EP 16
命の防衛費と守銭奴同士の激突。そして出会う『パンの耳』を食う人魚姫
「一日につき、銀貨10枚(約1万円)の滞在税……ですって?」
クレアの表情から、一切の感情が抜け落ちた。
彼女はゆっくりとバインダーを下ろし、目の前でチャカチャカと魔導算盤を弾いている猫耳族の男を、親の仇のような目で見据えた。
「ええ、そうですわ。お一人様につき、銀貨10枚。三人で一日・金貨3枚(約3万円)のポッキリ価格でっせ」
男はキセル(煙管)を吹かし、コテコテの関西弁でニヤリと笑った。
首元には商業ギルドの『ゴールドランク』を示す輝かしいバッジが光っている。
「ワイはゴルド商会所属、このポポロ村の財務担当をしとる『ニャングル』や。よろしゅうな、借金勇者ハンに、偽聖女ハン」
「偽とは失礼ね! ルチアナ教会認定の正規ライセンスよ! それより、一日1万円なんて法外なぼったくりでしょ!? 帝都の超高級ホテル並みの値段じゃない!」
「チッチッチッ」
ニャングルはキセルを振り、クレアの抗議を鼻で笑った。
「あんさんら、自分らの『市場価値』を分かっとらんようやな。あんさんらは今、ルナミス帝国全土から追われとる『特級の極悪人』や。……その三人を村に匿うっちゅうことは、ワイらは帝国軍と全面戦争するリスクを背負うっちゅうこっちゃ」
ニャングルの猫特有の動体視力が、俺たちの装備の消耗具合や、筋肉の疲労度を完璧に値踏みしている。
「帝国軍のカノン砲や魔導戦車を弾き返す『魔導防衛フィールド』の維持費。追手を追い払うための外交交渉費。それらをひっくるめた『命の防衛費』や。……むしろ、銀貨10枚は赤字覚悟の大サービスやで?」
「……ッ」
クレアがギリッと奥歯を噛み締めた。
反論できないのだ。前世が経営学部の俺にも分かる。国(帝国)という巨大な暴力から身を守るための『セキュリティ代』と考えれば、一日1万円などタダみたいなものだ。
「……売り手市場の完全な独占契約。足元を見られてるわね。クソッ、資本主義って嫌いよ」
「毎度あり。ま、払えんのやったら、ゲートの外の帝国兵に突き出すだけやけどな。ほな、あんさんの全財産、ショートさせてもらいまっせ?」
「おいおい、待ってくれよ!」
俺は慌ててニャングルとクレアの間に割って入った。
「俺たち、今は無一文なんだよ! 村を焼かれた時に、依頼の報酬の太陽芋も全部置いてきちゃったからな! せめて稼ぐための『猶予』をくれないか!」
「……しゃあないなぁ。ほな、村の雑用や国境沿いの魔物討伐を斡旋したる。そこからピンハネ……ゲフン、天引きの分割払いで勘弁したるわ」
「お前、今ピンハネって言ったよな!?」
ニャングルのえげつない経済封鎖の前に、俺たち底辺パーティは完全に首根っこを掴まれてしまった。
ルチアナの100万の借金の上に、ポポロ村への日々の滞在税。俺の借金ダルマ生活は、さらに加速していく。
「もーっ! ニャングル、あんまり新規の村民さんを苛めちゃダメですよ!」
俺たちが絶望していると、村長のキャルルがほっぺたを膨らませてニャングルをポカポカと叩いた。
「とりあえず、お腹空いてるでしょ? 私のお家で朝ごはんにしましょう! 手作りサンドイッチと、野菜ジュースをご馳走しますから!」
「ああっ、村長! 女神に見える! いやルチアナよりよっぽど本物の女神だ!」
俺たちはキャルルの天使のような提案に涙を流し、彼女の案内で村長宅へと向かった。
ポポロ村の村長宅は、要塞のような村の設備とは裏腹に、ウッディで温かみのある一軒家だった。
玄関をくぐり、リビングに通された俺たちは、そこで『信じられない光景』を目の当たりにした。
「あれ、キャルルちゃん、おかえりなさいですの」
リビングの食卓。
そこに座っていたのは、海の宝石と見紛うばかりの、とんでもない美少女だった。
透き通るような青い髪、真珠のような白い肌。神秘的な瞳。間違いなく、海中国家シーランの『人魚族』だ。
だが――その絶世の美少女は。
ルナミスデパートの特売で買ったであろう『芋ジャージ』に身を包み、足元には『健康サンダル』を履いていた。
そして、彼女の目の前の皿に乗っていたのは。
「えっと……そこのジャージの君。君が食べてるのって……」
「はい? 私の朝食の『パンの耳』と『茹で卵』、それに公園で摘んできた『雑草サラダ』ですが、何か?」
人魚の美少女は、シャクシャクと雑草を咀嚼しながら、不思議そうに小首を傾げた。
「いや、何か? じゃなくて! なんでそんな限界サバイバルみたいなメシ食ってんだよ! キャルル村長の家だろ!?」
「あ、ユートさん。彼女は私のルナミス帝国時代のシェアハウス仲間で、今はうちに居候している『リーザ』ちゃんです」
キャルルがキッチンから特製のサンドイッチと野菜ジュースを運びながら、ニコニコと紹介してくれた。
「えへん! 私はリーザ。シーラン国の女王リヴァイアサンの娘にして、ルナミス帝国で大人気のトップ・ゴッドチューバー……の卵、地下アイドルですの!」
「……王女様が、地下アイドルで、パンの耳と雑草食ってんの?」
情報量がおかしすぎる。
ウィスタは呆れたようにポポロシガレットに火をつけ、クレアは「この子、私より食費を切り詰めてる……!」と謎の敗北感に打ちひしがれている。
「アイドルは施しは受けないんですの! 私は自分の足で稼いだ『ポイ活』と、パチンコ屋の床で拾い集めた銀玉(景品交換)だけで、気高く生きているんですの!」
「そ、そうか。気高いな……」
俺が乾いた笑いを浮かべていると、キャルルがリーザの隣に座り、これ見よがしにふっくらとした手作りサンドイッチを口に運んだ。
「ん~、美味しい! あ、リーザちゃん。この具沢山のサンドイッチ、食べる?」
「…………食べますぅ!!」
リーザは秒速でプライドを投げ捨て、キャルルの手からサンドイッチをひったくるようにしてかぶりついた。
なんだこの駄犬みたいな人魚姫は。
「もぐ、もぐ……ふぇぇ、お肉が美味しいですのぉ……。昨日の夜は、タローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と死闘を繰り広げたから、お腹ペコペコでしたの……」
「お前、本当に王女様なのかよ……」
俺たちが唖然としていると、リーザはサンドイッチを飲み込み、ゴクンと喉を鳴らして俺たちを真っ直ぐに見据えた。
その瞬間、ただの腹ペコジャージ少女だった彼女の瞳の奥に、ある種の『狂気』にも似た執着の炎が揺らめいた。
「……驚きました? でも、私は絶対にステージ(みかん箱)を降りませんの」
リーザは自分の胸に手を当て、アイドルの――いや、女王の顔で微笑んだ。
「私がステージに立って歌うと、ファン達の『時間』を奪うことができるんですの。みんな、仕事や生活で辛いことや、借金のこと、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに。私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれる」
「時間を、奪う……」
「そうですの。私は運命……私は物語……。だから、ファン達の視線も、お金も、心も、なにもかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんです」
リーザは俺に向かって、バチコンッ! と完璧なウインクを飛ばした。
「だから貴方達も、私に『全て』をちょうだい♡ Love & Money!! ですの!」
底なしの強欲。
だが、そこには炎上神ワイズのような「命を弄ぶ悪意」はなく、ただ純粋な「愛による支配」の欲望があった。
「……すげえな、おい。借金まみれの俺よりも、よっぽど逞しいじゃねえか」
俺はタローマン製の折れた剣を腰から外し、テーブルの端に置いた。
ルナミス帝国から追われ、神のヤラセに巻き込まれ、絶望的な状況に追い込まれていた俺の心に、この狂気と活気に満ちた『ポポロ村』の空気が、不思議な活力を与えてくれていた。
「キャルル村長。リバロン。ニャングル。それに、リーザ」
俺はサンドイッチを手に取り、立ち上がった。
「俺たちはここで、ゼロスとワイズのヤラセをぶっ壊すための力をつける。滞在税の1万円も、毎日きっちり稼いで払ってやるよ! ……だから、これからしばらく、厄介になるぜ!」
俺の決意表明に、クレアも「絶対にタダ働きはしないからね」と笑い、ウィスタも「撃つべき的ができたら教えな」とハーモニカを鳴らした。
炎上神と偽勇者への逆襲の狼煙は、この前代未聞の『絶対中立・経済特区(ポポロ村)』から上がる。
底辺社畜勇者の成り上がりFIRE生活は、ここからが本番だ!




