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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
魔王に甘いくちづけを
111/118

8

場所は戻り、ここは、会場の中。


「儀式を続けよ」と命じられた白髭は、ぐぅ…と口ごもっていた。


何か言いたげに二人を交互に見て、諦めたように、息をひとつ吐いた。


ワインを運んできた少女は、苦しそうなセラヴィの様子を見て、どうしていいか分からないようで、青ざめて泣きそうな表情をしている。


「あの……私は、何も――――」


「大丈夫よ、貴女は気にしないで。ほら、これを片付けて」


セラヴィが握り締めたように持っているワイングラス。それを手から抜き取って少女に渡せば、「失礼します」と小声で言って小走りに下がっていった。


様子がおかしいことに気付き始めた会場のヒトたちが、徐々にざわめき始める。


「何か御座いましたか」


「大丈夫ですか」


徐々に騒ぎが大きくなっていき、大臣達が慌ただしく駆け寄ってくるのを見たセラヴィは、それを一言で退けた。


「―――静かにせよ―――」


苦しげに息を吐いていたセラヴィの呼吸がだんだん整っていって、何でも無いような風で、す、と立つ。


会場の中がしんとなり、大臣達は静かに脇に下がった。



「本当に、大丈夫なのですか」


「何ともない」


じーっと見つめる私の手を取り、セラヴィは向かい合うように誘導した。


本人が言う通り、表情はいつも通りのものに思える。


儀式を続けられるみたいだけど……。



「では、魔王様。誓いの印を――――」


「クリスティナ・フィーレ・カフカ。そなたを我が妃とし、我が愛を注ぎ、守ることを誓う。今ここで我が妻となる証、新しき名を与える。これを、真名と致せ…」


肩に手が乗せられ、セラヴィの顔が近付いたので瞳を閉じた。


額に口づけが落とされたあとに、耳元で新しい名が告げられる。


…レイナ…


すると。セラヴィの動きがぴたっと止まり、怪訝そうな風でこちらを見た。


「聞くが……何も、変わらんか?」


「……はい?何のことですか?」


首を傾げて見上げると、眉根を寄せた辛そうな表情がある。


どうか、したのだろうか。


その漆黒の瞳が、す、と動き宙を見据えると、呻くような声を出した。


「これは―――――間にあわんか」


「あの、間に合わないって、何が?」


「セラヴィ、来るぞ」



―――ズズズズ……ン……―――


「きゃあぁっ」


大きな地響きと一緒に、会場が大きく揺れる。


天井からさがる大きなシャンデリアがガシャガシャと音を立てて、会場にいるヒト達が叫び声をあげる。


「あぁ、やばい、落ちるぞ。逃げろ!」


「助けて!」


「きゃあぁぁっ」


「───皆騒ぐな───」


セラヴィの掌が天井に向けられ、揺れ続けるそれを止め、ホッと一安心するも、再び大きな地響きがし会場がぐらぐらと揺れた。


バランスを崩したセラヴィが倒れかかったので、咄嗟に支えた。


と。


ガッシャーーン……


派手な音を立てて、制御を失ったシャンデリアが、次々に落下した。


「おい!逃げろ!」


「危ないぞ!」


「いやぁ!怖い!」


そこかしこから悲鳴が上がり、頭を抱えて座り込む女性やドアに向かって走り出す紳士、会場中がパニックに陥った。


「静かに。落ち着いて。走らずゆっくり順番に出るんだ」


「みんな、こっちだ」



聞き覚えのある声が、誘導を始めている。


―――やっぱり、ここに、来てるの?



「ぐ、う……今少しだと言うに。――む、貴女は私から離れていろ」


「え?何を―――」


問いかけは宙に浮く。


ふわりと浮いた体が隅まで運ばれ、ゆっくり下ろされたのと同時に、セラヴィが宙に浮かび上がり、床に向かって光の矢を放つのが見えた。


今まで自分達がいた場所に、幾つもの光矢が当たってぶすぶすと焼け焦げる。


いつの間にか会場の中は空っぽになっていて、ばらばらと走り寄って来た覆面を被ったヒト達が、セラヴィの周りを取り囲み、次々に光りの矢を放った。


宙に浮かんだセラヴィは、それを軽くかわしながら反撃をする。


それは、庭を焼き払った時よりも格段に弱く、殺めないように加減してるように見える。



「この期を狙っていたか。上等だ」


「これを逃せば、貴方様は仕留められません。どうか、お覚悟を!」


「やめて!!」



多勢に無勢。


いくらセラヴィが強いとはいえ、病気なのだ。


それに、さっきのワイン。あれには何か良くないものが入ってるようだった。


どう考えても、不利な状態。



「止めて!お願い、止めて!」


どんなに叫んでも、攻撃は止まない。


「お願い…やめて……」


闘うセラヴィの姿が霞む。



――ヒトが目の前で死ぬのは、もう嫌。


嫌なの――



とても見ていられなくて、へなへなと座り込み、顔を覆う。


すると、爆音の合間に聞き覚えのある囀りと羽音が、微かに聞こえてきた。


目を上げれば、ヒインコがパタパタと旋廻するように飛んでいる。


「あなた、来てくれたの?」



今、こんなに危なくて怖い状況なのに。


私を、探してくれていたの?



紅い綺麗な羽が所々焦げたりして汚れている。


きっと、光の矢の影響を受けたのだろう。


震える手を差し出せば、ふわりととまった。


元気に囀りつづけるその姿に、勇気を貰う。



「そうよ。婚儀はまだ終わってないけれど、私は。次期王妃」


しっかりしなくちゃ。


こんなことに負けてはいれらない。


私が。私があの直中に行けば、あの敵の方達も少し怯む筈―――



敵が、女性を殺めない紳士であることを祈りつつ、意を決して立ち上がる。


「あなたは、離れていてね。危ないわ」


ヒインコを放して、大声を出すべく息を吸い込んだ。


「止めなさい!!」


叫びながら、勢い込めて一歩踏み出そうとしたら、面前に何かが出現して鼻がぶつかった。


「一体何が―――」


痛む鼻を押さえながら見上げて映ったその懐かしい顔に、視界が滲む。


「貴方は……」


「全く、何をなさるつもりですか。貴女様は困った方ですね」


「アリ……体はもういいの?」


「おかげ様で、この通りです」


そう言いながら沈み込んだアリは、軽々と私を抱え上げた。


……嫌な予感がする。


「待って。私は彼らを止めな――――」


すべて言い終わらないうちに、会場の外に出ていた。


黒いドアの向こうから闘いの音が聞こえてくる。


ヒインコは中に置いてきてしまった。


―――まったく、この世界の殿方は、どなたも―――



「もうっ」


ポカポカとアリの胸を叩いて、責める。


「許可もなく何てことをするの!私は」


「貴女様は!」


手首が掴まれ揺さぶられ、いつにない激しい口調が被さる。


「分かりませんか!貴女様があそこに居続ければ、却って魔王の負担になるのですよ!」


「それでも!あそこにいなくちゃいけないの。私は、彼と共に国を守ると決めたの。生死を一緒にする覚悟も、あるの!お願い、アリ……行かせて」



想いを込めて、端正な顔をじっと見つめる。


儀式を完了させて、彼に本当の魔王になってもらわないと。


この世界は……貴方も……皆も……。


だから―――



「離して!」


「貴女様には、困りましたね……」


懸命に振り解こうと暴れ続けていたら、掴んでいた手首を離してくれた。


「ジーク殿にも“くれぐれも”と頼まれているんですが……」


「中に、大切な友達もいるの。助けなくちゃいけないわ」


「それは、ヒインコですか。確かに、置いてきてしまいました。ですが、彼女ならば大丈夫でしょう」


「彼女?」


アリの語る言葉をオウム返しにしながら、きょろきょろして目に入った物を拾って抱えた。


ちょっと重いけれど、これならば、丁度いい。


きっと、私でも何とかなる。目的が果たせれば、それでいいのだから。


「あぁ失礼しました。失言です、お気になさらぬよう。さて、困りましたね……貴女様は、それを、どうするおつもりですか」


「投げるのよ。邪魔をするのなら、私の決意は固いわ。相手が貴方でも」


出来るだけ低い声を出して凄味を出し、戸惑うアリを睨みつけ、ヨロヨロとしながらも近付いた。


真剣さと迫力が伝わることを願って。


「全く、貴女様には参りますね―――」



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