EP 17
日給一万円のブラック農作業。逃げる人参とエロ本ネギ、そして毒舌鍛冶師の論破ゲーム
「ええか、あんさんら。ポポロ村の滞在税『一日一万円』を払うための、記念すべき初仕事や。気張ってやー」
翌朝。
ポポロ村の広大な農地で、財務担当のニャングルがキセルを吹かしながら俺たちに指示を出していた。
「本日のタスクは『人参マンドラ』の収穫や。これ、ルナミス帝国の富裕層にバカ売れする高級食材なんやけど……少々、収穫に『コツ』が要るんでな」
「人参マンドラ? マンドラゴラみたいなもんか? 抜いたら悲鳴を上げて、聞いた人間は死ぬとか……」
「死にはせんけど、鼓膜は破れるかもしれんな。まあ、とりあえず一本抜いてみぃ」
俺は渡された軍手をはめ、豊かに茂った人参の葉っぱをグッと掴んだ。
大根抜きのように腰を落とし、一気に引っこ抜く。
「よっ、と!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ズボッ、という音と共に土から現れたオレンジ色の子鬼のような人参が、この世の終わりみたいな悲鳴を上げた。
「うおっ!? うるっせえ!?」
「そして、ここからが本番や」
「えっ?」
俺が怯んだ隙を突き、人参マンドラは俺の手をスルリと抜け出すと、なんと二股に分かれた根っこ(足)を器用に動かし、猛烈なダッシュで畑の奥へと脱走し始めたのだ。
「ああっ!? 待てコラ、逃げんな!!」
「ほな、夕方までにカゴ3つ分(約300本)のノルマ、頼んだで〜。逃がしたら減給やからな」
ニャングルは魔導算盤をチャカチャカ鳴らしながら、無慈悲に言い捨てて去っていった。
「ちょっとユート! 何逃がしてるのよ! あれ一本で銀貨1枚(1000円)にはなるのよ!? 私のNISA口座が走って逃げてるのと同じよ!!」
「んなこと言ったって、あいつらめちゃくちゃ足速ぇんだよ!」
見渡せば、広大な畑のあちこちで、農家のおばちゃんたちが「まてー!」「こらー!」と、脱走する人参マンドラと追いかけっこをしている。これがポポロ村の日常風景らしい。
「チッ……面倒くせぇな。的が小さすぎてライフルじゃ狙いにくい」
ウィスタが眉間を揉みながらボヤく。
「お前ら、文句言ってる暇があったら手を動かせ! いいか、これは居酒屋の『忘年会シーズンの満員フロア』と同じだ! 動線を読んで、客(人参)を追い詰めるんだよ!」
前世の社畜魂(ホールバイトリーダーの血)が騒いだ。
俺はタローマンの鎧をガシャガシャ鳴らしながら、的確な指示を飛ばす。
「ウィスタ! 『氷弾』で畑のあぜ道(逃げ道)を凍らせろ! 足を滑らせて機動力を削ぐんだ!」
「……ハッ。泥臭い包囲網だな。了解だ」
「クレア! お前は足の速さを活かして、人参が密集したところに『バリア』を展開して壁を作れ! 一匹も逃すな!」
「任せなさい! 私の資産(人参)は一円たりとも外には出さないわ!!」
ウィスタの放つ氷弾が退路を断ち、クレアの展開する一億ボルトの絶対防壁(※ただし人参が焦げないように電流はオフ)が巨大な定置網のように機能する。
追い詰められ、「ギャーギャー」と鳴き喚く人参マンドラたちを、俺が次々と袋に放り込んでいく。
「よーし! その調子だ! 10番テーブル(畝の奥)にもお冷(氷弾)追加ぁ!!」
完璧なフォーメーションだ。
俺の『民衆の支持』は得られていないが、現場を回すこの【社畜力】こそが、俺の真のユニークスキルかもしれない。
「あら、こっちのネギも収穫時期ね。よいしょ……」
クレアが隣の畑のタマネギを引き抜いた。
しかし、そのタマネギはなぜか、葉っぱの間に**ルナミス新聞社発行のエロ本(袋とじ付き)**を挟み込んで、ゲヘヘと下品に笑っていたのだ。
「たまんねーなオイ! ゲヘヘ……熟女エルフのグラビア最高だぜぇ……」
「な、なにこれ!? タマネギがエロ本読んでる!?」
「あ、クレア! それは『たまんネギ』だ! エロ本を取り上げろ!」
「えっ!? こ、こう!?」
クレアがひったくるようにエロ本を没収した瞬間。
たまんネギの顔から下品な笑みが消え、急にスッと悟りを開いたような賢者の顔つきになった。
『……あぁ、世のすべては空。我が身の欲望など、皮を剥けば何も残らぬもの。……さあ、我が身を食べたまえ。今日のシチューにでもしたまえ……』
「うわぁ……賢者モードに入って、大人しくなったわ……」
ドン引きするクレアをよそに、俺たちは順調にノルマを消化していった。
夕方。
泥だらけになりながらもノルマを達成した俺たちは、折れた鉄剣の修理を頼むため、ニャングルに教えられた村の『工房』へと足を運んでいた。
そこには、植物の蔦と木材で出来た巨体を持つ、人型の樹人がいた。
口元には高級なポポロシガー。そして片手には、鋼鉄すら切り裂くという異常に伸びるネギ……『ネギカリバー』を握っている。
「ワレェ、何モンや。ただの農民にしちゃあ、ええ目つきしとるのぅ」
「あ、あんたが……ネギオさん?」
ネギオ。
エルフを守護する世界樹の兵士の突然変異体でありながら、ドンガン地下帝国の『鍛冶師通信講座1級』と、ルナミス帝国の『経済講座1級』を併せ持つ、超絶インテリの毒舌鍛冶職人だ。
「ワイの工房に用があるっちゅうことは、武器の修理か? ……ふん、見せてみぃ」
俺が恐る恐る、真っ二つに折れたタローマン製の鉄剣を差し出すと、ネギオはふぅと煙を吐き出し、鼻で笑った。
「……タローマンの大量生産品。原価500円の粗大ゴミやな。お前さん、こんなモン直すくらいなら、新しいの買うた方がマシやと思わんのか?」
「……それは」
「論破・説法ゲームの始まりや。ワイを『言葉』で納得させてみぃ。できんかったら、この『ロイヤル皇帝カンチョウ液』をケツの穴に注入して、三日三晩トイレから出られん身体にしたるわ!」
ネギオの背後から、禍々しい紫色の液体が入った巨大な注射器が現れる。
クレアとウィスタが「うわぁ……」という顔で俺から三歩距離を取った。おい見捨てるな。
「……新しいのを買わない理由、ですか」
俺は深呼吸をして、かつてのバイト時代の経験を思い出した。
なぜ、ボロボロになった使い慣れたフライパンを、店長が捨てずに使い続けていたのか。
「買い替えた方が、確かに『モノの性能』としては上でしょう。ですが……新しい武器に変えれば、重量バランス、剣を振る重心、闘気を流す感覚……すべてを『ゼロから再適応』しなければなりません」
「ほう?」
「俺たちの今のパーティは、一日一万円の滞在税を稼ぎつつ、常に追手の襲撃に備えなければならないギリギリのキャッシュフローで動いてます。武器の『慣れ』に時間を割いている余裕はない。再適応の期間にDPS(時間あたりのダメージ量)が低下することは、パーティの全滅(倒産)に直結するんです」
俺は折れた剣を真っ直ぐに見つめ、強く握り直した。
「それに……この剣は安物ですが、俺が初めて『打算を捨てて、子供を守るために振り抜いた』剣です。この剣には、俺の『覚悟の重さ』が染み付いてる。……だから、直して使い続けたいんです!」
経営学的なリスク管理と、俺個人の意地。
それを叩きつけた直後。ネギオは目を見開き、そして――ニヤリと深く笑った。
「……合格や。ええ答えやないか、青二才」
ネギオはネギカリバーをスッと引き、俺の折れた剣をひったくった。
「『ただの愛着』なんて甘っちょろい答えなら、カンチョウ液の刑やったがな。ランニングコストと実戦の生存率を天秤にかけた上での、意地。……嫌いやないで。ワイも通信講座で経済学んだ身やからな」
ネギオは工房の奥から、俺たちがリモ村で倒した『マッド・グリズリーの爪』と『ロックボアの牙』を取り出してきた。クレアがしっかり回収し、俺が背負って持ってきた素材だ。
「この素材と、お前さんの覚悟(安物剣)を融合(合成)させたる。タローマンの量産品が、世界に一つだけの『特注品』に化ける瞬間を見せたるわ!」
「ネギオさん……! あんた、顔は怖いけど良い人だな!」
「アホ抜かせ。修理代と素材加工費で、きっちり銀貨5枚(5000円)は頂くで!」
横からクレアが「高いわよ! 3000円にまけなさい!」と値切り交渉を始めるのをBGMに、俺はホッと胸を撫で下ろした。
ポポロ村での生活は過酷だが、確実に俺たちを前へ進ませている。
折れた剣が生まれ変わる時、俺の『真の勇気』もまた、新たなステージへと突入しようとしていた。




