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と。アリが肩を竦めて微笑んだ、丁度その同じ頃。
ユリアたちのいる所の丁度反対側で、一つの闘いが始まろうとしていた。
ここは、ユリアがセラヴィと一緒に会場入りした方のドア。
城に繋がる方のもの。
そこで、一人の男が会場の中を覗き込んでにやにやと笑っていた。
白髪交じりの頭。
見た目は品がよく、穏やかにも思える風貌は、ヒトの信頼を得やすいものだ。
これは、ラッツィオの町外れの古びた屋敷に住んでいた、あの男のものだ。
中は、自身が可愛がって育てた賊達がセラヴィ王を攻撃している。
時々顔をしかめて胸に手をやる様は、随分と消耗しているように見えて嬉しくなる。
毒も効いているのだろう。
「よし、いいぞ。もう少しだ。もう少しで、積年の目的が果たせる」
この日を、どれだけ待ち望んでいたことか―――
「その事、貴殿の主人はご存知なのですか―――」
「誰だ!?」
突然に降ってわいたような声に驚き、男が振り返れば、霧のようなもやがヒトの形をなし始めていた。
「やっと尻尾を出しましたね。貴方には、苦労させられました。何もかも、貴方の仕業なのですね。賊を操り人の世を責め滅ぼしたのも、黒髪の娘を亡き者にしようとしたのも、すべて―――」
「っ、貴様は、ケルヴェス」
「薬師も、王の薬湯に毒を混入させていたことを白状しましたよ。観念して下さい―――ジン殿」
「く――――」
ジンはギリリと歯を噛んだ。
こいつが嗅ぎ回っていたとは、全く気付かなかった。
ここにきて掴まる訳にはいかない、相手はケルヴェス一人だ、何とかなるだろう。
そう決め込んで、余裕な態度を見せる。
「―――何を言ってるのか、わからんな。それに、一人で私の前に現れるとは、随分な自信だな?」
ジリジリ動いて間合いを詰める。
――近距離戦に持ち込めば勝機はあるのだ、私をなめるんじゃないぞ。
「証人が必要ならば、私が、おりますぞ」
背後から飛んできたしゃがれた声にハッとする。これは……。
「貴様は、御殿医のルルカ」
「ジン殿。貴方のようなお方が、何故、このようなことを為さるのですか」
哀しげなルルカの顔。
ジンは戦闘態勢を緩め、諦めたように天を仰いで言った。
「決まっている。我がゾルグ様を魔王にするためだ」
これ以外に何がある、貴様らにはわからんだろうが、とジンは言葉をつづけた。
「あの方には、事政務に関してはセラヴィ王を超えるほどの天賦の才能がある。ゾルグ様が魔王になれば、ラッツィオや小国も配下に置く事が出来るのだぞ」
人の世にも自由に下りることだって可能だ。
素晴らしいと思わないか!
そう言ってジンは高らかに笑った。
「このような大それたこと、貴方お一人では無理でしょう。ゾルグ様の指示なのですか」
質問しながらも、ケルヴェスはじりじりと間合いを詰めている。
早く捕縛して、セラヴィ王の元に行かなければいけないのだ。
―――が。
パッと見気を緩めてるようにも感じるが、不思議なことに、ジンというこの男にはどこにも隙が見えない。
近付きつつも、ケルヴェスは攻めあぐねていた。
「あの方は関係ない!!ヒトが右往左往する様を端から見て楽しむのが好きなお方なのだ。野心の欠片もないぞ。この件には全く関係ない。黒髪の娘がラヴル様の屋敷に入ったことを知り“奪って妻に”と進言したら、あろうことか、魔王と黒髪の娘を何とかしてくっつけろと、私にお命じになられたのだ。この、私にだぞ。苦労して人の姫を抹殺してきた、この、私に―――だ」
ククク…と喉の奥で笑う血走ったジンの目はギラギラと光りを放ち、最早正気だとは思えない顔つきになっている。
「だから私は、くっつけようとしたのだ、あの世でな!見ろ!ワインの毒で魔王はフラフラだ!」
娘には後追いして貰おう!ヒャハハハハ!
狂ったように笑うジンを、ケルヴェスの落ち着いた一言が止める。
「残念でしたね。ワインの毒は、我等が阻止しましたよ」
カッと見開いた目がケルヴェスを見た後、そんな…と呟いて額を押さえて俯いた。
「ジン殿……すべて話せば、温情も、ありましょうぞ」
ルルカが傍に寄って穏やかに話しかければ、ジンはそのままの姿勢で、クククククと笑った。
「ルルカよ、そんな馬鹿な……と、言うとでも思ったか?―――少女が入れた毒までは、知らないだろう?」
「何ですと!?少女が!?」
ルルカは急いでドアに駆け寄り、会場の中のセラヴィを見た。
ジンの言うことが本当であれば大変なことになる。
確かに、セラヴィの顔色は悪く、明らかに体力は消耗している。
急いで闘いを止めなければ、この世界も、魔王の命も滅んでしまう。
しかし、どうやって―――
「そうだ。魔王様とお妃さまが元気になる薬だ、と言って渡したら、嬉しそうに頷いていたぞ。きっと、喜んでワインに混ぜたことだろう」
「貴様は!!何てことを――――!!」
ケルヴェスから光の矢が放たれ、それに気付いたジンは素早く横に飛びかわしながら両手を組んで光りの球を生み出し、ケルヴェスに向けて放った。
互いの攻撃が壁に当たり、爆音となって消えていく。
壁がパラパラと剥がれ落ち、辺りは焼け焦げた臭いが立ち込めた。
「どうする!?衛兵共は、我らが起こした偽の災害で右往左往してるぞ。今は、各国の重鎮も多いのだ。一人も戻って来ないぞ。魔王は、孤軍奮闘、だ!」
この分だとじきに会場も崩れ落ちるだろう!命は風前のともしび、貴様もな!
そう叫ぶように言い、ジンは再び光りの球を生み出す。
ケルヴェスは警戒しつつも、そんなジンの顔を怪訝な思いで見た。
――この男は、知らないのだろうか。
「偽の災害?何のことだ。今も感じるこの小刻みな大地の揺れ。貴様、今、何が起こってるのか知らないのか!?」
「なんだ、と―――?何を言っているんだ。この揺れは、隣の闘いの影響だろう。私の油断を誘う気なら、少々、甘かったな!」
ルルカが会場の中に慎重に入り込むのを横目に見、ケルヴェスはジンの攻撃をかわしながら矢を放った。
心の中で叫ぶ。
―――ルルカ殿、王のこと、頼みましたよ!
ケルヴェスはじりじりと横に移動しながら、攻撃する好機をうかがっていた。
兎に角早くケリ付けて、セラヴィの元に駆け付けねばいけないのだ。
「ジン、貴様は必ず、生かして捕える!」
「さぁ、そんなことが出来るかなぁ?」
ヒャハハハハ!と笑うジンの表情は、狂気に満ちている。




