第百六十二話 ロック=A=タートルとは何者なのか
私たちは叔父上を倒すために、タートルの町へと向かっていた。
叔父上を倒せば、大陸からの安全な脱出経路を確保することができる。
逆に倒せなければ、後は危険な山越えルートを使うしかない。
事前のシミュレーションではおおよそ9割5分が死ぬという結果が出たので、叔父上を倒すことに私たちは全力を注いできたのだ。
共に町へと向かう者たちは、みな気合が入っているが、同時にもう後がないゆえの不安が見え隠れしている。
私は彼らを鼓舞することを目的に一団の先頭を進んでいるが、効果があるのかどうかは半信半疑だ。
私にはかつての力は存在せず、それは全員の共通認識となっている。
私は馬に揺られながら、この1年の出来事を振り返っていた。
バードの町で行われた戦勝式において大魔王の襲撃を受け、命からがら逃げ延びた祖国もまた戦場となっていたことを知ったあの時。
私は皆に促されるままに父上の奪還へと向かったものの、魔王化した叔父上に手も足も出ず、すげなく追い払われてしまった。
トップクラスの実力者によって決行された亀岩城奪還作戦が失敗し、私たちが逃げ帰ってきたことを知ったレジスタンスの者たちは揃って悲嘆に暮れたものだ。
僅かながらの戦果といえば、ガイアク大臣の確保とジョーカーの合流のみ。
しかも、ガイアク大臣からは大した情報を得ることはできず、ジョーカーはレジスタンスに同調することなく自由気ままに振る舞い、戦力としては期待できない。
それでもエイト兵士長やロリコーン伯爵は、なんとか父上を奪い返そうと新たな奪還作戦の準備を進めていた。
だがその頃、私は1人テントの中に閉じこもっていたのである。
皆が叔父上を何とかしようと右往左往している中、私は今は亡き姉上に呪いをかけたという事実に耐えきれず、1人で殻にこもってしまったのだ。
私の隣には誰もいない。
ライは兵士たちと共に戦いの準備をしているし、シャインもハヤテもデンデも自分たちに出来ることを探して精一杯役に立とうと奮闘していた。
過ぎたことをいつまでもウジウジと考えていても仕方ないとは分かっている。
だが、一度引きこもってしまった私は、外に出るタイミングを掴むことができず、結局そのままずるずるとテントの中に引きこもり続けてしまったのだ。
『勇者』を失い戦う力を失くしたからなのか、それとも父上を人質に取られ、取り返すこともできない状況で周りが気を利かせてくれたからなのか。
私はいつの間にやら病気療養中ということになり、この人類の一大事のさなかにも関わらず対策本部から遠ざけられ、村の端に用意されたテントの中で、1人で静かな時を過ごしていた。
まぁ本音を言えば、皆に私に構う暇がなかっただけなのだろうが。
王族で王子といえども、力を失った私は戦力としては役に立つことはできない。
おまけに抜け殻の様に無気力な私がいては士気にも影響するだろう。
彼らが私を遠ざけるという選択をしたとしても、仕方のない状況だったのである。
日がな一日ボーっとして過ごす日々が何日も続いた。
その間、私の脳裏には叔父上から別れ際に投げかけられた言葉が延々と木霊していたのだ。
「『勇者』を失い、王位も奪われたお前は一体全体何者なんだ?」と。
私は私だ、ロック=A=タートル。
玄武の国の王子にして今代の土の勇者である。
だが叔父上の言う通り、今の私は『勇者』を失い城も取られた、ただのロックでしかない。
私という人間は一体何者なのか。
勇者でなくなり王族としての住処も奪われた私は何を持って私を証明すれば良いのか。
頭を捻っても答えは出ず、私は悶々とした日々を過ごすことになったのだった。
だが、私の疑問はある日あっさりと解決を見ることとなる。
それは朱雀の国の避難民が全て玄武の国へと渡り、我が国の国民たちにも氷河の脅威が知れ渡った頃のことであった。
大勢の者たちが私に謁見を求めてきたのだ。
私は病気療養中を理由に断ったのだが、彼らは「せめて一目だけでも」と言って譲らず、その熱意に押されて私は彼らと会うこととなった。
「ロック王子におかれましてはご機嫌麗しく」
「残念ながらそうご機嫌でもない。すまないが用があるのなら素早く済ませてくれないだろうか」
我ながら随分と余裕のない返答だ。
玄武の国各地に散っていた、かつて町の学校でナイトの教え子だったという彼らは、押し寄せる避難民たちに押し込まれる形でこうしてカメヨコ村まで戻ることとなり、私が臥せっていると聞かされて、私の見舞いに来たのだという。
ありがたいことだ。だが同時に煩わしいとも思ってしまう。
最近では私が合流した時の士気の向上も効果がなくなり、逆に役に立たない王子というレッテルが貼られ、邪魔者扱いされているというのに。
ライやシャインたちは毎日のようにやって来るが、それ以外に者たちは足が遠のくらしい。
当然彼らだって私の噂は耳にしているはずである。
私が勇者としての力を失い、姉上に呪いをかけたという話は既に国中に広まっているという。
それなのに彼らは、馬鹿な私に頭を下げてくれているのだ。
彼らの存在を私は喜ぶべきなのに、すっかりふさぎ込むことに慣れた馬鹿な私の頭は、反射的に彼らを拒絶してしまうのだった。
「実は王子が臥せっていると耳にしまして、未だ編集中ではあるのですがお見せしたいものがあってお持ちしたのです」
そう言って代表者が持ち出してきたのは、一冊のノートだった。
ナイト商会で売りに出されていたごく一般的なノートだ。
確か学校で学んでいた者たちは皆これを使って勉強していたのだったか。
だが私の視線はノートではなく、ノートに記された文字に吸い寄せられることとなった。
そこには大きく太い文字で『ナイト語録』と記されていたからだ。
「何だこれは? ナイト語録だと?」
「はい、これはナイト語録。その名の通りナイト様のお言葉が記されたノートなのです」
「ナイトの言葉? なぜそんなものをノートに?」
「大恩あるナイト様が亡くなったと聞かされた時、私の様なナイト様の教え子は皆驚き、狼狽え、嘆き悲しみました。それからしばらくして誰かが言い出したのです。ナイト様は最後まで立派に戦い抜いたのだから、彼の教えを受けた私たちがいつまでもふさぎ込んでいてはいけないのだと」
悪気はないのだろうが、彼の言葉は私の胸に突き刺さる。
唯一の親友を失った私は、あれ以来ずっとふさぎ込んだままだ。
「しかしそうは言っても、そう易易と立ち上がれるのならば苦労はしません。だから私たちはナイト様のお言葉を集めたのです」
そう言って代表の男は私の前にノートを差し出す。
言葉を集められて、残されるなんて、まるで偉人のようだと思ったのもつかの間、そう言えば彼らにとってナイトは偉人そのものだったのだと思い出し、私は思わず苦笑してしまった。
「そこにはナイト商会で、孤児院で、役所で、そして学校で私たちがナイト様から語られた言葉の数々が可能な限り記されております。それを読むことによって私たちは私たちの中のナイト様を思い出し、もう一度立ち上がることに成功したのです」
「お前たちの中のナイト……だと?」
「そうです。ナイト様は死にました。しかしあの方の教えは今も私たちの中に生き続けております。
あの方の生み出した料理や技術は、今でも私たちを助けてくれています。
ナイト様が教えてくださった学ぶことの大切さは、私たち全員の財産となって心に刻まれております。
ナイト様の肉体が滅んでも、ナイト様の生きた証は今も私たちの中に残っていて、「生きろ! 立ち上がれ! 足掻き続けろ!」と叫び続けているのです」
「お前たちの中に……ナイトが……生きているだと?」
「おっしゃる通りです! そして王子殿下はナイト様の親友!
ならば殿下の中には、誰よりも多くのナイト様が存在しているはずなのです。
それに気づくきっかけになって欲しいと思い、こうしてナイト語録を持参した次第であります」
私は私の中で生きているナイトの存在に気づけるという代表者の声に導かれ、ナイト語録へと手を伸ばした。
正直ページを開くまでは半信半疑だった。
だがしかし、読み始めてからはあっという間だ。
ノートの中に記された数多くのナイトの言葉。
それらを読み進めるたびに、私の中のナイトが息を吹き返し、蘇ってきたのだから。
「あっ、あああ……」
ヨロヨロと後ずさった私は椅子に足をぶつけて転倒してしまう。
私の醜態に驚いた彼らが私に近付こうとするが、そんな彼らの姿を見て、私は彼らの中にもナイトの姿を認識していた。
そうだ、ナイトはここにいたのだ。
確かにナイトは死んでしまった。私たちを逃がすために大魔王と戦い殺されてしまった。
しかしナイトの教えは彼らに根付き、ナイトの生み出した技術は今も私を助けてくれている。
それは彼らばかりではない。このテントの外にも、今はモンスターに占領されているタートルの町にも、至る所にナイトの痕跡が残っているではないか。
例えば今日の朝食で出てきたコーンスープ、病人を治療するために使われている薬を作るための計量カップとスプーン、そして暇をつぶすために呼んでいた本ですらナイトの教え子が書いたものなのだから。
「思い……出した……」
そうだ、一体私は何をしていたのだろう?
勇者でも王族でもない私は一体何なのかだと?
そんなもの分かりきっているではないか!
あの時ナイトはこう言っていた。
最後の最後、バードの町で別れる直前、ナイトは私にこう言い残したのだ。
「あばよ、親友」と。
そうだ、そうだよ、そうではないか。
私はナイトの親友だ。
スキルを僅か1つしか授かれなかったハズレ者にも関わらず魔族を倒し、孤児院を救い、薬の生産量を高めて、商会を起こし、勇者を育て上げて、マジックアイテムをかき集めて、町長になって、学校を作って、勇者の供になって、最後には大魔王にたった1人で立ち向かい、大怪我を負わせて死んでいった最高の男の親友ではないか。
ナイトの親友が『勇者』を失くした程度でふさぎ込んでいて良いわけがない!
ナイトの親友が城を奪われた程度で諦めて良いわけがない!
ナイトの親友が自らの過ちを背負えずに潰されているわけにはいかない!
そんなことではあいつの親友は名乗れない。
馬鹿なのか私は。いったい誰の親友のつもりだったのだ!
「ありがとう。大切なことを思い出したよ」
そう言って私はナイト語録を胸にテントを飛び出した。
ナイトは絶体絶命の状況からでも解決策を編み出したのだ。
ならば私もそれくらい出来なければ死んだ親友に顔向けできないではないか。
「早速作戦本部へ向かおう。いや、その前に身支度を整えなくてはな」
照りつける太陽の眩しさに目を細め、そういえばしばらく陽の光すら浴びていなかったなと思い出し、引きこもっていた姉上を思い出しながら私は村の中を歩いていく。
こうして長い間ふさぎ込んでいたナイトの親友、ロック=A=タートルは復活を果たし、それはそのままレジスタンスの反撃の狼煙となったのである。
息を吹き返した私は皆に歓迎され、勢いを取り戻したレジスタンスは何度も何度も叔父上を倒すために城へと攻め上り戦いを続けた。
しかし何度やっても失敗する。
やはり『魔法の心得』を大魔王に独占され、魔法が使えないという現状は如何ともしがたく、私たちの亀岩城奪還作戦は抜本的な方向転換を求められることとなった。
そして、そうこうしている間に、いつの間にやらカメヨコ村の周囲は避難民で溢れかえっていたのだ。
聞けばいよいよ氷河は朱雀の国を完全に覆い尽くし、国境を超えた避難民たちに押し込まれる形で玄武の国の国民たちも避難民と化しているのだという。
幸いなことに収穫が終わり冬に向かおうとしている頃だったために食料はあったのだが、村の周辺に建つテントの数は日を追うごとに増えていった。
結果として亀岩城奪還作戦は放棄せざるを得なくなった。
もはや城を取り返している場合ではない。城を素通りして、遠く海の向こうへ逃げざるを得なくなったのだ。
だが叔父上は私を逃したくないのか、町の城壁の外にまで粘液の壁を広げており、そこから先の山の中ではモンスターの大群が待ち受けているため迂回することも出来ない。
私たちはいよいよ追い詰められていったのだ。
そんな現状に対する不満のはけ口として非難を浴びることになったのは、なんとシャインであった。
彼女は当初、人類最強の勇者の娘として避難民たちの希望の星となっていたのだが、彼女自身には力がなく、同じ朱雀の国からの避難民であるのに私の近くにいることで優遇されていると認識され、不満をぶつけられるようになってしまったのだ。
ある時、彼女に物が投げつけられ、血を流し怪我をするという事件が起きた。
私は激高し、犯人に食って掛かったが、犯人のほうがステータスが高かったために、私は犯人に倒されてしまった。
この事件は避難民たちをさらなる絶望に落とすきっかけとなった。
勇者が犯罪者に負けたという事実は、事態の深刻さを再認識するには十分な出来事だったらしい。
それからしばらく難民キャンプは荒れ続け、最終的には一部の血の気の多い者たちが、自分たちだけで逃げると言い出して、山越えルートを目指してしまったのだ。
結果として彼らは山の中で全滅してしまった。
そしてシャインは安全のために私のテントで寝食を共にするようになった。
私は己の不甲斐なさに身を捩じ切られるような気持ちに苛まれ、彼女は彼女で己が運命の辛さに挫けそうだった。
だから私たちがお互いを求めたのはある意味当然のことだったのだ。
まだ若いシャインに手を出すことに一瞬だけ抵抗を感じたが、ナイトは見た目10歳の姉上に手を出していたのだと思い出し、私の心配は露と消えた。
それからしばらくしてシャインの妊娠が発覚する。
私はステラ殿に張り飛ばされ、エリック先生に雷を落とされ、神殿長殿に絞め殺されそうになったが、誠心誠意謝罪を行い、絶対に幸せにするのだと大声で叫び、その場でシャインに結婚を申し込んだ。
その私の行動を見た者たちはなぜか私の中にナイトの影響を見たようで、この1件のおかげで村の雰囲気は良くなり、叔父上と戦う作戦も立案され、こうして最終決戦に向かう軍を進めるようにまでなったのである。
そんな風にこの一年のことを振り返っていると、いつの間にやらタートルの町が視界に入ってきた。
昔を懐かしがるのはここで終了だ。
未来を掴むため、今の問題に立ち向かう時間がやって来た。
私は全軍を鼓舞し、突撃を開始する。
こうして生き残った人類による玄武の国の首都を落とす作戦が幕を開けた。




