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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
魔王に甘いくちづけを
113/118

10

―――場所は外。


祝賀の高揚感に溢れる広場。


輪を描いたその中心で、ダンスを披露する踊り子達にやんやの喝采が浴びせられる。


笑顔で挨拶をして輪の中に戻る綺麗な踊り子達。


楽しげな雰囲気を一転させることが起こったのは、この時だった。


―――ズズズズ…ズ……ン…―――


大きな揺れが、ケルンの街を襲う。


広場に集まっていたヒト達は、突然の揺れに何が起こったのか分からず暫く呆然とするものの、「きゃぁぁぁぁっ!」一人の女性の叫び声で、我にかえって騒然とし始めた。


とりあえずどこかに逃げようとするが、大きな揺れに足を取られて満足に動くことが出来ない。


「危ないぞ!」


「皆座れ!」


「動くな!」


冷静なヒトの叫び声が広場に響く。


轟音を伴って大きく揺れる大地に、皆素直にその場に座り込む。


見知らぬ者同士支え合い、庇い合う。



ビリーたちも同様に座り込み、赤ちゃんを抱えるクルフの妻を気遣い励ましながら支えていた。


…カラン、ガラガラガラ……ドオォォォ…ン……


いろんな音が耳に届いてくる。


あまりの恐ろしさに身が竦む。


懸命に体を固く小さくして恐怖の時をやり過ごすが、背中にパラパラと物が当たるのを感じる。


「一体、何が起こってるんだぁ。おい!クルフ。大丈夫かぁ!?」


大きな揺れがおさまれば、クルフの額から血が一筋流れ落ちていた。


「あぁ、大丈夫だ……ちょいと、頭に木の破片が当たっただけだ。……おい、大丈夫か?」


クルフの後半の言葉は、赤子を抱く妻に向けられていた。


「えぇ、私は平気よ。この子も」


腕の中では、赤ちゃんがすやすやと眠ってる。


「破片て……クルフ、お前……これ!これで抑えてろ!」


ごそごそとポケットから布を取り出して、クルフの頭に押し付け、ビリーは急いで立ち上がった。


「医者様!今、ここに医者様はいねぇか!?」


返事はねぇかと周りを見渡せば、木の破片や石までもがあちこちに落ちていて結構な数の負傷者がいるのが目に入る。


……こりゃぁ酷い……。


「ねぇ、ビリー。私たちはいいわ、自分達で何とかするもの。それより貴方は、モリーのところに行くべきよ。彼女は、身重だわ。それに、爺様も」



年老いた爺様とお腹を摩るモリーの姿が思い浮かぶ。


もしも、物やがれきが体の上に落ちていたらと考えると、ざあぁぁ…と、体中の血の気が引いていく。


――そうだ!こうしちゃおられねぇ!俺は、戻らねぇと!



「すまねぇ、ありがとよ!」


クルフ達に礼を言って踵を返し、ヒトを掻き分けて急いで進む。


向かい側から走って来るヒトとぶつかり「すまねぇ」「通してくれよ」謝りながらもビリーは走りに走った。


息を切らしながら心の中で叫ぶ。


――モリー、頼むから、無事でいてくれよぉ!!





ヒトの流れに逆らい、必死にモリーの元に向かってご婦人の家に辿りつき、無事なのを見て「良かったぁ……」とホッと息を吐いたビリーは、休む間もなく荷車の準備を始めた。


「このまま家の中にいちゃ危ねぇ。クルフ達のとこに行くぞ」


杖付く爺様をビリーが背負い、モリーはご婦人が支え、そろそろと歩く。


荷車に三人を載せたビリーは、一歩を踏み出した。


「みんな、いいかぁ!?行くぞぉ!」


ビリーは恐怖心を打ち消すように大声を出し、力一杯荷車をひいた。


皆がいる広場へ―――





***





「大丈夫だ。魔王様がきっと何とかしてくださる」


誰もが沸き上がる不安感を抑え励まし合う、皆がいる広場から望めるのは、魔王の住む荘厳な城。


民の希望を一心に集める婚儀会場。


そこの外。


大ドアのそばでは、ユリアとアリが向かい合って立っていた。



「アリ、退いた方がいいわ」


なるべく脅すような口調で言って、アリに向かって、抱えている物を投げるべく身構える。


「笑うなんて、貴方失礼だわ。私は、本気なんだからっ!」


――兎に角セラヴィのところに行って、儀式をしなくちゃ――


この使命感に囚われた心は、冷静な判断を少し欠いていた。


逃げようともせず微動だにしないアリに向かって力一杯によいしょと投げたそれは、届くはずもなく。


ぼでん……と、重い音を立ててすぐそばに落ちた。



はぁはぁと息が切れる。


これだけのこともできないなんて、情けなさ過ぎて涙が滲む。


唇を噛んでアリを見つめた。



一歩近寄って、落ちた石を眺めたアリは静かな声で言う。


「これが、貴女様の本気ですか」


「そうよ。私の精一杯よ。笑いたければ、笑うと良いわ」


「笑いません――――仕方がありませんね。私は常に傍にいます。危険と感じれば、すぐに出る。無茶はしない。約束できますか」


ぐ……と、詰まる。


約束なんて、出来ないし、したくない。


「それは……」



―――っ、でも待って。


おかしいわ、どうしてアリの方が優位に立っているの。


確かに、男の方だから力は強いけれど立場は私と同等の筈、しかも、私はこの国の次期王妃なのよ―――


そう考えれば、急に自信が湧く。


「約束は出来ません。一緒に中に入れば、貴方は私を護ってしまうのでしょう。迷惑です、そこにいて下さい」


胸を張って毅然とした態度をとって、きっぱりと言ってみせ、黒塗りの立派なドアを開けるべく進んだ。



とても大きなドア。


見た目十分重そうで、女の力で開けられるのか。


一抹の不安を感じながら、ドアノブに手を置いた。


――どおぉぉぉぉん…ん……――――


轟音が街の方から聞こえてきて、大地が大きく震えて、よろめいてドアに体がぶつかる。


「このままじゃ……」


焦りが生まれる。


急がなくちゃいけない。


壁が剥がれ落ち、欠片がバラバラと落ちてくる。


腕に頭に当たるけれどそんなの構っていられない、ここを早く開けなくちゃ。


揺れる中、ふらつく体を叱咤して、重くて大きなドアを開けようと格闘していると、体に影が出来パラパラと落ちてくる破片がひとつも当たらなくなった。


見上げれば、アリが覆いかぶさっている。



「貴女様は、かなりの強情ですね」


「―――今頃に、気づいたのですか」


「いえ、以前から……」


背後から体が抱えられて視界が揺らいだあとすぐに、光矢が飛び交いセラヴィが攻撃しながら飛び回る姿が映った。


「……そう、思ってました――――どうか、貴女様の思うがままに」


「ありがとう、アリ」



……でも。どうしようかしら。


それに、ヒインコは何処にいるの?


まさか……。



嫌な予感がして急いで広い会場の中を探すと、天井近くの隅を紅いものがパタパタと飛び回っていた。


「こっちにおいで」


声が届くかもわからず駄目もとで呼びかけると、気付いたらしく此方に近付いてきてくれた。


「良かった。無事だったのね……」


手の甲に止めて頭を撫でてあげると、嬉しそうに一声囀った。


肩に移動させて、これからどうするかを考える。


セラヴィは加減して攻撃してるけど、敵の腕や足を痛めさせて活動を停止させている。


あの敵がもっと減れば良いんだわ。なんとか―――


「―――そう、だわ!」


アリの顔をじっと見つめる。いいことを、思いついた。


「無茶なお願いだと分かってるけど。アリ、貴方、あの動きまわってる敵さんを一人ずつ外に運んでもらえないかしら」


貴方なら出来るでしょう?と訊ねたら、端正な顔を顰めて一瞬息を詰めた様子のアリは、首を傾げて考え込んだ。


「貴女様は、随分怖ろしいことを仰いますね……そう、ですね。奇襲が通じるのは、一人、二人……それ以上は無理でしょう。気付かれますし、これも限界があります。最大限にやってみますが」


そう言い終わるか終らないかのうちにアリの体が消え、敵の一人の背後に現れ抱え込みすぐに消えた。


すぐ隣にいた敵が気付き、消えたその場を凝視している様子が見てとれる。


アリがそれを幾度か繰り返し、隣に戻って来た時にはかなりの人数が減っていた。



「……これ以上は、出来ません」


「ありがとう、アリ。疲れたでしょう、隅で休んでると良いわ」


普段から“私は頭脳派だ”と言ってたけれど、精一杯やってくれた。


それでもまだ敵はいるし、倒れていたヒトが起き出して来ていた。


これじゃキリがない。


セラヴィも疲労の色が濃くなってきている。何とかしないと。



どこか遠くの方で獣の鳴き声がしているようで、微かに耳に届いてくる。


アリがそれに反応して応えるのを聞きながして、咄嗟に口を手で覆った。


「ひっ――」


声にならない息が、漏れた。



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