第百三十六話 勇者連合VS魔王連合
鳳凰競技場は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
これまで魔族の驚異をまともに認識せず、大魔王が出現したにもかかわらず席に座って踏ん反り返っていた貴族たち。
彼らは、魔王たちの容赦ない攻撃にさらされ、為す術もなく殺されていった。
生き残った者たちは出口に向かって殺到する。
が、そこを魔王に狙われることで被害は更に拡大していく。
巨大なアルマジロは競技場の観覧席の中央を貴族や兵士たちを押し潰しながら転がり続ける。
アルマジロの圧死から逃れた者たちも、後から続く熊が放つ電撃を浴びて次々と黒焦げにされていく。
逆サイドでは巨大な着ぐるみペンギンと化したムツキが体から水を発生させ、観客席の上を客を轢き殺しながら滑っていた。
その後ろから追ってくる馬は風の刃を発生させているようで、ムツキが殺し損ねた相手を細切れにしながら彼女の後を追い続けている。
ムツキの見た目はペンギンではなくてペンギンの着ぐるみであった。
前世でよく見たペンギンのくちばしの下から顔が出ているあれである。
あの状態で巨大化しているので、巨人がペンギンのきぐるみを着ているように見えて実にシュールな光景だ。
だがその威力も被害も相当な代物である。
理屈は火の魔王の側近、バーニングスネークと同じだ。ただ巨体であるだけで並の人間には為す術がない。
体から水を垂れ流しているためか、ムツキの体は綺麗なものだ。
だが彼女が生み出し、そして観覧席にばら撒かれた水そのものは、大量の被害者の血液が混じり真っ赤に染まっていた。
そして大魔王の周囲には大量の首吊り死体がぶら下がっている。
ナインの手によって生み出された首吊り死体は、どうやら競技場のくちばしの部分、屋根の役割をしている箇所に蜘蛛の糸を貼り付けて、人を吊り下げて作り出したようだ。
僅かにナインの手から逃れた者たちも全てが倒れ伏したようで、既に観覧席には人の姿は見当たらない。
大魔王の前に浮いている巨大なクラゲ、その触手が蠢き被害者に触れたかと思うと、次々と人が倒れたところを俺は確かに目撃した。
どうやらあの触手には麻痺の効果があるようである。
ちなみに今回はエースとキングは動いていない。
2人は大魔王の左右に控えたままだ。
まるで氷の勇者として活動していた時のような自然さで2人は大魔王の側に佇んでいた。
勇者は8人、魔王は8体という常識すらも打ち破る光景に目眩を覚えずにはいられない。
だが止まっているわけにはいかないのだ、被害は今も拡大している。
すぐにでもこの状況を打破しなければいけないのだが、一体どこから手を付ければ良いというのか。
左右の客席に魔王が2体ずつ。
前の客席は大魔王が陣取り、その前後左右は魔王が固めている。
スキもなければ取っ掛かりすら見当たらないような絶望的な状況の中、真っ先に動いたのは、やはり人類の希望をその背に背負う光の勇者テルゾウ殿であった。
「いよし、決まった! 突撃だべ!」
「待て待て待て待て! 猪にも程があるぞ、こんな状態で突撃するなどありえんだろうが!」
「いいや、ここは突撃しかねぇべ。見ろジェイク、大魔王の周囲を取り囲んでいる魔王のうち生粋の魔王は一体だけだ。それに周囲の魔王とやりあっている間に他の魔王に囲まれたらそれこそ勝ち目がなくなるべさ」
「だから突撃すると?」
「そう、この際左右の被害には目をつぶるだ。一直線に突撃して、奴らの頭である大魔王を倒すしか方法がねぇだよ!」
なるほど、確かにもっともな意見だ。
エースの話を聞く限り全ての鍵は結局のところ大魔王が握っている。
状況を打開するためには、大魔王を倒すしか方法はないのである。
一旦引いて態勢を立て直すという方法も今回は取ることだできない。
相手の中には明らかに速度に優れた魔王も存在している。
逃げたところで後ろから追撃されればお終いだ。
俺たちはテルゾウ殿の意見に従い、突撃を敢行した。
だが、来ると分かっている相手を迎撃しないほど相手も馬鹿ではない。
キングが放った光魔法が、雨あられと俺たちの頭上に降り注いでくる。
それを同じ光魔法で迎撃しながらテルゾウ殿は突き進むものの、「攻撃します!」と宣言しながら突っ込んでくるエースの登場に足が止まってしまう。
だが先程と同じく肥大化した拳で殴り掛かるエースは、ロックが迎え討った。
ロックもまた自らの両腕を土魔法で覆い、エースへと拳を叩きつける。
ガキイィン!
まるで金属同士がぶつかったような音が競技場に鳴り響いた。
ロックとエースとの直接対決はロックに軍配が上がり、エースは吹き飛ばされていく。
エースはやはり魔王となってから日が浅いのが原因か、上手く魔王としての力を扱えていないようだ。
エースを吹き飛ばして一瞬硬直するロック。
そこに半透明な触手と白い糸が迫りくる。
咄嗟にかわそうとするが間に合わず、触手に触れたロックは急激に体の動きを鈍らせ、ナインの手から射出された糸がロックの腕に絡みつく。
それを見た俺は糸へ向かって強酸性の薬品をぶつけて溶かし、ロックの下へと近づいてアイテムボックスから麻痺の解毒薬を取り出してロックの口へと流し込む。
どうやら見当が当たっていたようで、ロックの体は正常に動くようになり再び戦場へと復帰した。
その頃テルゾウ殿は左側から襲い掛かってきた巨大アルマジロと電撃熊を相手に一人で戦い続けていた。
奴らは俺たちの突撃を目にするやいなや、方向転換をして観客席から飛び降り、左後方から襲い掛かってきたのだ。
キングの光魔法を相殺しながら2体の魔王を相手取るテルゾウ殿。
アルマジロの突撃を避けながら側面に斬撃を加え、なおかつ電撃熊からは距離をとり魔法戦を展開している。
それはつまりキングと電撃熊、2体の魔王を相手に同時に魔法戦を展開しながらアルマジロの魔王と格闘戦をしているということであり、テルゾウ殿の戦巧者ぶりが良く分かる戦いであった。
一方その頃、逆サイドでは父さんが指揮を執る3ヶ国の即席連合軍が、巨大ペンギンと化したムツキを相手に総力戦を繰り広げていた。
ムツキはその巨体と水魔法を生かして地面を滑りながら襲い掛かってくるのだが、その動きは直線的であるがゆえに見切るのはさほど難しくはない。
ライが使う氷の槍もムツキとは相性が良かった。
ライはムツキが生み出した水を凍らせて、彼女をあらぬ方向へと誘導する。
そしてコースがずれたムツキに対して兵士たちが攻撃を加えるのだが、彼女の体を覆う水によって攻撃は受け流され、有効打を与えることは出来ていない。
ムツキよりも問題なのは、もう1体の馬の魔王であった。
奴は巨体ばかりの魔王の中、一体だけ普通サイズであるために一見脅威の度合いは低いように見受けられる。
だが今のところ被害者の数だけならば奴がダントツであった。
なぜならば、風の魔王であるという奴の動きは高速であり、その体から放たれる風の斬撃は防ぐことが出来ない代物だったからだ。
ゼロが遠距離から魔法を放ち、ヨンが率いる懲罰部隊が数にものを言わせて魔王の動きを封じようとしているが、防御がまるで効かない切断力の前に死体の山が出来上がりつつある。
ゼロとヨンは歯噛みしていたが、彼らに救いの手が差し伸べられた。
突然上空から1羽の巨大フクロウが襲いかかり、魔王の意表を突く一撃を喰らわせたのだ。
体勢が崩れたスキを狙いゼロの魔法が直撃し、馬の魔王は動きを停止させた。
どうやら老師が参戦してくれたようである。
ハヤテとデンデの姿が見えないということは、2人はシャインに任せて戦いに加わってくれたのだろう。
戦況は膠着している、と言うよりも思っていたより有利に戦うことが出来ていた。
理由としてはやはり、新たに参戦した4体の魔王の実力が思ったほどではなかったことが大きい。
今回参戦した4体の魔王はそもそも戦いには消極的な魔王と噂されていた。
勇者にも色々いるように、魔王にだって色々といるのであろう。
これが火の魔王のようにバリバリの武闘派ばかりだったならば話は違っていたかもしれない。
戦いに消極的な魔王であったからこそ、天秤の秤を倒さずにいられたのだ。
後僅かに、『何か』があればこちらへと勝利の天秤は傾くかもしれない。
実を言えば俺は切り札も奥の手も隠し玉すらも持ってはいるのだが、この乱戦の最中では使うことは難しい。
それにその『何か』は実はこちら側には存在しているのだ。
具体的に言えば、戦いが始まった当初から戦いに参加していない火の勇者殿がまさにその『何か』であった。
「いい加減にしたまえこの無能勇者がぁぁぁ! 先程から周囲の者たちが死力を尽くして戦っているのが見えないのかね! 戦え! 戦うんだ! この愚か者がぁぁぁ!!」
背後から火の勇者殿を罵倒するジェイクの叫びが聞こえてくる。
確かにこの状況、火の勇者殿が参戦し本来の力を発揮してくれさえすれば、なんとかなる気がしないでもない。
しかし俺たちの戦場にも、周囲の戦場からも火の勇者殿の活躍を称える声は響かない。
後ろを振り向けないのがなんとももどかしい。
この期に及んであのハズレ勇者は、未だに覚悟が決まらないとでも言うつもりなのだろうか。
「おおいこら、都会勇者! 今こそ出番だべ、生まれ変わる時だべ! 見てみい、こいつらはどいつもこいつも魔王としては実力が足りなすぎだべ。魔王化された連中以外の魔族の魔王も弱いってことは、こいつらまず間違いなく大魔王に無理やり戦わさせられて真の実力を発揮できてねぇんだべさ! 今なら倒せる! 魔王を倒して国も世界も救って真の勇者になる時だべさ! つか、いい加減に自覚を持たんかい、このクズがァァァ!!」
テルゾウ殿は魔王3体をたった1人で相手にしながら、火の勇者殿を説得するというウルトラCをこなしている。
俺とロックも同じく3体の魔王を相手にしているのだが、相手が実力を発揮できていないにも関わらず防戦一方で、説得にまで力を割く余裕はどこにもない。
確かにここでもう1人勇者が参戦すればなんとかなるような気はするのだ。
だがそこに大魔王の換言が割り込んできたのであった。
「おお、お初にお目にかかる火の勇者殿。妾の名はフローズン・クイーン。ご高名な勇者殿に出会えて歓喜の念を抑えられませぬ」
こんな大混戦の最中であるにも関わらず、大魔王の声はするりと耳に入ってくる。
そして奴は言ったのだ、魔王が勇者に向かって口にすることで有名なあのセリフを。
「貴方様の高名さと優秀さは長きに渡り封印されていた妾の下にももちろん届いておりました。しかし妾には分かりかねます。どうして貴方ほどのお方が、貴方を愚弄する者たちのために力を振るわなければならないのでしょうか。貴方様のような選ばれしお方は、そのような者たちと共にいるべきではないのです。いかがでございましょう、妾の下へといらっしゃいませんか? 全ての勇者を倒した暁には、世界の半分を貴方様へとお分けいたしましょう」
そのセリフを聞いた瞬間、俺は戦闘中にもかかわらず吹き出しそうになってしまった。
世界の半分をやるから軍門に下れとは、なんてベタなセリフを吐くんだこの大魔王は。
そんな約束を律儀に守る相手だったら、そもそも襲い掛かってくるわけがない。
正常な判断力を持っていさえすれば考慮にも値しない話ではないか。
だが火の勇者殿からの拒否の返答がないことに俺は不安を覚える。
まさか……いや、ハズレ勇者とはいえ、まさかそこまでじゃないよな?
「なんでしたら妾のこの体を好きにしていただいて構いませぬ。ご心配には及びませぬよ? 『その時』にはちゃんと、邪魔な氷の勇者はどかすようにいたしますゆえ」
良いことを聞いた。
大魔王のセリフが正しいのだとしたら、サムと大魔王は分離させることが可能ということになる。
それがどんな方法であろうとも、弟を助けるためならばあらゆる困難に立ち向かってみせよう。
そう考えていた。
しかしそんな俺の背中へと突然『何か』が着弾し、俺はバランスを崩して倒れ込んでしまう。
何事だと顔を上げれば、ロックもテルゾウ殿も、そして父さんたちも背後から謎の攻撃を受けており、その影響でバランスを保っていた天秤は傾き、こちら側には多数の被害が発生していた。
そんな中、俺の横を走り抜けていく赤い髪が。
彼は魔王すらも呆気にとられる状況の中、観客席のすぐ下へと辿り着き、跳躍し、そして観客席の上から俺たちを見下ろしていた大魔王の隣へと着地し、俺たちに向かって勝ち誇った笑みを向けたのであった。
「ハハハハハ! なぜこの偉大で強大で完璧な勇者である俺様が貴様らのために戦わなければならないのだぁ! この高名で優秀な俺様こそが世界の半分を支配するに相応しい! いや、フローズン殿をものにするのだからこの世界は丸ごと俺様のものということだよなぁ! ハハハハハ!」
……とんでもない馬鹿がとんでもない言葉を吐いて俺たちを見下している。
まさかこんな換言に乗ってくるとは思ってもいなかったのだろう、氷の大魔王フローズン・クイーンは口をポカンと開けて信じられないものを見るような目で火の勇者殿を見つめていた。
先程まであれだけ緊張感に満ちていた戦場は今や静まり返り誰一人として動く者はいない。
俺たちだけでなく魔王サイドからみても信じられない事態なのだろう。
彼らは一様に戸惑った表情をして大魔王からの指示を待っている。
そうして大魔王は口を開いた。
だがそれはこの場の誰一人として想定していない内容であった。
「もう良い……」
「んん? それはどういう意味だ? 我慢できないからこの場で俺様に抱かれるということか?」
一体どういう育ち方をしたらこんな発想が出てくるようになるのだろうか。
最早朱雀の国の恥を通り越して人類の恥と化した馬鹿の馬鹿さ加減に恥ずかしさを抑えることができない。
そんな空気の中、大魔王は話を続けたのであった。
「もう良い、茶番は終了じゃ」
「茶番やと?」
テルゾウ殿が焼け焦げた背中を癒やしながら大魔王へと問いかける。
大魔王は馬鹿を無視して、テルゾウ殿へと語りかけた。
「そう、茶番じゃ。元よりこの戦いは妾の勝ちと決まっておった。しかし極限状態の中、死力を尽くして戦い抜くお主らの姿は妾の心を感動させたのじゃ。その姿をずっと見ていたいと思い、終わりを先延ばしにしておったのじゃよ」
「へぇ言うでねぇか。勝ちが決まっている戦いなんぞ存在するかいな」
「それがなぁ。存在するのじゃよテルゾウ殿。人類最強の光の勇者テルゾウ殿! 勇者……勇者! クッ、ククククク! あーはっはっはっ!!」
大魔王は突然腹を抱えて笑い始めた。
彼女の腹からはサムの下半身が生えているため、まるでサムの胴体を掴んで笑い転げているようにも見える。
「勇者! 勇者!! 勇者勇者勇者勇者勇者! 貴様は強いよ、確かに強い! だがそれは結局のところ、貴様が勇者であるがゆえ! スキル『勇者』の所有者だからじゃ! 貴様の強さも人間の希望も全ては『勇者』に依存している!」
「それについては認めるしかねぇが、それが一体なんだって言うんだべ?」
「簡単な話じゃよ! 貴様たちの心を支えている『勇者』がなくなった時! 貴様たちは一体どのような顔を見せてくれるのかのぅ!」
クイーンはそう言い捨てて、一瞬ではあるが目をつぶった。
その直後、俺の頭の中に突然声が響き始める。
どうやら俺以外の全員も同じ状況のようであり、それは魔王すらも例外ではないようであった。
そしてスキルの更新の際と同じ調子で、俺たちに更なる絶望が届けられた。
〈サム=L=アイスクリム&フローズン・クイーンがスキル『独占』を使用しました。
スキル『独占』の効果により、スキル使用者の持つ全てのスキルが独占状態となります。
同時に、使用者のステータス及び健康状態、そして現在地を全てのスキル所有者がステータス画面から確認できるようになりました。
また独占されているスキルの詳細も閲覧可能です。
サム=L=アイスクリム&フローズン・クイーンによって独占されるスキルは次のとおりです。
『大魔王』『魔石融合』『氷河生成』『弱体無効』『成長停止』『独占』『氷魔法』『武器の心得』『魔法の心得』『勇者』〉




