EP 10
仕組まれた悲劇。ヤラセ炎上配信の幕開けと、偽勇者の火種
「……美味い! なんだこれ、めちゃくちゃ美味えぞ!」
リモ村から提供された空き家。
その囲炉裏端で、俺は木組みの椀に盛られたシチューを夢中で掻き込んでいた。
昼間のうちにサクッと仕留めた『ロックボア』の肉と、村から前借りで提供された『太陽芋』。
それを聖女クレアが手際よく煮込んだ特製シチューだ。ロックボアの肉は少し硬いが、噛み締めるほどに強烈な旨味が溢れ出し、ホクホクの太陽芋がそれを優しく包み込んでいる。
「ふふん。当然でしょ。私は実家の米麦草農家で毎日自炊してたんだから」
クレアは得意げにふんぞり返りながら、自分の分のシチューを上品に口に運んだ。
「それに、勇者が栄養失調で倒れたら私の1億円がパーになるからね。外食や教会の回復魔法に頼るより、自炊で最高の栄養価を叩き出すのが一番のコストカットよ」
「お前のその金第一主義なところ、時々マジで引くけど……このメシの美味さには文句言えねえわ」
縁側に腰掛け、食後のポポロシガレットを吹かしていたウィスタも「確かに、悪くねぇ味だ」と珍しく褒めた。
彼は愛用の古びたハーモニカを取り出し、静かな夜の空気を撫でるように、ぽつぽつと吹き始める。
腹も膨れ、明日の残りの討伐に向けて英気を養う。
昼間に話しかけてきた村の子供たちの無邪気な笑顔を思い出しながら、俺はタローマン製の鎧の継ぎ目に、クレアから渡された安い油をちびちびと差していた。
「平和だなァ……」
――俺がそう呟いた、まさにその直後だった。
ピタリ、と。
ウィスタのハーモニカの音が止まった。
「……ウィスタ?」
「火を消せッ!!」
エルフの鋭敏な聴覚と、狙撃手としての異常な危機察知能力。
ウィスタがタバコを床に叩きつけて踏み消した瞬間、村の入り口の方角から、鼓膜を突き破るような大爆発音が轟いた。
ドッゴォォォォォォォンッ!!!
「なっ!? なんだ!?」
「地震か!?」
俺とクレアが跳ね起きる。
空き家の窓から外を見ると、のどかだった村の入り口の防護柵が木端微塵に吹き飛び、真っ赤な炎が夜空を焦がしているのが見えた。
「おいおいおい……ロックボアの襲撃ってレベルじゃねえぞ! なんだあの爆発は!」
混乱する俺たちをよそに、村の悲劇はすでに『仕組まれた台本』通りに進行していた。
――数分前。リモ村を見下ろす小高い丘の上。
「くくっ……良い夜だ。風向きも申し分ない」
輝く聖なる鎧に身を包んだイケメン勇者、ゼロス・ディバインは、眼下に広がる平和な村を見下ろしながら、酷薄な笑みを浮かべていた。
彼は懐から『陽薬草茶(特濃)』の小瓶を取り出し、一気に煽る。ドクンッ、と【マネー(課金)】スキルによって底上げされた暴力的な魔力が、偽物の肉体を駆け巡る。
「さて、ワイズ様が用意した『主役たち』は到着しているかな?」
ゼロスが視線を向けた暗い森の奥。
そこには、ネフィリムの剣士ミラースが立っていた。
ミラースは手にした妖刀『哭刀』からドス黒い闇魔法の波動を放ち、森の奥深くから凶悪な魔獣たちを強制的に駆り立てていたのだ。
ロックボアなどではない。凶暴な『マッド・グリズリー』や、炎を吐く『ヘルハウンド』といった、辺境の村には絶対に現れないはずの高ランク魔獣の群れである。
(……神の道化め。今はいいように使われてやるが、最後に哭刀の錆となるのは貴様らだ)
ミラースは冷たい目でゼロスを睨み上げると、闇魔法のタクトを振り下ろした。
それを合図に、狂乱状態の魔獣の大群が、リモ村へと雪崩を打って突撃を開始する。
「さぁ、哀れなエキストラたち。最高の悲鳴を聞かせてくれ。視聴者の財布の紐を緩めるためにね!」
ゼロスは白々しい笑みを浮かべ、伝説のオリハルコンソードを引き抜いた。
そして、逃げ惑う村人たちの『退路を塞ぐ』ように、村の入り口の防護柵に向かって、高出力の炎魔法を放ったのである。
――ドッゴォォォォォォォンッ!!!
ゼロスの放った魔法が着弾し、村の入り口は瞬く間に火の海と化した。
これで村人たちは逃げ場を失い、村の中に流れ込んできた魔獣の群れに蹂躙されるしかない。
「あぁ、素晴らしい! もっと燃えろ! もっと叫べ! 地獄の釜の底で絶望しきったお前たちを、この俺が『ギリギリのタイミング』で救ってやるからな!」
ゼロスは、狂気に満ちた瞳で燃え盛る村を見下ろし、自分が颯爽と登場するタイミングを、今か今かと待ち構えていた。
「ギャアアアアッ!?」
「助けて! 誰か助けてくれぇっ!!」
窓の外から聞こえてくるのは、紛れもない阿鼻叫喚だった。
俺はタローマン製の鉄剣を引っ掴み、空き家の扉を蹴り開けた。
「ユート! 待ちなさい、状況が分からないわ!」
「待てるか! 昼間、俺に笑いかけてくれたガキ達が外にいるんだぞ!」
外に飛び出した俺の視界に飛び込んできたのは、地獄だった。
燃え盛る家屋。
逃げ惑う村人たち。
そして、その背中を追い回す、巨大なマッド・グリズリーとヘルハウンドの群れ。
「ウソだろ……ロックボアだけじゃなかったのかよ!」
「……違うな」
俺の隣に並び立ったウィスタが、魔導ライフルのスコープを覗き込みながら、氷のように冷たい声で吐き捨てた。
「奴らの目を見ろ。魔法で強制的に『狂化』させられてる。それに、入り口の爆発跡……あれは明らかに、高威力の『炎魔法』による意図的な破壊だ」
「意図的……? つまり、誰かが村を焼くために、わざと魔獣をけしかけたってのか!?」
「ああ。最高に胸糞悪い野郎が、この近くにいるぜ」
ウィスタはライフルのボルトをガシャッと引き、装填した。
「グルルルルッ!!」
会話の隙を突き、家屋の屋根から一体のヘルハウンドが俺たちに向かって飛びかかってきた。
鋭い牙が、俺の喉笛に迫る。
「危ないっ!!」
俺が剣を構えるより早く。
純白の撥水エプロンを翻し、クレアが俺の前に飛び出した。
「バリアあああああッ!!」
バチィィィンッ!!
クレアの周囲3mに展開された一億ボルトの雷撃バリアに激突し、ヘルハウンドは空中で黒焦げになって弾け飛んだ。
「油断しないでユート! 相手の数が多すぎるわ! 完全に囲まれてる!」
クレアの叫び声にハッと周囲を見渡すと、炎の向こうから、目を真っ赤に血走らせた魔獣たちが次々とこちらへ向かってくるのが見えた。
「……上等だ」
俺はギリッと奥歯を噛み締め、ギイギイと鳴るタローマン製の剣を強く握り直した。
誰がこんなふざけたマネをしたのかは知らない。
だが、あのクソ女神に騙されてどん底からスタートした俺からすれば、理不尽なんてものは日常茶飯事だ。
「クレア、ウィスタ! 行くぞ! 村人たちを助ける!!」
俺の怒声と共に、仕組まれた絶望のステージで、想定外の役者(俺たち)によるイレギュラーな死闘の幕が切って落とされた。




