EP 8
【閑話】札束で殴る課金勇者。世界を救うための『完璧なヤラセ計画』
「……ふぅ。カメラが回っていないと、肩が凝って仕方ないな」
ルナミス帝国の超高級ホテル、最上階のスイートルーム。
輝くような金髪に、彫りの深い顔立ち。そして何より、暗闇でも発光しそうなほど眩しい『純白の歯』を持つ男――ゼロス・ディバインは、重厚な革張りのソファに深く腰を沈めた。
彼は聖なる鎧の留め具を外し、最高級のポポロシガー(葉巻)に火をつける。
紫煙を深く吸い込み、そして、床の最高級絨毯の上に、吸い殻を平然とポイ捨てして革靴で踏み躙った。
「清く正しく美しい勇者、ね。反吐が出る。……痛っ!」
ゼロスは顔をしかめ、傍らに置いてあった『陽薬草茶(特濃エナジードリンク仕様)』の瓶を煽り、一気に飲み干した。
ドクン、ドクンと、心臓が不自然な動悸を打っている。
彼の装備は完璧だ。
神聖なる白銀の鎧、魔法を弾くミスリルマント、そして伝説の鉱石で打たれたオリハルコンソードにシールド。どれも、国が一つ買えるほどの国宝級アイテムである。
しかし、その中身(肉体)は、ただの凡人以下の貧弱な青年に過ぎない。
イケメンな顔立ちも、眩しい白い歯も、すべて高額な『魔法美容整形』と『魔法ホワイトニング』によって作られたフェイク(偽物)なのだから。
『――やあ、ゼロス君。一服中のところ申し訳ない』
部屋のテーブルに置かれた魔導通信石から、炎上神ワイズの軽薄な声が響いた。
「ワイズ様か。ちょうどよかった、陽薬草茶のストックが切れそうだ。また俺の口座に【マネー】を振り込んでおいてくれないか? このスキルの反動は、どうにも肉体に堪えるんでね」
ゼロスの持つユニークスキル【マネー】。
それは、口座に資金(神からの予算やスパチャ)が振り込まれ、それを消費すればするほど、自身の全ステータスが神の領域まで跳ね上がるという、極悪非道な『Pay to Win(課金バフ)』スキルである。
だが、金で買ったステータスには「魂」が伴わない。
勇気や愛といった精神的な器がないまま、無理やり筋力や魔力をカンストさせるため、ゼロスの肉体は常に崩壊の危機に瀕している。陽薬草のエナジードリンクをガブ飲みしなければ、まともに歩くことすらできないのだ。
『追加の予算はいくらでも出しますよ。……ただし、次の仕事(配信)できっちり数字(PV)を稼いでくれれば、ですがね』
通信石越しのワイズの声が、一段と低く、そして邪悪に響く。
『実は、予定していた魔王軍の幹部たちがポンコツすぎて、まったく使い物にならなくてですね。……ゼロス君、君自身の手で、ちょっとした【マッチポンプ】をやってもらえませんか?』
「マッチポンプ……俺が自分で火をつけて、自分で消火(討伐)しろと?」
『ええ。私が裏で手を回して、野心家の魔族【ミラース】が操る魔物の群れを、辺境の村へ誘導します。村をいくつか焼かせ、逃げ惑う人々の絶望をたっぷりとカメラに収めた後……君が颯爽と現れるのです』
ワイズの提案に、ゼロスはニヤリと口角を上げた。
『もちろん、すぐに助けてはいけませんよ? 何人か死人が出て、村人の悲鳴が最高潮に達した瞬間こそが、最も視聴者(神々)からのスパチャが飛ぶタイミングですから』
「くくっ……あはははっ! さすがはワイズ様だ。分かっているよ、俺の魔法で退路を塞ぎ、悲劇のステージを完璧に演出してやる」
ゼロスにとって、名もなき村人など、自分が輝くための舞台装置でしかない。
「犠牲者が出るのは痛ましいが……これも『世界平和』のためだからな。俺たちがPVを稼げば神々から予算が下りて、結果的に世界は潤う。数人の犠牲で多数が救われる。これぞ究極の正義、というやつさ」
『素晴らしい解釈です。では、ターゲットの村の座標を送ります。頼みましたよ、我らが希望の勇者殿』
通信が切れ、ゼロスは立ち上がった。
鏡の前に立ち、乱れた金髪を整える。
「さて……お仕事(正義の味方)の時間だ」
ゼロスは懐から『強力・魔法口臭スプレー』を取り出し、ポポロシガーの匂いを消すために、喉の奥まで大量に噴射した。
ミントの香りで全身を偽装し、完璧な作り物の笑顔を鏡に向かって作ってみせる。
「待っていてくれ、哀れな子羊たち。この俺が、最高のタイミングで救ってやるからな……!」
狂った炎上神と、金で強さを買った偽勇者。
彼らの底なしの悪意の矛先が、偶然にも辺境の村へ向かっていたユートたちの運命と激突しようとしていることを、この時のゼロスはまだ知る由もなかった。




