第百三十八話 差し込んだ光明
まさかの事態を越えるまさかの事態を受けて、俺たちは混乱の極地にあった。
『勇者』を独占されたにもかかわらず、テルゾウ殿は大魔王を追い詰め、あっという間に魔王を1体倒してしまった。
同じくジェイクもアルマジロの魔王を殺害。
立ち上がった2人の体には傷一つ付いていなかった。
2人が無傷なのは分かる。あのダメージを無効化する小手のおかげなのだろう。
そしてジェイクが魔王を倒せたのは革命武器のおかげと考えて間違いない。
だがテルゾウ殿はどういうわけだ。
まさか彼はスキル『独占』を無効化することができるのだろうか?
スキル『勇者』を所持したままなのだろうか?
その答えは意外なところからもたらされた。
クイーンは左半身が吹き飛んだにもかかわらずその身を立ち上がらせ、エースに向かって怒声を放ったのだ。
「エース! これは一体どういうことじゃぁ! なぜ光の勇者が革命武器を所持していることを教えなかったぁ!!」
「知りませんでしたので」
「あのいかがわしい格好をした男についてわぁ!? なぜ奴についての情報を事前に教えておかなかったのじゃぁ!!」
「聞かれませんでしたので」
エースはクイーンの怒気などどこ吹く風といった調子で淡々と返答している。
ん? だが大魔王は俺のことを聞いているって言っていなかったか?
俺のことは聞いていたのに、ジェイクのことは知らない? なぜだ?
「大魔王は国と勇者については詳しく質問をしてきましたが、勇者の供についてはさほど詳しい説明を求めてはこなかったのです。ロゼッタ様とナイト様に関してはスキルの更新と天使の説明の際に話をしましたが、他の者たちの情報は触り程度しか話しておりません」
エースがわざわざ注釈を入れてくれる。
なるほど、大魔王からすれば同じ桁のステータスを持つ勇者だけが注意すべき存在で、そのお供はそもそも眼中にもなかったのか。
それなら分かる、この状況になった理由が分かる。
ジェイクが革命武器を持っていることを知っていたのなら、ああして不用意に魔王を突撃なんかさせなかったはずだ。
だがそれだとテルゾウ殿の強さの説明には……ああ、そうか。
「くっ、だがそれがどうしたのじゃ! 革命武器が効果を発揮したということは、光の勇者の『勇者』は効果を失ったということじゃろうが!」
そう、簡単な話だ。革命武器は1つだけではなかったということだ。
ジェイクだけではなくテルゾウ殿も革命武器を所持していた。いや、小手の件を考えれば、ジェイクが小手を渡す際に革命武器も渡したと考えるほうが自然か。
無力・無抵抗を装って相手の攻撃を誘い、カウンターを仕掛けたのだあの2人は。
とにかくこれで『勇者』がなくても戦えることが証明された。
勇者が持つ圧倒的なステータスがなくても、こちらにはまだ革命武器がある。
攻撃さえ届けば奴らは倒せる、可能性さえ残っていれば人は希望に向かって進むことができるのだ。
絶望に膝を屈していた兵士たちは闘志を燃やして続々と立ち上がる。
魔王はまだ6体も残っているが、奴らの統率者である大魔王は間違いなく重傷。
奴らの守りを突破して瀕死の大魔王にトドメを刺すことは決して不可能なことではないと思われた。
だがそんな僅かな希望すらも、大魔王は許してくれなかった。
彼女はサムの腰に巻きつけてあるポーチの中に無事だった右腕を突っ込み、何かを取りだす。
大魔王が取り出したのは一本の瓶であり、俺はその瓶に見覚えがあった。
忘れるわけがない。あの瓶の形は、中の薬品の色は、薬師の夢にしてサムの旅立ちのきっかけとなったエクスポーションそのものだったのだから。
大魔王はそのエクスポーションを飲み干して、あっという間に吹き飛んだ体を回復させてしまった。
そうか、そうだよな。大魔王が滅ぼしたのは青龍の国だ。
あそこの宝物庫にエクスポーションの在庫が残っているのは周知の事実だったではないか。
エースたちを魔王化させるために魔石を求めて宝物庫に入ったのならば、保管されていたエクスポーションの在庫に気が付いても不思議ではない。
つまりあのポーチは青龍の国で手に入れたマジックバックなのか。
そうして一瞬でダメージを回復してしまった大魔王は、万が一を考えたのだろう、テルゾウ殿から距離をとった。
その前には残りの魔王が集結し、これから大魔王の命を取るか、こちらが滅びるかの戦いが始まろうとしている。
だが、そうは問屋が下ろさなかった。
なぜならば、向こうの戦力は魔王だけではなかったからだ。
「ハッ! 流石は歴戦の勇者と言ったところか。普通『勇者』がなくなったら動揺の1つもするはずなのじゃがなぁ!」
「もちろん動揺はしてるだよ。だけんど、ついこの間戦った火の魔王の例もあったかんな。勇者の力が通用しない相手への対策くらい用意しておいて当然だべ?」
すいません、全くしておりませんでした。
これがベテランと初心者の違いなのか。
俺たちが久々の町での暮らしに忙殺されている中、テルゾウ殿たちはしっかりと戦いの反省をして万が一の対策を立てていたのだ。
「じゃがまぁ、どうやら反撃もここまでのようじゃな。相手の手の内さえ分かっていれば対策なんぞいくらでも立てられる。攻撃無効化のマジックアイテムと革命武器か……ならばこちらは大魔王らしく物量で攻めるとするかのう! エース! 妾の後方、観客席の中心部から少し左側を吹きとばせ! キング! エースが吹き飛ばした箇所から光魔法最大出力! そのまま北門に穴を開けるのじゃ!」
「ちっ! 承知!」
「シャ~イニ~ング!」
大魔王が命令を発した途端、エースはその身を翻してうしろを向き、渾身の力を込めて鳳凰競技場の観客席へと肥大化した黄金の拳を叩きつける。
地面を割ることもできるエースの一撃だ。
観客席は爆散し、その前方数メートルに渡って大破壊が巻き起こった。
そしてキングは言いつけ通りに光魔法をぶっ放し、射線上の町並みを根こそぎ破壊していく。
建造物が消えた先には、町の北門である大扉の姿が見えた。
キングはそのまま射撃を続け、北門にいくつもの穴を開けていく。
この競技場はバードの町の南部、少し中心から右にずれた位置に建てられているので、一直線に攻撃を加えても鳳凰城に攻撃が遮られることもなく射線が通るのだ。
そうしてキングの放った光魔法の直撃を受けた北門は崩壊し、バードの町を守っていた防壁には文字通り穴が開いてしまった。
そしてその奥からは雄叫びと共に地響きが近付いてくる。
先程エースは「モンスターの大群は見つからないように移動してきた結果、現在町の北側に待機している」と言っていた。
つまりこれは待機していたモンスターたちの足音なのか。
大方「門が開いたら突っ込んでこい」とでも命令を受けていたのだろう。
キングの放った射線上には多くの死体が転がっており、大地を揺るがす地響きに、町に残っていた者たちが右往左往している姿が見える。
事ここに至ってもまだ町には人が残っていたらしい。
朱雀の国の防災体制は一体どうなっていたのだろう。
そして大魔王はどうやら無理をするつもりはないようで、外に控えさせていたモンスターの大群が到着するまで俺たちに手を出す気配はなかった。
最初からずっと舐められっぱなしではあるが、相手の慢心はこちらにとって好都合であることは間違いない。
大魔王が攻めてこないおかげで、俺はたった今目の前で起こったありえない事態について考える時間を得られたのだから。
それはキングが行った北門への攻撃だった。
具体的に言えば、キングが光魔法を使ったことについて考えていたのだ。
先程大魔王は『魔法の心得』を独占したがゆえに、魔法はもう使えないのだと説明していた。
しかしキングは使えないはずの魔法を目の前で使った。
これは一体どういうことなのだろう?
大魔王の配下は『独占』の影響下から除外されるのか?
それとも『大魔王』の支配から部分的とはいえ逃れているエースと同様に、キングも『独占』の影響下から逃れる何か特別なスキルを手に入れていたのだろうか。
考えていても分からない。
分からないから試してみようと思い、俺はライに「魔法を使ってみてくれ」と頼んだ。
結果としてライは魔法を使うことができなかった。
ステータスを確認してみると、スキルの中から『魔法の心得』が消えているそうだ。
それでは魔法は使えまい。
だがキングは魔法を使えていた。
やはり大魔王の配下であることによる特権か?
そんなことを考えていたところ、俺たちの後ろからハヤテとデンデを連れたシャインが例によってピカピカと光りながら近付いてきた。
それによって謎は全て解けたのであった。
「お前たち、一体何しにきただ! とっとと逃げぇ! 全力で逃げるだよ!」
「こんな時まで怒らなくたっていいべさ父ちゃん! 『勇者』をなくしちまったんだべ? もう勇者じゃないんだべ? だったらオラと一緒に逃げるべさよ!」
シャインはテルゾウ殿に逃げるように説得に来たようだ。
一方ハヤテとデンデは何かを悟ったような顔をして老師に縋り付いて震えていた。
「短い人生だったな……」
「しかし充実していました」
「最後は大魔王の配下に殺されるのか……まるで勇者のようで、それだけは気に入らんな」
「父さんと共に逝けるのです。我らにしては上出来ですよ」
「違いない」
これは一体どうしたことだ。
俺の知っているハヤテとデンデはこんな諦めの良い子供ではなかったはずだぞ。
老師は2人を担ぎ上げた。
そして2人の顔を見て、状況を理解したようであった。
「そうか……2人共覚悟を決めたのだな?」
「その通りです父さん。あの大魔王の実力は本物で、周囲の魔王の圧力は甚大で、迫りくる気配は膨大です。しかも勇者も魔法もなくなりました。これでは戦いになるわけがありません」
「それになんとなくそれ以外の気配もしているしな。これはもう駄目だろ」
「父さんがゼロに倒され、拘束された我らが白虎の城へと連れ去られた時、我らは激しく後悔しました。もう2度と父さんに会えないのだと思ったものです」
「もうあんな思いはごめんだからな! どうせ死ぬなら一緒に死のうぜ!」
2人は完全に諦めてしまっているようだ。
この2人は野生で育ったがゆえに感覚が鋭敏だから、置かれている現状を正確に把握してしまったのだろう。
だが可能性が0のように見えても、足掻く限りは可能性は生まれるものなのだ。
思考を止めさえしなければ、現状を打破する考えは浮かぶものなのである。
「2人共、諦めるのはまだ早いぞ」
俺は動けなくなったロックを肩に担いで運びながら、2人に向かって声を掛ける。
そしてテルゾウ殿に必死の説得を試みているシャインを呼びつけ、ステータスを確認するように求めたのであった。
「ぐすっ、ステータス? オラの貧相なステータスがみたいだか? オラの裸ではなくて?」
「何が悲しくてこんな危機的状況下で親友の想い人の裸を拝まなきゃならんのだ! 馬鹿なこと言ってないでさっさと見せる!」
「分かっただよ、ほれステータスオープン」
シャインのステータスが目の前に映し出され、俺たちをそれを凝視した。
やはり思った通りだ。
シャインの持つ『魔法の心得』はライのそれとは違い、消えてはいなかった。
「皆見てくれ! これがキングとシャインが未だに魔法を使うことができる理由だ! スキルの更新をしてロックされたスキルは魔王の独占の効果から除外される! つまり! この場を逃げ延びてスキルの更新を行いさえすれば、ひょっとしたら『勇者』も『魔法の心得』も復活するかもしれないんだ!」
俺の示した仮説を聞き、周囲の兵士たちの顔に希望の光が差し込む。
だが俺の声は大魔王にも届き、彼女は俺の仮説を一刀両断してきた。
「そんなことはありえんよ。無駄な抵抗は止めて大人しく殺されるが良い」
「すぐさま否定されたが、だからこそ怪しい! それに! ハヤテとデンデに関してはまだ2人共スキル自体を授かっていない! つまりスキル授与の儀式を受ける前に、レベル100以上の経験値を事前に取得しておけば、スキルを授かってそのままスキルの更新に移行し、『勇者』にロックが掛かるかもしれないんだ!」
「よくもまぁそこまで己に都合の良い理屈をポンポンと生み出せるものじゃなぁ」
「やかましいわ!」
俺の説明に大魔王がいちいち茶々を入れてくる。
確かにこの説は間違っているかもしれない。
だが同時に正解の可能性も否定できないではないか。
『独占』なんてスキル自体が初耳なのだ。
その効果も逃れる方法も俺たちは何1つ知らないのだから。
可能性さえ残っていれば、人は希望に向かって進むことができる。
たとえ間違った希望だったとしても、とりあえず現状を打破するための力となるのならば十分だ。
『勇者』復活という希望の種は撒くことができた。
後はこれをどう使うかだ。
そしてそれが分からないほど、俺たちの仲間は間抜けではなかった。
「作戦を通達する!」
父さんの発言にこの場の全員が注目する。
白虎の国や朱雀の国の兵士からすれば父さんは他国の軍人ではあるが、この危機的状況。
指揮を執ろうとする者がいれば、その発言に耳を傾けたくなるのだろう。
「6体もの魔王と、押し寄せる多数のモンスターという現状を鑑みるに、現時点での大魔王討伐は事実上不可能と判断! これより撤退戦へと移行する! なお、大魔王打倒のためには『勇者』の復活は不可避である! よって、勇者4名の生存を最優先と心得よ!」
「ならば私が懲罰部隊を率いて壁となりましょう」
「ククク……次はワイらやなぁ。小鳥たちの命を守るためにこの場で死んだろうやないかぁぁ」
「我々朱雀の国の兵士の指揮官は既に皆死亡しました! ハロルド殿の指示に従います!」
「ならば朱雀の国の兵士たちはテルゾウ殿とジェイク殿の身柄をお任せする! 総員撤退! 最後の一兵となってでも、勇者たちの命を守り抜け!」
「「了解!!」」
ヨンが、ゼロが、そして父さんが、俺たちを守るために部隊を編成し、そして脱出を開始する。
それでも大魔王は動かず、配下の魔王に追撃を命じる気配もない。
ハヤテの言っていた「それ以外の気配」とやらも気にかかるが、逃してくれるのならば僥倖だ。
俺たちは悠然と佇む大魔王へと背を向けて撤退を開始したのであった。




