EP 9
辺境の村と守銭奴聖女の現物支給。平和な日常と嵐の前の静けさ
ギイ、ギイ、ギイ……。
のどかな平原の一本道を、油切れの自転車のような情けない金属音を響かせながら歩く男が一人。
俺だ。タローマン製『初心者向けガテン系防具セット』を装備した、借金100万の勇者ユートである。
「あー……クソ、足が重い。この鎧、無駄に重いだけで全然関節の動きにフィットしねえ……」
「文句を言わないの。防具の重量は筋トレ代わりになるでしょ? ジムの会費が浮いたと思いなさい」
「お前な、前衛の疲労はパーティの死活問題なんだぞ!」
俺の横を歩く聖女クレアは、タローマン製の撥水エプロンを風に揺らしながら、手元のバインダー(家計簿)に何やらカリカリと書き込んでいる。
「ユート、お前さんの歩き方は無駄が多い。膝のバネを使え。それと、鎧の継ぎ目に少し油を差しておけ、音がデカすぎて魔獣に『俺はここだ』って宣伝して歩いてるようなもんだぜ」
俺の後ろから、呆れたような声が降ってきた。
エルフの魔導狙撃手・ウィスタだ。彼は長銃身の魔導ライフルを肩に担ぎ、ポポロシガレットの煙をくゆらせながら、全く足音を立てずに歩いている。
「ウィスタの言う通りよ。次からはアンタの鎧の油代も経費から天引きするわね」
「鬼か! 俺の取り分がどんどん減っていく……!」
そんな世知辛い道中を経て、俺たち三人はルナミス帝国の辺境にある小さな農村――『リモ村』へと辿り着いた。
リモ村は、俺の生まれ故郷である『勇者の村』によく似た、太陽芋の栽培を主産業とするのどかな集落だった。
しかし、村の入り口では、農具を持った村人たちが暗い顔をして集まっていた。
「……ん? どうしたんだ?」
俺たちが近づくと、村の長らしき白髪の老人が、俺の腰の剣(安物だが)とクレアの十字紋章を見て、パッと顔を輝かせた。
「おお! 冒険者の方、いや、勇者様と聖女様ですかな!? 助かりました、どうか我々の村を救ってくだされ!」
「え、あ、はい。どうしました?」
「実はここ数日、村の裏山に『ロックボア(岩のような皮膚を持つ猪の魔獣)』の群れが住み着きましてな。夜な夜な畑を荒らされておるのです。このままでは今年の太陽芋の収穫が……!」
老村長は涙ながらに訴えかけてきた。
俺は太陽芋農家の三男坊だ。収穫直前の畑を荒らされる農家の絶望感は、痛いほどよく分かる。
「任せてください! 俺たちがそのロックボアを蹴散らして――」
俺が胸を叩いて引き受けようとした瞬間。
クレアがスッと前に出て、俺の顔面をバインダーでペチッと叩いて遮った。
「お困りのようですね、村長さん。私たち『ディスパーダ・パーティ』は、迅速かつ確実な討伐をお約束します。――で、依頼料はおいくら出せますか?」
「お、おいクレア。こんな貧しい村から……」
「黙ってなさい(小声)。ボランティアじゃNISAの元本は増えないのよ。いい? 情けでタダ働きすると、他の冒険者の相場(価格破壊)に繋がって、結果的にギルド全体の首を絞めるのよ。経済の基本でしょ」
前世で経営学部だった俺の古傷を抉るような正論を小声で叩きつけられ、俺は沈黙した。
村長は申し訳なさそうに、古びた革袋を差し出した。
「お恥ずかしながら……村のなけなしの金を集めても、銅貨20枚(2000円)しかご用意できず……」
その額を聞いて、クレアは「ふむ」と顎に手を当てた。
「銅貨20枚。討伐の相場からすると大赤字ですね」
「そ、そこを何とか……!」
「ですが、安心してください。現金が足りないなら『現物支給』で補填するプランをご提案します」
クレアはバインダーをめくり、すらすらと条件を提示し始めた。
「まず、討伐したロックボアの素材(魔石、毛皮、牙)の所有権は100%こちらが頂きます。それに加え、村で備蓄している『太陽芋』を大袋で3つ。さらに、討伐完了までの間、村の空き家での『無料宿泊』と『食事の提供』。……これなら、村の現金を圧迫せずに依頼が可能ですが、いかがですか?」
村長はキョトンとした後、「そ、それだけで良いのですか!? ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。
「交渉成立ね。ユート、ウィスタ。仕事よ」
「……お前、マジで商人の才能あるよ」
俺が呆れ半分、感心半分で呟くと、後ろでウィスタがフッと笑った。
「悪くねぇ交渉だ。ロックボアの肉は少し硬いが、煮込めばいいダシが出る。食費が浮く上に、肉の解体・運搬の手間も村人が手伝ってくれるんだろ? 完璧な利ザヤだな」
すっかり意気投合している後衛二人をよそに、俺は村の子供たちに囲まれていた。
「おにいちゃん、勇者なの!? すっげー!」
「その鎧、ギイギイ鳴っててかっこいいー!」
「剣触らせてー!」
子供たちの無邪気な瞳に、俺は少しだけ頬を緩めた。
前世で居酒屋のシフトリーダーをしていた時、休日に公園で遊ぶ子供たちを見て、「俺もいつか、あんな風に笑って過ごせる日が来るのかな」なんて柄にもないことを考えた記憶が蘇る。
(……悪くねえな)
俺の心の奥底で、ユニークスキル【ブレイブ】がほんのわずかに脈打った気がした。
打算ではなく、ただ「この笑顔を守りたい」と、そう思えたから。
「よーしお前ら! 勇者ユートお兄さんが、裏山のイノシシなんてサクッと丸焼きにしてやるからな! 待ってろよ!」
「わーい! おにいちゃんがんばれー!」
平和な村。純朴な人々。
ここでの仕事は、ちょっとしたお小遣い稼ぎと、美味しい太陽芋のシチューで終わるはずだった。
――そう、この時までは。
村から少し離れた森の奥。
禍々しい魔力の気配と共に、大量の魔物たちを意図的に村へと誘導している『悪意』が、すぐそこまで迫っていることに、俺たちはまだ気づいていなかった。




