第百三十七話 スキル『独占』
頭に響いた声が語った内容を正確に把握できず、俺は混乱の極地にあった。
それはこの場に居合わせた全員にとっても同様だったようだ。
魔王も勇者も各国の兵士も、一切の動きを停止して微動だにしない。
そんな中、遂に体を動かす者が現れた。
いや、その2人は体を能動的に動かしたのではない。
今まで自らを支えていたステータスが消え去ったことにより、立っていることもできなくなり、地面に膝を着いてしまったのだ。
2人の勇者の供、俺とライとジェイクは各々の勇者、ロックとテルゾウ殿の下へと駆けつけ、その体を支える。
ロックの顔は茫然自失としていた。
テルゾウ殿は俺たちよりも前方にいるためにその表情は確認できない。
俺はそこで初めてステータス画面を開き、なにが起きたのかを正確に把握しようと試みる。
「ステータスオープン」
俺のつぶやきに併せてステータス画面が出現する。
そこには俺のステータスの他に、「スキル『独占』使用者のステータス・健康状態・現在地」なる項目が新たに追加されていた。
俺はそれをクリックして画面を食い入るように見つめる。
そこには悪夢としか言いようのない現実が記されていたのであった。
『名前:サム=L=アイスクリム&フローズン・クイーン
健康状態:良好
現在地:朱雀の国、鳳凰競技場
LV60+100
( 『勇者』による上昇値:10000
『大魔王』による上昇値:20000
レベルアップによる上昇値:60+100=160
合計:30160)
*スキル『大魔王』の効果により、基礎ステータスは消滅しています。
HP:30160 30160/30160
MP:30160 15860/30160
力:30160
頑強:30160
素早さ:30160
心力:30160
運:30160
所有スキル(独占):『大魔王LV10』『魔石融合LV10』『氷河生成LV10』『弱体無効LV10』『成長停止LV10』『独占LV10』『氷魔法LV10』『武器の心得LV10』『魔法の心得LV10』『勇者LV10』
特殊能力:魔王操作、魔石融合、氷河生成、弱体無効、成長停止、基礎魔法、初級魔法、氷魔法』
・大魔王(レベルを上げるごとに全ステータス2000上昇、魔王への強制命令権獲得、ただし基礎ステータスは消滅する)
・魔石融合(生物を魔石と融合させ、新たなモンスターを生み出すことができる。生み出されるモンスターの実力は、基となる素体の優秀さ及び融合する魔石の魔力量によって変化する)
・氷河生成(MPを使用して自身の周囲に氷河を生み出すことができる。また一度生み出した氷河はMPが続く限り成長させることが可能)
・弱体無効(あらゆる弱体状態を無効化する)
・成長停止(あらゆる成長を打ち消す)
・独占(所有しているスキルの半数を放棄することにより、スキル使用者が死亡するまでの間、残りのスキルを独占状態にする。同時にスキル所有者全てにステータス・健康状態・現在地及び所有スキルの詳細を知られることとなる)
・氷魔法(レベルを上げるごとに氷属性魔法の威力が1%増加する)
・武器の心得(武器の扱いに補正がかかる。レベル0で発動)
・魔法の心得(魔法を習得することが可能となる。レベル0で発動)
・勇者(レベルを上げるごとに全ステータス1000上昇)
……
…………
…………………
……ヤバイ。
何だこれ、何だこれ!
ふざけんなよ!
『大魔王』を始めとした他のスキルも凄まじいけれど、『独占』の効果が規格外すぎる!
所有スキルを独占状態ってありえないだろう!
他のスキルはともかく、今の大魔王はサムと融合して『勇者』持ちだ。
つまり、これはつまり……
「どうかな諸君、人類の希望『勇者』を独占された気分は」
呆気にとられている俺たちに向かって、遙か高みの観客席から大魔王の声が届けられた。
その声に反応して顔を上げれば、そこには先程見たばかりの光景が。
大魔王の左手は火の勇者殿の体を刺し貫き、その心臓を握りつぶしていた。
火の勇者殿は口を開こうともがくが、大量の血を吐き出すばかりで最早声を出すこともできないようだ。
そうして大魔王は腕を振るい、火の勇者殿を放り捨てながら腕を抜き出した。
その顔には勇者を殺害したという高揚感などどこにも見当たらない。
当然だ、なにしろ彼はつい先程勇者ではなくなったのだから。
大魔王にとって勇者でもない一人の男を殺害することなど、なんでもないことなのだろう。
彼女はそれきり口元に笑みを浮かべながら俺たちのことを見つめている。
これはあれか、既に質問はしたのだから2度同じことを言うつもりはないというパフォーマンスなのか。
俺は勇気を出して彼女に話しかけようとした。
だがその前にジェイクの口が開いたのであった。
「一応聞きたいのだがね、なぜ火の勇者を殺したのかね?」
「言ったであろう? 『すべての勇者を倒す』と。それに妾は醜いものは好かんのでな。あんなクズが存在していること自体が許せなかったのじゃよ」
「なるほど、そこは同感だな」
それだけ問いかけてジェイクは黙ってしまった。
あれだけ上手く回っていた口が全く機能していないことに危機感を覚える。
人間喋れなくなったらお終いだ。
今度こそ俺が大魔王へと話し掛けた。
「質問がある。なぜ『成長停止』を放棄しなかったんだ?」
「おやおや、おかしなことを聞くのじゃな。こんな有用なスキルを放棄するなどありえんじゃろう?」
ジェイクと同じく、俺もまずは直接関係のない質問から始めた。
スキル『独占』について質問をするには心の準備ができていないので、脇から固めようという心理状態なのだろうか。
だがそれはそれとして聞いておきたかったことは間違いではない。
なにしろこれは、このスキルは俺とは縁の深いものだからだ。
「『成長停止』はあらゆる成長を打ち消してしまう呪いスキルだ。実際俺の婚約者もこれで酷い目にあっている。サムが持っていたあの謎の耐性スキルが消えているってことはあっちは放棄したんだろう? それなのになぜ『成長停止』は残したんだ?」
「単独で持っていればそうなるじゃろう。だがスキルというものは組み合わせ次第でいくらでも有用性が変わるものじゃ。妾は『弱体無効』を持っているのでな。『成長停止』の呪いは妾には効かんのじゃよ」
それは分かる。
ロゼだって『成長停止解除』を手に入れたおかげで成長停止の呪いから解放されたのだ。
『弱体無効』があれば、『成長停止』の持つステータスが加算されないという状況も、耐性スキルの弱体の効果も無効化できるのだろう。
そしてスキル『大魔王』の能力によって、基礎ステータスは消滅し、純粋に『勇者』と『大魔王』とレベルによる上昇値だけのステータスとなった。
だから彼女のステータスは全項目全く同じ数値になっているのだ。
だが、だからといって残しておく理由にはならないはずである。
こんなものを残しておく必要が一体どこにあるというのか。
「これだけ説明しても分からんのか? では教えてしんぜよう。このスキルは呪いスキルじゃ。だが呪いと上手く付き合えるのならばこれほど重要かつ強力なスキルは存在せんのじゃよ」
「重要かつ強力? あらゆる成長を打ち消すのにか?」
「そう『あらゆる成長を』打ち消すのじゃよ。このスキルはステータスの上昇を打ち消してしまうと同時に、持ち主の体の成長をも打ち消す効果がある。お主のことは聞いておる、ナイト=ロックウェルとかいうロリコンであろう? 良かったではないか、婚約者が幼い姿のまま成長せんで」
「なっ……ふざけんなっ! ロゼが成長できなくて苦しんでいたのを喜ぶわけがないだろうが! 『成長停止』のせいで体の成長が止まったことであいつがどれだけ……あっ!?」
そうだ『成長停止』には体の成長を止めるという効果もある。
だからロゼは12年間ずっと幼い姿のままで『体の成長が止まっていた』のだ。
体の成長が止まるということは、つまりこのスキルの本来の効果とは……
「ようやく気が付いたようじゃな。そう、スキル『成長停止』の本来の効果とは体の成長の停止、つまり『不老』にこそあるのじゃ! だが単独で持っているとステータスが上昇しないというマイナス面が大きいのでな、その部分を無効化するスキルと共に所持することができれば夢の不老不死に近づける! しかも妾が持っているのは『弱体無効』じゃからな。体が弱体化する直前、つまり最も優れた状態の時点で老化が止まっておるのじゃ! 妾がこれを残した理由もこれで理解できるじゃろう?」
「『独占』を使って、『勇者』を独占した。そして『成長停止』のおかげで不老となった。つまり……お前は……この先……死なない?」
「その通り! 『勇者』を独占したがゆえに妾を倒せる者は存在しない! そして不老となったおかげで妾はこの先老いて死ぬことはありえない! ああついでに言っておこうか? 気づいていないようだから教えておこうか? 妾は『武器の心得』と『魔法の心得』も独占している! その意味は? 説明をどうぞ!」
「『武器の心得』を持っている者はスキルの恩恵を受けることができなくなり、『魔法の心得』を持っている者は魔法が……あああぁぁぁ!!」
そうだ、そうだ、それもある。
これは『勇者』の独占と同じくらい重大な事態ではないか。
この世界の魔法はスキルに依存した特殊能力扱い。
魔法を使うために絶対に必要なスキルこそが『魔法の心得』。
俺もロゼも子供の頃から魔法の勉強をしてきたにもかかわらず魔法を使えないのはこのスキルがないからだ。
それを独占されてしまったってことはつまり……
「ご名答! 妾が『魔法の心得』を独占したことにより、諸君は魔法の使用をも禁じられてしまったのじゃ! さあどうする? どうするのじゃ? 勇者はいなくなり、魔法は封じられた! 一体どうやって、いかにしてこの状況から妾を倒して世界を救う?」
大魔王の高笑いが鳳凰競技場に響き渡る。
俺たちは揃って沈黙せざるを得ない。
実力で大魔王を倒せる者は存在しない。
そしてこの世界の根幹を担う魔法すらも封じられてしまった。
そのくせ相手はその全てを所持したままで、おまけに俺たちを滅ぼすことに躊躇などしない。
相手のステータスが高いがゆえに逃げることすらできないだろう。
俺の心に諦めと絶望が忍び寄ってくる。
この状況を打開するためにはスキル『独占』の使用者が死亡する以外方法がない。
そしてそのためには目の前の大魔王を仕留めなければならないのだ。
だが大魔王のステータスは圧倒的であり、『勇者』を失くした俺たちでは大魔王を倒す刃が存在しない。
詰んだ。
これは詰みだ、即詰みではないか。
俺はロックから手を離し、地面に膝をついてしまう。
抵抗する気力もない。周囲の兵士も仲間たちも揃って只々死を待ち受けている。
そんな中、足音がしたのでノロノロと顔を上げた。
見れば大魔王が観客席から地面へと降り立ち、俺たちよりも前にいたテルゾウ殿とジェイクの下へと近づいているところだった。
大魔王は勝ちを確信しているのだろう、供の1人も付けずにテルゾウ殿へと近づき、膝を付いたまま小刻みに震えている彼に向かって立つように命じている。
大魔王は卑怯者は好まないが、立ち向かい足掻く者は好む性分のようだ。
そこにどんなこだわりがあるのかは分からないが、大魔王なりの悪の美学か何かがあるのだろう。
最後まで足掻いた勇者に敬意を払い、自らの手で始末に来たというわけか。
彼女はテルゾウ殿を立たせると、自らの左腕をゆっくりと後ろに引いた。
これまでにも水の勇者と火の勇者、2人の勇者を殺す際には抜き手で体を刺し貫き、心臓を握りつぶして殺している。
だから彼女は今回も、同じように殺そうとしたはずなのだ。
だが、彼女の左腕は次の瞬間には爆裂四散していた。
……
…………えっ?
大魔王の左腕が吹き飛んでいるという状況に頭が付いていかない中、いくつかの影が同時に動くのが見えた。
大魔王は咄嗟に後ろに逃げようとする。
だが、テルゾウ殿は彼女の腹から飛び出しているサムの下半身をガッチリ掴んで共に移動。
その状態のまま彼女に殴りかかり、大魔王の左半身を吹き飛ばしてしまった。
そんなテルゾウ殿へと、今度は馬の魔王が右後方から襲いかかる。
高速移動してきた馬は勢いそのままテルゾウ殿へと激突し、彼を大魔王から引き剥がしてしまう。
だが彼は無傷だ。見ればいつの間にやらその右腕には、ジェイクが装備していたあの攻撃を無効化する小手が装着されていた。
そして次の瞬間、テルゾウ殿は今度は馬の顔面に拳を打ち付けて魔王の頭を吹き飛ばしてしまう。
馬とは逆方向の左側から転がってきたアルマジロの前にはジェイクが立ちはだかった。
声を掛ける暇もなく彼は轢かれてしまうのだが、轢いた瞬間にアルマジロもまた馬と同じく吹き飛んで死亡する。
それから彼らは言ったのだ。
絶体絶命の状況下であっても2体の魔王を倒しきった、光の勇者のパーティーの2人は、俺たちにこう命じたのであった。
「「諦めるのはまだ早い(だ)! 全員立て(つだ)! そして戦え!」」




