すぎたのだ。
これまで何度も戦いを挑んできたが、効果的なダメージを与えることができず今の状況にまで来てしまっていた。
「王子、最終作戦の準備は整っております」
「ありがとうロリコーン伯爵。怪我の具合はもう良いのか?」
「城が落ちてからもう1年になります。既に十二分に傷は癒えておりますよ」
「そうか。では活躍に期待するとしよう」
「では手筈通り、エイト兵士長が全軍の総大将を。私が率いる騎馬隊が城までの道を確保いたします。王子は王弟殿下を倒すことのみに集中してください。この作戦の要は王子殿下なのです。途中で誰が力尽きようとも、前だけを向いてお進みください」
「分かっている。ここまで来て無様を晒すような真似はしないさ」
既に覚悟はできている。
私たちは叔父上を倒すために検討を重ね、策を考え、準備をしてきた。
後は実行するのみである。
そしてその計画の要は他ならぬ私なのだ。
だから私は死ぬわけにはいかない。
例え途中で誰が倒れたとしても、叔父上にとどめを刺し町を開放するまでは止まるわけにはいかないのだ。
村の外では4カ国の生き残りの中で戦える者全てが私の到着を待っていた。
彼らの顔にもまた決意の炎が宿っている。
無理もない。この戦いに負ければ、後は氷河に覆われるか、モンスターに殺されるか、どちらにしても死ぬしかないのだ。
まさにチェックメイト直前。氷河が難民キャンプに到着する前に叔父上を倒し、町を通行可能にしなければ人類の滅亡が決定する。
人類の存亡をかけた戦い、その火蓋が切って落とされようとしていた。




