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王子に婚約破棄されたら魔王が降臨して「俺が専業主夫になる!」と求婚してきました  作者: 綾瀬 灯


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第4話「魔界農地改革と、愛妻弁当(サクサクトンカツ)、そして崩壊の足音」

「よし、この三十件の決裁は完了。次は東部開拓地の地質調査報告書を持ってきてちょうだい!」


「は、はいぃぃっ! 直ちにお持ちいたします、セラフィナ様ぁぁっ!」


ドォォォン! と分厚い書類の山がデスクに置かれるや否や、私は猛烈な勢いで目を通し、次々と羽ペンで指示を書き込んでいく。


魔王城の元・大広間──


ここは現在、私が勝手に『魔界臨時・中央政務室』へと改造し、私の執務スペースとして機能していた。


「素晴らしい……! なんという決断スピード、なんという的確な指示……! 私が三ヶ月かけても終わらなかった予算調整が、たったの半日で……!」


魔王軍四天王の一人、不死王《リッチ》のガルディさんが、骨の手を組み合わせて感涙に咽んでいる。徹夜続きで擦り切れていた彼のローブも、心なしか嬉しそうに揺れていた。


「感動している暇があったら手を動かしてください、ガルディさん。現在、魔界の国庫は文字通りすっからかんです。まずは下級魔族たちの飢えをしのぐため、早急に食糧生産の基盤を作らなければなりません」


私は地勢図を広げ、魔王城の南に広がる広大なエリアを指差した。


「このゲヘナの荒野は、日照時間も長く水源も近い。土壌改良さえ行えば、広大な農地になるはずです。問題は……」


「はい……。あそこは土が鉄のように硬く、並の魔族では耕すことができません。おまけに、凶悪な魔獣たちの巣窟となっておりまして……」


「なるほど。なら、現地視察に行きましょう。話はそれからです」


私が席を立つと、ガルディさんは「ええっ!?」と顎の骨を外さんばかりに驚いた。


「き、危険ですセラフィナ様! あそこにはAランク相当の魔獣がウヨウヨと……!」


「大丈夫よ。私には、最強の専業主夫(ボディーガード)がついていますから」


私がふふっと笑うと、タイミング良く執務室の扉が勢いよく開かれた。


「セラフィナ! 弁当の準備ができたぞ! 今日は天気がいいから、外でピクニックランチと洒落込もう!」


そこには、ひよこ柄の黄色いエプロンに身を包み、巨大なピクニックバスケットを抱えた魔王ザガン様が立っていた。背中の悪魔の翼が、お散歩をねだる大型犬のようにバッサバッサと嬉しそうに揺れている。


「ちょうど良かったです、ザガン様! 農地の視察に行きたいので、ゲヘナの荒野でお弁当にしましょう!」


「おお、荒野でピクニックか! ワイルドでいいな、よし行こう!」


神話の化け物である魔王様の手にかかれば、空間転移など朝飯前だった。ザガン様が指を鳴らした瞬間、私たちの景色は一変し、見渡す限りの荒涼とした大地『ゲヘナの荒野』へと移動していた。


「うーん、確かに土がカチカチですね。これでは作物は育ちません」


私がしゃがみ込んで地面の硬さを確かめていると、背後からガルディさんの悲鳴が上がった。


「ヒィィィッ!! セ、セラフィナ様、お逃げください!! 『暴食の地竜(アース・ドラゴン)』です!!」


ズシンッ! ズシンッ! と大地を揺るがし、土煙を上げて巨大な化け物が猛スピードで突進してくる。全長は十メートル以上。全身が岩のような鱗に覆われ、鋭い牙からは涎が滴っていた。人間界の騎士団が百人がかりで挑んでも全滅するという、災厄クラスの魔獣である。


(さすがに大きすぎないかしら……!?)


私が息を呑んだ、その時だった。


「こらぁぁぁっ!! そこで暴れるな、土埃が舞うだろうが!!」


ザガン様が、バスケットをふわりと安全な場所に置くや否や、猛然と地竜の前に立ちはだかった。そして、エプロンのポケットから『巨大な肉叩きハンマー』を取り出し、地竜の硬い鼻っ柱に向かって、


──メゴォォォンッ!!!


と、容赦ない一撃を振り下ろしたのだ。


「ギャンッ!?」


伝説の地竜が、まるで子犬のような悲鳴を上げて地面にめり込んだ。


「いいか! 俺はこれから愛する妻と、揚げたてのトンカツを食べるんだ! 万が一、俺の芸術的なトンカツの衣に砂利が一つでも入ったら、お前を三枚おろしにして生姜焼きにしてやるからな!!」


「キュゥゥン……」


真紅の瞳で睨みつけられ、凄まじい絶望のオーラ(と主夫の怒り)を浴びた地竜は、完全に怯えきって腹を見せ、降伏のポーズをとった。


「……素晴らしいわ」


「えっ? セラフィナ様、今なんと……?」


唖然とするガルディさんをよそに、私は地竜の前に歩み出た。


「ねえ、そこの地竜さん。あなた、そんなに硬い岩の地面を軽々と掘り返して進んできたわよね? とても素晴らしいパワーだわ」


「グルル?」


不思議そうに私を見る地竜の鼻先を、私は優しく撫でた。


「私と雇用契約を結びませんか? あなたのその力で、この荒野を耕してほしいの。労働時間は一日八時間、週休二日制。残業代は全額支給で、福利厚生も完備します」


「グ、グルル……?」


「もちろん、三食のまかない付きよ。メニューは……ザガン様、お願いできますか?」


「ふん。妻の頼みとあらば仕方ない。俺がハンバーグを作ったときに出る野菜の切れ端や、出汁をとった後の極上のスープをたっぷりと混ぜた特製魔獣フードを作ってやろう。人間界の高級フルコースより美味いぞ」


その言葉を聞いた瞬間、地竜の目から滝のような涙が溢れ出した。荒野で常に飢えと戦ってきた魔獣にとって、安全な寝床と、魔王様の手作り料理(まかない)が保証される生活は、まさに夢のような条件だったのだ。


「グオォォォォンッ!!(一生ついていきます、社長!!)」


地竜は猛烈な勢いで地面を掘り返し始めた。その鋭い爪と圧倒的なパワーによって、鉄のように硬かった荒野が、みるみるうちにふかふかの黒土へと変わっていく。


「ふふっ。これで農業の第一歩はクリアね」


「流石は俺の妻だ! 魔獣を言葉一つで手懐けるとはな! さあセラフィナ、土埃が収まったところで弁当にしよう!」


ザガン様がピクニックシートを広げ、重箱の蓋を開ける。そこには、黄金色に輝くトンカツが、山盛りの千切りキャベツの上に美しく並べられていた。


「冷めないうちに保温魔法をかけておいたぞ。特製のすり胡麻ソースをつけて食べてくれ!」


私は促されるままに、一切れ口に運んだ。


「……サクッ、ジュワァァァ……」


(な、なにこれ……!?)


噛んだ瞬間、サクサクの衣が弾け、中から甘くてジューシーな豚肉の旨味が口いっぱいに広がる。お肉は信じられないほど柔らかく、特製ソースの酸味と胡麻の香ばしさが、脂のくどさを完全に中和していた。付け合わせのポテトサラダも、隠し味のマスタードが効いていて絶品だ。


「おいひいです、ザガン様……! これ、本当においひい……!」


「おおっ! もっと食べろ、ご飯も味噌汁もおかわり自由だぞ!」


ほっぺたが落ちそうなほどの美味しさに、私は無我夢中でトンカツを頬張った。ザガン様は私が食べる姿を、まるで宝物を見るかのような優しい目でじっと見つめている。


(ザガン様が、こんなに美味しいご飯を作って私を支えてくれる……。だったら私は、この魔界を絶対に豊かで幸せな国にしてみせるわ!)


美しい青空の下、ふかふかの土に変わっていく大地を見つめながら、私は密かに決意を燃やしたのだった。


***


一方、その頃──


人間界の王宮、第一王子アーサーの執務室では、怒号が飛び交っていた。


「どういうことだ! なぜ先月の税収が半分以下に落ち込んでいる!? それに、隣国との貿易協定の更新書類はどこにある!!」


アーサー王子は、山のように積まれた未処理の書類を前に、目を血走らせて側近たちを怒鳴りつけていた。


「も、申し訳ございません殿下……! それらの管理と手続きは、すべてセラフィナ様が単独で取り仕切っておられましたゆえ、我々ではどこに何の書類があるのか把握できておらず……」


「言い訳をするな! あの女はただハンコを押していただけだろうが! 代わりなど誰にでも務まるはずだ!」


ドンッ! と机を叩くアーサーの横で、彼の新しい婚約者となった男爵令嬢マリアが、泣きそうな声で訴えかけた。


「アーサー様ぁ……。私、もう疲れちゃいました。この書類、数字がいっぱいで全然わかんないですぅ。早くお茶にしましょうよぉ……」


「マ、マリア……。君はもう少し頑張ってくれないか。君はこれからの国を背負う、僕の愛する妃になるんだぞ?」


「でもぉ、セラフィナお姉様は涼しい顔でやってたじゃないですかぁ。アーサー様が手伝ってくれないからダメなんですよぉ」


甘え腐ったマリアの態度に、アーサーはギリッと奥歯を噛み締めた。


(くそっ……! セラフィナめ……!)


これまで、アーサーが優秀な次期国王としてもてはやされていたのは、裏でセラフィナが彼の仕事の9割を完璧にこなし、さらに貴族たちの派閥争いまで見事にコントロールしていたからだった。


彼女が消えてわずか数日、王宮の行政機構は完全にストップし、各地方の領主たちからは不満の声が爆発し始めていた。


「殿下! 緊急事態です!」


そこへ、血相を変えた文官が執務室に駆け込んできた。


「東部の防壁の修繕費が未払いのため、建築ギルドがストライキを起こしました! さらに、北部の魔獣討伐部隊への給与も滞っており、騎士たちが暴動寸前です!」


「な、なんだと!? なぜそんな重要な案件が放置されている!」


「そ、それは……決裁の書類が、その山の底に埋もれているからでして……」


「ええい、直ちに予算を回せ! 予備費があるだろう!」


「予備費は……先週、マリア様への新しい宝飾品の購入と、婚約披露パーティーの準備金として全額引き出されております……!」


「なっ……!?」


アーサーは愕然としてマリアを見た。マリアは「だってぇ、私、未来の王妃様なんですよぉ?」と悪びれる様子もない。


(……もしや、僕は……とんでもない過ちを犯したのではないか……?)


有能すぎる公爵令嬢を冤罪で追い出し、その結果、国が崩壊の危機に直面している。その恐ろしい事実に、アーサーの背筋を冷たい汗が伝い始めた。


「セラフィナ……セラフィナはどこだ! 魔界に連れ去られたあの女を、直ちに奪還するのだ!!」


「む、無理です殿下! あの時、大広間を襲撃した暗殺部隊の精鋭たちも、未だに行方不明のままで……! 今、魔界に攻め込めば、我々が滅ぼされます!」


「ええい、黙れ黙れぇぇっ!!」


かつて私を冷酷に見捨てた男の絶叫が、虚しく王宮に響き渡る。しかし、彼らが私の有能さに気づき、後悔したところでもう遅いのだ。


私は今、最高に優しくてカッコいいエプロン魔王様と一緒に、魔界で幸せな『新婚&お仕事ライフ』を満喫しているのだから。

第4話をお読みいただきありがとうございます!


セラフィナの華麗なる内政手腕と、ザガン様の愛妻トンカツが炸裂しました! 地竜も無事に「ホワイトな職場」に就職です。一方、人間界ではセラフィナを失った王子が早くも詰みかけており、ざまぁ展開の足音が聞こえてきました。次回は魔界の特産品作りがスタート? お腹を空かせてお待ちください!楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、いいね等で応援していただけると執筆の励みになります!よろしくお願いします!

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