EP 4
防御力無限=攻撃力無限。脳筋聖女の資本主義パンチと刃こぼれの剣
ルナミス帝国の城壁から少し離れた、緑豊かな平原。
現在、俺とクレアは冒険者ギルドから請け負った『はぐれオーク3体の討伐(報酬:銀貨2枚)』という初心者向けの依頼をこなしていた。
「――っらァ!!」
俺は気合いと共に、タローマン製の鉄の剣をオークの分厚い皮膚に叩き込む。
しかし、ガキィィン!という鈍い音と共に、剣は弾き返されてしまった。
「うおっ、硬ぇ!? マジで力が入らねえ……!」
俺のステータスは現在、最底辺で底這いしている。
ユニークスキル【ブレイブ】は、民衆の『支持(好感度や知名度)』に比例して強くなるインフルエンサー仕様だ。
誰も見ていない平原のど真ん中で、無名の農家出身(借金持ち)が剣を振るったところで、ステータスへのバフはゼロ。完全に俺自身の基礎筋力のみで戦わなければならない。
「ブギィィィッ!!」
オークが丸太のような腕を振り回してくる。
俺は前世の居酒屋バイトで培った『酔っ払いのゲロを回避するステップ(通称:シフトリーダーの捌き)』で辛くも直撃を避けたが、防具の継ぎ目がギイギイと悲鳴を上げていた。
「ちょっとユート! 何をモタモタしてるのよ! 討伐にかけるタイムパフォーマンスが悪すぎるわ!」
「無茶言うな! 俺のスキルはギャラリーがいねえとただの無能力なんだよ!」
「チッ、使えないわね。下がってなさい、私が『防御の本当の使い方』を見せてあげるわ」
後衛で待機していたはずの聖女クレアが、純白の撥水エプロンワンピースを翻して前に出た。
「おいクレア! お前は回復職だろ、前に出たら……!」
俺の制止を無視し、クレアはオークの懐へと無防備に飛び込んだ。
オークが「愚かな人間め」とばかりに、巨大な棍棒をクレアの頭上から振り下ろす。
直後。
クレアの周囲に、バチバチと紫電を纏う『半透明の球体バリア』が展開された。
――ガガァァァァンッ!!
棍棒がバリアに触れた瞬間、雷鳴のような轟音が響き渡る。
オークの棍棒は一瞬で炭化して消し飛び、オーク自身も「ブベェッ!?」と白目を剥いて吹き飛んだ。
「え……?」
「ユニークスキル【シールド】よ。私の周囲3mにいかなる攻撃も通さない無敵のバリアを展開し、さらに表面に『一億ボルトの電流』を流すの」
「一億ボルトぉ!?」
振り返ったクレアは、聖女らしからぬ獰猛な笑みを浮かべていた。
「でも、これじゃただのカウンターでしょ? だから私はこうやって使うのよ」
クレアは両手を胸の前に構えると、周囲3mの巨大なバリアを一気に圧縮し始めた。
半透明の球体がみるみるうちに小さくなり、最終的に彼女の両拳の表面、わずか数ミリの隙間にピッタリと張り付いた。
紫電がバチバチと弾ける、文字通りの『シールド・メリケンサック』の完成である。
「無敵の硬度と一億ボルトの雷撃……つまり防御力が無限ってことはね、そのまま最強の攻撃力に変換できるのよ!!」
残る2体のオークが怒り狂って突進してくる。
クレアは迎撃の構えをとると、大地を蹴ってオークの顔面へと跳躍した。
「喰らいなさい! バリア! バリア! バリアああああッ!!」
ドッ、バチィィィンッ!!
クレアの拳がオークの顎にクリーンヒットした瞬間、一億ボルトの電流がゼロ距離でオークの体内に流し込まれる。
「アバババババッ!」と全身の骨を透けさせながら感電したオークは、そのまま黒焦げになって大地に沈んだ。
「……すげえ。聖女ってなんだっけ」
「感心してないでアンタもトドメ刺しなさい! 私のバリアは重い一撃を受けると、質量でこっちが吹き飛ばされちゃう弱点があるのよ!」
クレアが叫ぶと同時に、最後のオークが怒号を上げて俺に突っ込んできた。
クレアの言う通り、無限の防御力を持つとはいえ、相手の質量(突進力)そのものは殺しきれないらしい。
「分かった! お客様! 激辛ファイヤーのお時間です!」
俺は居酒屋テンションで叫びながら、タローマン製の鉄の剣に己の『闘気』と『雷魔法』を限界まで流し込んだ。
前世のシフト管理で培った、無駄のない動線確保。
雷撃による麻痺効果と、闘気による肉体強化。俺自身の魔力適性は悪くない。
「消し飛べ……! 『ライトニング・ブレイク』!!」
雷光を纏った一閃。
俺の体が矢のように弾け飛び、オークの巨体を斜めに一刀両断した。
ズシン、とオークの上半身が崩れ落ち、完全な沈黙が平原に訪れる。
「ふぅ……なんとかなったな」
「お疲れ様、ユート。初陣にしては悪くないタイムね。さ、さっさと魔石と素材を回収するわよ。オークの牙は商業ギルドで銅貨3枚で売れるんだから」
戦闘が終わるや否や、クレアは経理担当の顔に戻り、手際よくオークの素材を剥ぎ取り始めた。本当にブレない女だ。
俺は安堵の息を吐きながら、自分の剣を鞘に収めようとして――その刀身を見て、絶叫した。
「ああっ!? 剣が刃こぼれしてるぅぅッ!!」
タローマン製の安物の鉄剣に、高出力の闘気と魔法を無理やり流し込んだせいで、刃の真ん中がボロッと欠けていたのだ。
「マジかよ……これ研ぎ直すのに銅貨5枚(500円)は取られるぞ! 今回の依頼の報酬が銀貨2枚(2000円)なのに、利益率悪すぎだろ!」
「チッ。前衛が自損事故起こしてどうすんのよ。……これじゃランニングコストが嵩んで、私のNISAの元本が貯まらないじゃない」
クレアは血まみれの牙を袋に詰めながら、舌打ちをした。
「仕方ないわね。このままじゃ武器の修理費で破産よ。遠距離から敵を削ってくれる、安上がりで優秀な『後衛の狙撃手』を探すわよ」
「そんな都合のいい奴、すぐに見つかるかよ……」
俺が頭を抱えながら平原の空を仰いでいた頃。
帝都の裏路地にある酒場で、一人のエルフが「野郎とダンスはしねえ」とボヤきながら、魔導ライフルの手入れをしていることを、俺たちはまだ知らなかった。




