EP 5
野郎とダンスは御免だ。世界樹を追放された『弾丸の魔術師』
「修理費、銅貨5枚(500円)になります」
「ううぅ……俺の血と汗の結晶が……」
ルナミス帝国の裏路地にある薄暗い酒場。
その片隅のテーブルで、俺はタローマン製の鉄剣(修復済み)を抱きしめながら、財布から消えていった銅貨の痛みに涙していた。
「泣いてないで次を探すわよ。いい? 私たちの目的はあくまで『効率的な資金稼ぎ』よ。前衛のアンタが刃こぼれを気にして火力を落とせば、討伐時間が長引く。そうなれば私のバリアの展開時間も増えて、NISAに回す利益率が下がるわ」
「お前の経理、シビアすぎないか……? だったら新しい武器を買ってくれよ」
「却下。初期投資は最小限に抑えるのがビジネスの基本よ。だから、遠距離から敵の体力をゴリゴリ削ってくれる、安上がりで優秀な『後衛の狙撃手』をスカウトするの」
クレアはルチアナ教会の聖女らしからぬ冷徹な目で、酒場にたむろする冒険者たちを値踏みし始めた。
ここには色々なワケありの連中が集まっている。
だが、俺の安物装備とクレアの作業着エプロン(見た目は聖女)というちぐはぐなコンビを見ると、誰もが関わり合いを避けて視線を逸らした。
そんな中、酒場の奥のカードテーブルで、一悶着が起きていた。
「てめえ! イカサマしやがったな、この耳長野郎ッ!!」
オークの血を引く巨漢の荒くれ者が、テーブルを激しく蹴り飛ばした。
その対面に座っていたのは、長身痩躯の男。
とがった長い耳と、美しい金糸の髪。間違いなく、森の奥深くに住むと伝わる神秘の種族――『エルフ』だった。
だが、そのエルフは俺の想像する「自然を愛する菜食主義者」とはかけ離れていた。
「……ハァ。イカサマだと? 自分の脳みそが足りねえのを、手品のせいにするなよ」
男は面倒くさそうに頭を掻きながら、口にくわえていた『ポポロシガレット(紙巻きタバコ)』の煙をふぅっと吐き出した。
テーブルには飲みかけの芋酒のグラスと、綺麗に揃えられたトランプの山。
「ぶっ殺してやるッ!」
激昂した巨漢が、丸太のような腕でエルフの男に掴みかかろうとする。
(危ない!)と俺が立ち上がりかけた瞬間。
エルフの男は、立て掛けてあった長銃身の『魔導ライフル』を足先で跳ね上げ、手元に引き寄せた。
そして、流れるような体術(CQC)の動きで巨漢の懐に潜り込むと、ライフルの重厚な銃床を、巨漢の顎の先端に容赦なくカチ上げた。
「ガッ……!?」
「悪いが、野郎とダンスをする趣味はないんでね」
巨漢は白目を剥いて、ドスーンと床に沈んだ。
エルフの男はシガレットの灰を床に落とすと、何事もなかったかのように魔導ライフルを肩に担ぎ直した。
「……見つけたわ」
隣で見ていたクレアの目が、獲物を見つけた投資家のようにギラリと光った。
「ちょっと待てクレア! あいつ絶対ヤバい奴だろ! エルフのくせにタバコ吸って酒飲んでギャンブルしてるぞ!」
「だから良いんじゃない。あんなスレたエルフ、どうせ正規のギルドじゃ浮いてるわ。しかもあの体術……魔法狙撃手でありながら接近戦もいける。これ以上ないほどの『コストパフォーマンス』よ」
クレアは俺の首根っこを掴むと、ずんずんとエルフの男のテーブルへ向かっていった。
「そこのエルフのお兄さん。ちょっとお話いいかしら?」
「……ん? なんだ、教会への寄付なら他を当たってくれ。今日の勝ちは全部酒代に消える予定なんでね」
男は琥珀色の瞳で、俺たちを胡散臭そうに見つめた。
「タローマンの安物剣を下げたガキに、作業着エプロンの偽聖女? ……あんたら、何かの喜劇一座か?」
「失礼ね。私たちは魔王を倒して1億円の懸賞金を狙う、超現実主義パーティよ。私はクレア、こっちの借金持ちが勇者ユート」
「……勇者? この安物装備でか?」
「そうだ! 借金100万背負ってて、払えなきゃマグローザ漁船行きなんだよ! だから稼ぐために、遠距離から魔獣を削ってくれるスナイパーを探してる!」
俺がヤケクソ気味に叫ぶと、男は少し目を丸くし、やがて「くっ、くくっ……はははっ!」と肩を揺らして笑い出した。
「借金100万でマグローザ行き? そいつは傑作だ。勇者サマも世知辛いもんだな」
「笑い事じゃねえよ! ……アンタ、名前は?」
「ウィスタだ。見ての通りエルフだが、森の息苦しさに耐えきれなくてな。飲む・打つ・買うをコンプリートしてたら、世界樹を追放された、しがないハミ出し者さ」
ウィスタは、懐から取り出した『ポポロ・コーヒーキャンディ』を口の中に放り込み、魔導ライフルを軽く叩いた。
「俺の武器はこいつだ。俺の魔力を弾丸に込めて撃ち出す。通常弾から炎、氷、雷、麻酔……何でもござれだ。だが、俺を雇うなら一つだけ忠告しておくぜ」
ウィスタの琥珀色の瞳が、スッと冷たい光を帯びた。
「俺は、愛だの勇気だの、風呂敷を広げて『世界を救う』なんて妄言は吐かねえ。現実はな、自分の手の中の範囲内でしか助けられないんだ。だから俺は、絶対に無理はしないし、無茶も嫌いだ」
「……」
「だが――一度俺の手の中(射程内)に収めた奴は、必ず守る。撃つべき瞬間、俺は絶対にミスを犯さねぇ。……そういう契約なら、乗ってやってもいいぜ」
その言葉を聞いて、俺は前世の記憶を思い返していた。
人手不足の居酒屋でシフトリーダーをやっていた時。店全体(世界)を完璧に回すことなんて不可能だった。クレームも出たし、店長には怒られた。
だけど、同じフロアで一緒に汗を流す後輩(手の届く範囲)だけは、絶対に庇って守り抜いた。あの時、酔っ払いの酒瓶から後輩の女の子を守ったように。
「……いいぜ。アンタの流儀、俺の前世のバイト時代とそっくりだ」
「前世? バイト? ……変なガキだな」
「報酬は利益の30%でどう? 弾丸はアンタの魔力依存だから経費はゼロ換算でいくわよ。その代わり、野営中の食事は私が完璧に栄養管理してあげる。……ポポロシガレットの支給も込みでね」
クレアがすかさず条件を提示すると、ウィスタは「悪くない」とニヤリと笑った。
「交渉成立だ、おっかない聖女サマと借金勇者サマ。俺の射程と手札、せいぜい上手く使いこなしな」
こうして。
100万の借金を背負う社畜勇者、NISAでFIREを目指す脳筋物理聖女、そして酒とタバコを愛するアウトローエルフという、アナステシア世界で最も神の教えから遠く離れた、異端のパーティが完成したのである。




