第7話「極上エビフライと自家製タルタルソース、そして最強の『魔界宅配ギルド』設立」
「お待たせしたな、セラフィナ! 予告通り、今夜のディナーは特大エビフライだ!」
魔王城の壮麗なダイニングルーム。大理石のテーブルに、ザガン様が誇らしげに銀の大皿を置いた。
今日のザガン様は、清潔感のある真っ白なコックコート風エプロンに身を包んでおり、首元に巻かれた赤いスカーフが非常によく似合っている。
「わあ……! 大きい……!」
思わず歓声を上げてしまった。
お皿の上に鎮座していたのは、私の顔ほどの長さはある巨大な有頭エビフライが三本。黄金色に揚げられた衣は、まるで芸術品のように美しく逆立っており、見るからにサクサク感が伝わってくる。
その横には、彩り鮮やかな新鮮野菜のサラダと、こんもりと盛られた特製のソースが添えられていた。
「魔界の深海で獲れた『クラーケン・シュリンプ』だ。身の弾力が普通の海老とは段違いだぞ。そして、このエビフライのために俺が丹精込めて作ったのが、この『特製ゴロゴロ卵のタルタルソース』だ!」
ザガン様は得意げに胸を張った。
「自家製マヨネーズに、茹で卵をあえて粗めに潰して混ぜ込み、ピクルスと玉ねぎのみじん切りをたっぷりと加えた。レモン汁を少し多めにして、揚げ物の重さを中和する爽やかな酸味に仕上げてある!」
「もう、匂いだけで倒れそうです……。いただきます!」
私はフォークとナイフを手に取り、巨大なエビフライに刃を入れた。サクッ! という小気味良い音とともに中から湯気が立ち昇り、プリプリに詰まった真っ白な海老の身が顔を覗かせる。そこにザガン様特製のタルタルソースをたっぷりと乗せ、一口大に切って口に運んだ。
「……っっっ!!!」
サクサクの衣が弾け、次の瞬間、想像を絶する海老の甘みと弾力が口の中で踊り出した。そこに、卵のコクとピクルスの酸味が絶妙に効いたタルタルソースが絡み合う。
決して油っこくなく、むしろいくらでも食べられそうなほどに後を引く美味しさだ。
「おいひいです、ザガン様……! 海老がプリプリで、タルタルソースがシャキシャキしていて……最高の組み合わせです!」
「おおおっ!! 良かった! 海老の背ワタを取るのに老眼鏡が必要になりかけたが、お前のその笑顔が見られたなら、俺の視力が半分落ちても構わないぞ!」
「視力は大切にしてください! でも、本当にこんなに美味しいエビフライは初めてです!」
私は夢中で二本目、三本目と平らげていく。ザガン様は、私が食べる姿を向かいの席に座り、両手で頬杖をつきながら、まるで世界で一番尊い宝物を見つめるかのようにデレデレととろけた表情で見守っていた。
「セラフィナ。お前が美味しそうにご飯を食べている姿を見るのが俺の生きがいだ」
「ザガン様……。ふふっ、ありがとうございます。私も、ザガン様が作ってくださるご飯を食べるのが毎日の生きがいですわ」
冷え切っていた人間界の王宮時代からは考えられない、心も胃袋も満たされる温かく幸せな夜。この幸せな生活を守るためにも、私は明日もバリバリ働くわよ! と、最後のエビフライの尻尾(カリカリで美味しい)を噛み砕きながら、私は密かに決意を新たにしたのだった。
***
翌朝──
朝食の絶品フレンチトーストを堪能した私は、足取りも軽く、魔界臨時・中央政務室へと出勤した。
「おはようございます、ガルディさん。今日の予定は?」
「おはようございます、セラフィナ様! おかげさまで魔蚕糸の輸出は絶好調! ゲヘナの荒野の農地も、地竜の頑張りで作物が順調に育っております。ただ、一つ大きな問題が浮上いたしました」
ガルディさんが、カタカタと骨を鳴らしながら地勢図を広げた。
「物資の流通です。魔王城周辺のインフラは整い始めましたが、魔界は広大です。各地域に物資を運ぶ際、街道に生息する凶暴な魔獣たちに襲われ、荷物を奪われる事件が多発しているのです」
「なるほど。せっかく利益が出ても、それを安全に運べなければ経済は回りませんね。特に被害が多いのはどのあたりですか?」
「ここ、嘆きの渓谷です。ここにはAランク魔獣である『ツインヘッド・ウルフ』の群れが縄張りを作っておりまして……。彼らは非常に獰猛で、群れで連携して襲ってくるため、下級魔族の護衛では太刀打ちできません」
ガルディさんは「やはり討伐軍を組織するしか……」とため息をついた。しかし、私はニヤリと笑って羽ペンを回した。
「討伐なんてもったいない。そんなに強くて連携が取れるなら、彼らを宅配業者として雇いましょう」
「……はい? た、宅配業者、ですか?」
「ええ。魔界全土を網羅する、超高速かつ安全な『魔界運送ギルド』を立ち上げるのよ。双頭の魔狼ほどの機動力と戦闘力があれば、最強の運び屋になるはずだわ!」
私はすぐさまザガン様に声をかけ、再び交渉(という名のお弁当持参ピクニック)に向かうことにした。
***
冷たい風が吹き抜け、荒涼とした岩肌が続く嘆きの渓谷に、私とガルディさん、そしてザガン様の三人は、巨大な岩山の麓に立っていた。
今日のザガン様は、動きやすさを重視した黒のポロシャツに、なぜか『前掛け風のエプロン』をキリッと締めている。まるで屈強な酒屋のお兄さんのような出で立ちだが、その手にはしっかりと巨大なピクニックバスケットが握られていた。
「グルルルル……」
岩陰から、低い唸り声が響き渡る。現れたのは、体長五メートルはあろうかという巨大な狼たち。しかも、一つの胴体に二つの頭を持つツインヘッド・ウルフの群れだった。銀色の毛並みを逆立て、鋭い牙からは涎を垂らしている。その数は数十匹にものぼった。
「ヒィィィッ! セラフィナ様、ザガン様! 完全に包囲されましたぁっ!」
「落ち着いて、ガルディさん。交渉はこれからよ」
群れのリーダー格と思われる、一際巨大な傷だらけの魔狼が一歩前に出た。
「ガァウッ! グルアァァァッ!!(我らの縄張りに何用だ! 食い殺されたくなければ、その美味そうな匂いのする箱を置いて立ち去れ!)」
魔獣の言葉は私には分からないが、威嚇していることだけは痛いほど伝わってきた。しかし、ここで怯むわけにはいかない。私が一歩前に出ようとしたその時──
「……待て、セラフィナ。こいつらは少し行儀が悪いようだ。俺が躾をしてやる」
ザガン様が、私の前にすっと立ちはだかった。前掛けエプロンのポケットから取り出したのは、なぜか巨大な麺棒(パン生地を伸ばすやつ)だった。
「お前ら……。俺の愛する妻が、わざわざこんな僻地まで足を運んでやったというのに、挨拶もなしに牙を剥くとはどういう教育を受けている?」
ズンッ……!!
ザガン様の背中から、空を黒く染め上げるほどの絶望のオーラが立ち昇る。先ほどまで威嚇していた魔狼たちが、その桁違いの威圧感に「ヒンッ!?」と悲鳴を上げて尻尾を巻いた。
「俺は今、非常ーーーに機嫌が悪い。なぜなら、今夜は妻のために『牛スネ肉の赤ワイン煮込み』を作る予定で、早く帰ってアク取りをしなければならないからだ。その貴重な時間を無駄にするというのなら、お前らを毛皮のコートにしてやってもいいが?」
ザガン様が巨大な麺棒を片手でブンッ! と振ると、それだけで突風が巻き起こり、巨大な岩石が真っ二つに割れた。
「キャイィィィンッ!!(ご、ごめんなさぁぁい!!)」
群れのリーダーを含むすべての魔狼が、見事なまでに仰向けになり、腹を見せて完全降伏のポーズをとった。
「……さすがはザガン様。話が早くて助かります」
「ふん。愛する妻の時間を奪う輩は容赦せんからな。さあ、交渉を始めてくれ、セラフィナ」
私は、腹を見せてプルプルと震えているリーダーの魔狼に近づき、そのモフモフの首元を優しく撫でた。
「怖がらせてごめんなさいね。あなたたちはとても足が速そうだし、力もあるわ。私と雇用契約を結ばない? あなたたちの仕事は、この魔界の各都市へ、安全かつ迅速に荷物を届けることよ」
「ク、クゥン……??」
「労働条件は、完全シフト制の週休二日。危険手当も支給します。そしてもちろん……」
私がザガン様に目配せすると、ザガン様はバスケットの蓋を開けた。
「……ふん。まかないとして、俺特製の『魔獣用・超骨付き肉のロースト』を毎日支給してやろう。ただの生肉ではないぞ、十種類のスパイスで一晩マリネし、低温でじっくり焼き上げた極上の逸品だ」
バスケットから漂い始めた、スパイシーで香ばしい、肉の暴力とでも言うべき圧倒的な匂い。その匂いを嗅いだ瞬間、数十匹の魔狼たちの四つの目玉が、すべてハート型に変わった。
「ワォォォォォォォンッ!!(一生ついていきます、社長!! そして料理長ぉぉっ!!)」
荒くれ者の魔狼たちは、涙と涎を撒き散らしながら、歓喜の遠吠えを上げた。
こうして、魔界最速にして最強の警備力を持つ『魔界運送ギルド・ヤマト(仮)』が爆誕したのである。
「素晴らしいわ。これで魔界の物流ネットワークは完璧よ! どの都市にも一日で新鮮な食材や物資が届くようになるわね!」
「流石だ、セラフィナ! お前のその頭脳と統率力、本当に惚れ惚れするぞ! さあ、契約も済んだことだし、急いで帰って赤ワイン煮込みの仕込みをしなければ!」
私とザガン様は、モフモフの魔狼たちに囲まれながら、笑顔で城へと帰還したのだった。
***
その頃──
人間界の王宮・第一王子の執務室では、この世の終わりかのような絶望的な空気が漂っていた。
「……どういう、ことだ……」
アーサー王子は、目の前の信じられない光景に、言葉を失ってへたり込んでいた。彼の目の前──執務室の天井に開いた大穴の下には、ボロボロになって空から降ってきたカエレン副団長と騎士たちが、白目を剥いて倒れていたのだ。
「カエレン……! 貴様、魔王にやられたのか!? セラフィナはどうした! あの女は、泣いて僕に助けを求めていただろう!?」
アーサーが胸ぐらを掴んで揺さぶると、カエレンはうわ言のように呟き始めた。
「……オ、オムライス……。毎朝四時から仕込んだ、とろとろの……特製デミグラスソース……」
「はあ!? 何を言っている!!」
「殿下……。我々は大きな勘違いをしておりました……。セラフィナ様は……残飯など食べておりません。魔王は……魔王は、恐るべき『専業主夫』です……!!」
「しゅ、主夫うぅぅ……!?」
「セラフィナ様は、魔王の手作り料理に囲まれ……お肌もツヤツヤで……王宮にいた頃の百倍美しく、幸せそうに笑っておられました。我々の手紙など鼻で笑われ……魔王の『中華包丁』によって、空の彼方へ吹き飛ばされ……」
カエレンの報告を聞き、アーサーの顔面からサァーッと血の気が引いていく。
(セラフィナが……幸せだと? 悪辣な魔王に虐げられているのではなく、愛され、大切にされているというのか!? 僕という偉大な王子を差し置いて……!)
アーサーの歪んだプライドはズタズタに引き裂かれた。だが、彼を襲う絶望はそれだけではなかった。
「で、殿下ぁぁっ!! 大変です!!」
バンッ! と扉が開き、文官が涙ながらに駆け込んできた。
「隣国から、『交易協定の全面破棄』および『国交断絶』の通達が届きました! さらに、国内の商業ギルドが一斉にストライキを決行し、王都への食糧供給が完全にストップしました!」
「なっ……!?」
「国庫の残高はついにゼロです! 騎士団への給与も払えず、城の警備兵すら逃げ出し始めております! 我が国は……もう終わりです!!」
「いやだーっ!! なんで私のドレスが買えないのよぉぉっ!! アーサー様の役立たずぅぅっ!!」
マリアがヒステリックに叫びながら、執務室の調度品を投げつけ始めた。暴れるマリア、泣き叫ぶ文官、白目を剥く騎士たち。王宮は完全に崩壊の時を迎えていた。
「ああ……ああああ……っ。セラフィナ……戻ってきてくれ、セラフィナぁぁぁっ……!!」
かつて私を不要だと切り捨てたアーサー王子の情けない絶叫が、虚しく王都の空に響き渡る。だが、彼がいくら泣いて叫ぼうとも、私が彼の元へ戻ることは二度とない。
***
「乾杯、セラフィナ。お前の素晴らしい功績と、魔界の輝かしい未来に」
「乾杯、ザガン様。美味しいお料理と、貴方の優しさに」
夜の魔王城。美しい星空が見渡せるバルコニーで、私とザガン様は、温かいホットワインが入ったグラスをチン、と軽く合わせた。
眼下には、魔界の街並みが広がっている。かつては暗く沈んでいた街に、今は明るい魔法の灯りが点り、整備された街道を魔狼の配達員たちが元気に走り回っていた。
「君が来てくれてから、この魔界は見違えるように明るくなった。君は本当に俺の……いや、この魔界の希望だ」
ザガン様が、私の腰を優しく抱き寄せ、真紅の瞳で熱く見つめてくる。エプロン姿の時とは違う、魔王としての圧倒的な色気と、主夫としての深い愛情が入り混じったその眼差しに、私の胸はトクンと高鳴った。
「私の方こそ……。ザガン様が私を信じ、美味しいご飯で支えてくれるから、私は全力を出すことができるんです。私をこのお城に連れ去ってくれて、本当にありがとうございました」
私はそっと背伸びをして、ザガン様の頬に口づけをした。
「……っっ!! セラフィナ……!!!」
ザガン様は一瞬目を見開いた後、顔を真っ赤にして、背中の悪魔の翼をバッサバッサと激しく羽ばたかせた。
「うおおおおっ!! よし! 明日の朝食は、君のために最高級のフルーツをふんだんに使った特製パンケーキタワーを作るぞ! 生地は今から徹夜で寝かせる!」
「ふふっ。楽しみにしていますわ、私の大好きな魔王(主夫)様!」
人間の国が崩壊の音を立てていることなど知る由もなく、私とザガン様は、これからも二人三脚で、この魔界を世界一美味しくて幸せな国に作り上げていくのだ。




