第百十話 革命武器
勇者の供とはいえ、本業は劇作家だというジェイクが、山のようなどころか、文字通り山と化していたバーニング・スネークを一撃で爆散させた現場を見せつけられ、俺たちは揃って度肝を抜かれた。
俺たちは短い間ではあるがジェイクと寝食を共にし、この島まで旅を続けてきた。
そして仲間内で出た結論は、ジェイクは実力的には全く問題にならないほどに弱いというものであった。
光の勇者テルゾウ殿と行動を共にしている唯一の勇者の供ではあるが、その実体は決して戦闘屋ではなく、あくまでもアドバイザー。
劇作家としての感性を駆使してテルゾウ殿が成長できるようにと艱難辛苦を課す監督のような立場であると考えていたのだ。
実際それは間違いとは思えなかった。
これまでの旅の間にジェイクの身体能力はおおよそ見切ることが出来たが、あくまでも一般人レベルであり、下手をするとシャインと同じか彼女よりも低いくらいのステータスしかなさそうであった。
実際、島に上陸してからの移動の際も、ジェイクはテルゾウ殿に背負われて移動しており、その身体能力は決して高くはないはずであったのだ。
それなのに、俺たちが10分以上戦い続けて倒すことができなかった相手を一撃で爆散させてしまったのだ。
これまで培ってきた他者の実力を見分ける能力を疑うには十分な状況であろう。
彼は飄々とした足取りでこちらへと近づき、俺たちと合流を果たす。
そしてその間、吹き飛ばされたバーニング・スネークは体の大きさを大分縮めて回復を図り、先程と比べると1/4程度の大きさになって、ジェイクから距離を取り、俺たちとの合流を見逃していた。
無理もない、何しろ一撃で体の半分を吹き飛ばすような男が目の前にいるのだ。
このまま闘いを挑むのは自殺に等しい所業だ。
魔王の側近としては失格だろうが、1人の生き物としては正しい判断である。
そしてジェイクは遂に俺たちと合流を果たした。
俺たちは興奮してジェイクへと詰め寄っていった。
「凄いじゃないかジェイク! 胡散臭い口だけの劇作家だと思っていたけど、実は相当な実力者だったんだな!」
「全く騙されたぞジェイク! 偉そうに命令する知ったかぶりした嫌な大人かと思っていたら、偉そうにするだけの実力はあったのだな!」
「言っている事は正しいけどムカつく~って思ってたけど、実は凄かったんだねぇジェイク」
「いつか後ろから狙い撃つぞって思ってたけど、こんな実力があるんなら最初からそう言っておいてくれよジェイク!」
俺たちは口々にジェイクを褒め称えるが、ジェイクは話を聞いている内に段々と不機嫌な顔に変わっていった。
はて? 何か問題でもあったのだろうか?
「流れる様に悪口を言ってくれてどうもありがとう諸君! 何なのかね、あんまりじゃないのかね? 私は結構な仕事をしたつもりだったのだがねぇ!」
「いや、すまない。積もりに積もった不満がつい……」
「正直は美徳と言うが、正直も過ぎると人を傷つけると覚えておきたまえ!」
「え~、よりによってジェイクがそれを言うの?」
「え~じゃない! もういい! これだけ弱れば後は君たちでどうにか出来るだろう。私はもう手を出さないから後は君たちだけで戦い給え!」
「職務怠慢じゃん!」
「人を働かせたいのなら、気持ちよく働ける環境を作るように努力したまえ!」
そう言ってジェイクは穴の中に寝転び手出しはしないとアピールしてきた。
正直あと1~2回程、先程の攻撃を打ち込めば確実に相手を倒すことが出来そうなのだが、ふて寝を始めてしまったジェイクは起き上がる素振りすら見せない。
俺たちはジェイクの参戦は諦めてスネークへの攻撃を再開させ、サムは大分小さくなった標的を今度こそ倒すために突っ込んでいったのだった。
戦いは先程までの苦戦が嘘のように、一方的な展開で幕を閉じた。
標的は先程よりも小さくなり、当てにくくはなったとは言っても、3人がかりで遠距離攻撃を行っている以上、被弾し削られることを避けることはできない。
そしてサムの一撃は、先程までとは違い、避けられない様に相手のフェイントも考慮した打撃を始めたおかげで段々と効力を発揮し、ダメージを与える度に目に見えて相手の体の大きさは小さくなっていったのだ。
ジェイクが言っていた通り、スネークは魔力の代わりに生命力を使って体の大きさを維持していたようだ。
そして体の大きさの維持よりもダメージの回復の方に生命力の割合を持っていかれた影響で、段々と体が縮小していった。
ジェイクの一撃は余程強烈だったのだろう。
その後の戦いは割りとあっけなく終了した。
あっという間に俺たちはバーニング・スネークを追い詰め、最終的にはサムの作った氷の檻の中に捕らえてしまった。
正直始末しておきたかったのだが、スネークは土壇場で体の大きさを一気に縮小し、その体から先程までとは違う赤黒い炎を噴出して俺たちの攻撃を弾くようになったのだ。
その禍々しい炎はサムが愛用している氷のハンマーすらも溶解させ、こちらの攻撃は一切通用しなくなった。
だが、スネークはスネークでこの炎を出している間は動けないようで、目の前でとぐろを巻いたまま微動だにしていない。
動かず、攻撃の効かない相手とわざわざ戦う必要もないので、サムにスネークの周囲を氷で囲ってもらい、俺たちの戦いは一応の決着を見たのであった。
戦闘が終わり、俺たちはジェイクに戦いの終わりを宣言した。
するとジェイクは穴から這い出し、大きく伸びをしたかと思うと、大きなため息を吐き出したのであった。
「あぁ良かった……生きた心地がしなかったぞ全く」
「何言ってんだよ、あんたほどの実力者が」
「誰が実力者だ馬鹿者共が」
「馬鹿者は酷いな、さっきまでのスネークは本気でヤバイ相手だったんだ。それを一撃で爆散させたあんたは紛れもなく実力者だろうが」
「それはお前たちの目が節穴だからそう見えるだけだ」
「何だよ、素直に賞賛も受け取らないのかよ」
「事実を言っているに過ぎん。私は弱い。それこそステータスの値だけを見れば、お嬢とどっこいどっこい程度なのだ」
「いやいやいや、意味が分からんぞ。それなら何であんなに強かったんだよ」
「私が強かったのではない。あれは私の持つ武器の力だ」
「武器の力?」
そう言ってジェイクは懐から一本の古い短剣を取り出した。
古いというか、最早それはボロボロになっており、いつ壊れても全くおかしくないような代物であった。
「ひっ!」
それを見たサムは飛び上がって距離を取る。
だが俺たちは平気だ。
一体なぜサムはそんなリアクションを取ったのだろうか。
「流石に勇者は気付いたようだな、この武器の恐ろしさに」
「恐ろしさ? そんなボロボロの短剣のどこが恐ろしいの?」
エルが不思議そうに小首をかしげる。
だがそれを聞いたサムは驚きに声を上げたのだった。
「なっ何を言ってるんだ! そんなヤバそうな短剣生まれて初めて見たぞ!」
「ヤバそう?」
「どこがだ?」
サムの反応を見て、俺たちはじっくりと短剣を眺めてみる。
どう見ても普通の短剣だ。いや、どう見ても普通よりもボロボロの短剣だ。
一体どこらへんがサムをこれほどまでに震えさせるというのだろうか。
「分からなくても仕方あるまい。これは対魔王、対勇者用の装備と言っても過言ではないからな」
「対魔王で対勇者用装備? 何だそりゃ?」
「これはな、あまり一般には知られていないが『革命武器』と呼ばれている代物だ」
「革命武器?」
「所有者と敵対者の実力差が大きければ大きいほど威力が上がる類の武器を総称して革命武器と呼ぶのだよ。弱者が強者をねじ伏せる、まさに革命を果たせる武器なのだ」
「聞いたことがないな」
「それはそうだろう。魔王軍の幹部にすらあの威力を発揮したのだ。これが魔王や勇者相手だったら、当たりどころさえ良ければ即死も狙える代物だ。知っている者は数えるほどしかおるまいよ」
「……ひょっとしてあれか? 勇者への暗殺対策とか?」
「そうだ。勇者は人類の希望ではあるが、それでも中には勇者を恨み殺そうとする輩が一定数存在する。そんな連中がこの武器の存在を知ったら悪用されるのは目に見えているからな」
「だから存在自体を隠されていると?」
「と言うか、壊されている」
「壊されている?」
「これは魔王に使われるよりも、勇者に使われる確率の方が高いのでな。発見され次第国の手で破壊されているのだよ」
それは何となく分かる。
弱い人間は魔王退治には行かないが、勇者の暗殺は決行するかもしれないからな。
「じゃあ何でジェイクはそんな物を持っているの?」
「忘れたのか? 私の仕事はテルゾウを死なせないようにすることだ。だから奴を鍛えるし、奴を倒せるような武器やアイテムは積極的に集めて、破棄するなり利用するなりしている」
「そのナイフは利用していると?」
「そういうことだな」
「なるほどね」
なるほど、最初の一撃は相手と実力差があったから攻撃が通ったが、2回目以降は実力差が狭まったため、最初の一撃ほどの威力が期待できないから戦闘には参加しなかったのか。
それにしても凄い胆力だな。
相手がビビってくれたから良かったようなものの、もし攻撃を受けていたら下手すると死んでいたかもしれないのに。
「流石にそこまで豪胆ではないさ。戦場に出るに当たっての対策はちゃんとしてある」
そう言ってジェイクは袖をめくって俺たちに見せてきた。
そこには立派な篭手が装着されており、左右それぞれに8つの宝石がキラキラと輝いていた。
いや、良く見れば宝石の中の幾つかの輝きが失われている。
左右合わせて16個の宝石の内、5つの宝石からは輝きが消失していた。
「これはスザクの国の首都バードの地下に広がる勇者の迷宮からテルゾウが持ち帰ったマジックアイテムでな、この篭手に埋め込まれている宝石の回数だけ敵の攻撃を無効化出来るのだよ」
「はぁ!? 何だそりゃ?」
空いた口が塞がらない。
攻撃を計16回無効化って、どんなチートアイテムだよ!
「人類最強の男の相棒なんぞをやっているとこういった物が割りとゴロゴロ手元にやってくるのだ。お前たちもこれから勇者として活動していけば、そのうち分かるだろうよ」
「信じられねぇ……」
サムやキングは驚いているが、俺はこの話を素直に受け止めることが出来た。
ゲームとかでも、話を進めていく内にいつの間にか持ち物が伝説の武器ばかりになっていることがある。
ましてやこの世界ではモンスターの体内や、ダンジョンの宝箱の中に普通に武器やら防具やらアイテムやらが入っていて、回収すればそれは己の物とすることが出来るのだ。
時間さえ掛ければこういったチートアイテムの1つや2つ手に入ったとしても不思議ではあるまい。
「と言うか、一撃必殺の武器と、攻撃無効化のマジックアイテムを持っているならジェイクが魔王を退治すれば良いんじゃないのか?」
キングが当然の疑問をジェイクにぶつける。
しかしジェイクは呆れたように肩をすくめて、「それは無理だ」と宣言した。
「言っただろう? この革命武器は一般には知られていないが、知っている者は知っているのだ。当然魔王も存在は知っているし、その対策も理解している」
「対策?」
「簡単な話だ。革命武器を十全な威力で使用するためには、持ち主は弱くなくてはならない。この武器を使っているということは、自らの弱さをアピールしているようなものなのだ。だから敵は、武器に当たらないように攻撃を避けるなり、遠距離攻撃に徹するなりすればそれだけでもう無効化出来てしまうのだ」
「ああそうか、持ち主はどうしたって弱くなければならないから、不意打ちでしか使えないわけか」
「もしくは必ず来る方向に待ち受けているとかだな。私が行ったように」
「でもさ、攻撃を無効化出来るのなら、チャンスはあるんじゃないの?」
「馬鹿か貴様は。高々十数回の攻撃を無効化したところで何になる。魔法を連射したり、それこそ落ちている石を投げ付けてくるだけで処理が追いつかずにそのうち無効化の数が尽きて死んでしまうわ」
「あ~、そっかー。なかなか上手くは行かないもんだねぇ」
最強の盾と最強の矛を持った相手だとしても、戦う術は幾らでもあるということか。
結局魔王退治に近道はなく、地道に削っていくしかないということだな。
俺たちの目の前では未だ燃え続けているスネークが最後の足掻きとばかりに禍々しい炎を燃やし続けている。
だが、この状況は俺たちにとっては望むところだ。
俺たちの仕事はテルゾウ殿が魔王を倒すまで魔王軍の幹部を魔王に近づかせないようにすることだからだ。
後ろを振り返ると、テルゾウ殿と魔王の戦いには余計な邪魔は一切入っていない。
俺は今作戦の成功を確信していたのであった。




