EP 15
絶対中立ポポロ村。完璧な執事とヤンデレ村長の「嘘発見器」
逃亡生活から数日。
追手との小競り合いを避け、山を越え、谷を越え、泥だらけになりながら、俺たち三人はついにその場所に辿り着いた。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国。
三大国の国境が交わる緩衝地帯に存在する、完全中立の独立特区――『ポポロ村』である。
「……おいおい、マジかよ。ここ、本当に『村』なのか?」
鬱蒼とした森を抜けた俺の目に飛び込んできた光景に、思わず声が漏れた。
名前に『村』とついているから、俺の故郷のような茅葺き屋根の農村を想像していたのだが……そこにあったのは、巨大な魔導防衛フィールドに包まれた、異常なまでに発展した要塞都市の姿だった。
綺麗に整備された道路。
24時間営業のファミレス『ルナキン・ポポロ支店』の看板が輝き、コンビニ『タローソン』には各国の兵士や商人が列を作っている。
周囲の広大な畑では、丸々とした『月見大根』や『太陽芋』が豊かに実り、活気と豊かさの匂いが村全体から溢れ出していた。
「な、なんてこと……! ここ、ルナミスの帝都よりキャッシュ(現金)が動いてる匂いがするわ……!」
クレアの瞳が、完全に『¥』マークに変わっている。
彼女はバインダーを抱きしめ、ハァハァと荒い息を吐きながらポポロ村の経済規模を計算し始めていた。
「気を引き締めろよ、二人とも。ここの連中は、下手に三大国の正規軍を相手にするよりよっぽど厄介だぜ」
ウィスタが魔導ライフルのスリングを握り直し、周囲を警戒しながら歩を進める。
村の入り口ゲートに辿り着くと、そこには魔導ライフルと防弾チョッキで完全武装した自警団が立ち並んでいた。
そして――その中央に。
周囲の兵士たちとは明らかに異質な、完璧に仕立てられた『漆黒のスーツ』を着こなす、長身の男が立っていた。
「ようこそ、絶対中立ポポロ村へ。お待ちしておりましたよ……『手配書』に載った、村焼きの極悪人の方々」
男が優雅にお辞儀をする。
その瞬間、俺の全身の産毛が逆立った。
顔立ちこそ整った紳士だが、その瞳孔は獣のように縦に割れている。
『人狼族』。獣人王国の中でもトップクラスの闘気と身体能力を誇る戦闘種族だ。
だが、彼から発せられるプレッシャーは、単なる暴力のそれではない。まるで鋭利な刃物を喉元に突きつけられているような、底知れぬ『理知的な殺意』だった。
「俺はポポロ村の宰相兼、村長の専属執事を務めております、リバロンと申します」
リバロンと名乗った執事は、懐から一枚の和紙を取り出した。
そこには『ポポロ村 宰相 リバロン』と美しく印字されている、ただの名刺だ。
「……ッ! ユート、クレア! 動くな!!」
ウィスタが鋭く叫んだ直後。
リバロンの手首が、僅かにブレた。
シュパァァァンッ!!
ただの名刺が、時速300kmを超える速度で空気を切り裂き、俺たちの足元の石畳に「ズドンッ!」と深く突き刺さったのだ。
鋼鉄の魔導戦車の装甲すら豆腐のように切り裂くという、恐るべき闘気の圧縮技『名刺刃』である。
「なっ……紙きれが、石畳にめり込んだ……!?」
「お戯れを。執事たる者、野蛮な武器など持ち歩きません。……ですが、村長の安眠を妨げる害虫の駆除は、私の『事務仕事』の範疇ですので」
リバロンが、冷たい笑みを浮かべながらネクタイに手をかける。
そのネクタイに闘気が流れ込み、鋼の直刀のようにピンと張ったのが見えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは村なんか焼いてない! 全部、あの金ピカの偽勇者に罪を擦り付けられたんだ!」
「ほう? 犯罪者は皆、そう口にしますが」
「本当よ! バインダーのこの支出記録を見て! 私たちが村に火をつけるなら、報酬の太陽芋をわざわざ火薬の近くに置くような非効率なマネはしないわ!」
俺とクレアが必死に弁明するが、リバロンの冷たい視線は変わらない。
ウィスタが額に冷や汗を流しながら、ライフルの安全装置に指をかけた、その時だった。
「――リバロン。お客様を苛めるのは、そのくらいにしておいてあげてください」
ゲートの奥から、ポテポテと軽い足音を立てて、一人の少女が現れた。
ふわふわの白いウサギ耳。
服装はルナミス帝国で流行している動きやすい現代風のパーカー(ラフ着)で、足元にはなぜかタローマン製の『特注・魔導安全靴』を履いている。
手には、かじりかけの人参スティックと、ルチアナ教会の発刊するドロドロの同人恋愛小説『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ。』が握られていた。
「かしこまりました、村長」
リバロンがネクタイから手を離し、深々と頭を下げる。
「そ、村長……? このウサ耳の可愛い子が、この要塞村のトップなのか?」
「ええ、そうです。私がポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートです。初めまして、勇者ユートさん」
キャルルはペコリとお辞儀をすると、トコトコと俺の目の前まで歩み寄ってきた。
そして、そのまま背伸びをして、俺の胸にピタリと耳を押し当てたのだ。
「えっ!? ちょっ、村長さん!?」
「しーっ。静かにしてください。……私、耳が良いんです。相手の心音を聞けば、その人が嘘をついているかどうか、すぐに分かっちゃうんですよ」
キャルルのウサ耳がピクピクと動き、俺の心臓の鼓動を拾い上げる。
「あの夜。マッド・グリズリーの前に飛び出した時、どんな気持ちでしたか?」
「え……? どんなって……」
俺の脳裏に、あの絶望的な状況下で泣いていた子供たちの顔が浮かぶ。
「……怖かったよ。俺の装備は安物だし、スキルも不発だった。逃げた方が絶対にマシだって、頭の計算機がガンガン鳴ってた」
俺の言葉に、キャルルは黙って耳を傾けている。
「だけどよ。あのガキどもを見捨てて逃げたら、俺は一生、後悔しながらマグローザ漁船行きに怯えて暮らすことになる。……それだけは、絶対に嫌だったんだ。だから、ヤケクソで突っ込んだ。それだけさ」
俺がそう言い切ると、キャルルは俺の胸から耳を離し、ふわりと花の咲くような笑顔を見せた。
「ふふっ。心臓の音、少しだけ早くて不器用でしたけど……とっても綺麗なリズムでした」
そして、キャルルは隣に立つリバロンへと視線を向けた。
リバロンは目を閉じ、スッと鼻から空気を吸い込んで、俺たちの『匂い』をプロファイリングする。
「……土の匂い。汗の匂い。そして、タローマン製の1万円の防具特有の、質の悪い安物潤滑油の匂い。……ですが」
リバロンは目を開き、張り詰めていた闘気を完全に霧散させた。
「貴方たちの匂いから、『嘘をついた時に分泌される脂汗の匂い』と、『村を焼いた焦げた匂い』は一切しませんね。……ええ、法廷では通用しない証拠ではありますが、私の鼻はルナミス帝国の裁判官より正確です」
「リバロンの言う通りです。貴方たちは、村を焼いてなんていない。……本当の勇者さんだったんですね」
キャルルが優しく微笑む。
「……っ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の膝からガクンと力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
冤罪を着せられ、石を投げられ、誰にも信じてもらえなかった数日間。
その汚名が、この村であっさりと、だが確かな実力者たちによって雪がれたのだ。
「……よかった。やっと、信じてもらえる奴に出会えた……」
俺が安堵の息を吐くと、クレアとウィスタも肩の力を抜いて、武器から手を離した。
「というわけで! ユートさん、クレアさん、ウィスタさん! 貴方たちがポポロ村に滞在することを、村長権限で特別に認めます!」
「本当か!? ありがとう、キャルル村長!」
「はいっ! ここなら、帝国軍も魔王軍も手出しはできません! ゆっくり傷を癒やしてくださいね!」
キャルルはポケットから飴玉を取り出し、俺の手のひらにポンと乗せてくれた。
本当に、なんて優しくて可愛い村長なんだ。俺は心の底から救われたような気分になっていた。
だが、甘い考えはすぐに打ち砕かれることになる。
「……ただし」
リバロンが、完璧な笑顔のまま、クリップボードを取り出した。
「当村は絶対中立の独立特区。身の安全と引き換えに、滞在者にはそれ相応の『対価』を支払っていただきます」
「……対価?」
「ええ。とりあえず、村の宿屋の滞在費、防衛フィールドの維持費、そして本日の朝食(おでん定食)代として……一日につき銀貨10枚(約1万円)の滞在税を徴収させていただきます。借金持ちの勇者様には少々厳しい額かもしれませんが、もちろん払えますよね?」
リバロンの後ろで、いつの間にか『魔導算盤』を持った猫耳族の商人が、チャカチャカと不吉な音を立てて笑っている。
「一日1万円の滞在税ェェェッ!?」
「冗談じゃないわよ! ぼったくりもいいところじゃない!!」
クレアがブチ切れて噛み付こうとするが、リバロンは「払えないなら、即刻帝国軍に引き渡しますが?」と冷酷に言い放つ。
マグローザ漁船からは逃れられたが、今度はポポロ村のえげつない『資本主義の壁』が立ちはだかる。
俺たち底辺パーティの戦いは、まだまだ終わりそうになかった。




