EP 14
ルナミス軍の空き缶シチューと、焚き火を囲むアウトロー達の絆
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……! さすがに、もう追ってこないわね」
鬱蒼と生い茂る夜の森の奥深く。
巨木の根元に空いた洞穴に滑り込むなり、クレアは小脇に抱えていた俺を「よいしょっ」と地面に放り投げた。
「いってぇ!? お前、病人(デバフ中)をもっと丁寧に扱えよ!」
「文句言わないの! 米俵より重い鎧着た男を担いで、山道ダッシュした私の足腰を褒めなさいよ! あーあ、泥だらけ。タローマンの撥水エプロンじゃなかったらクリーニング代を請求してるわよ」
クレアは肩で息をしながら、ドカッと地面に座り込んだ。
俺は仰向けのまま、重い息を吐き出す。
村人たちから浴びせられた敵意による【ブレイブ】の強烈なマイナス補正は、村から距離を取ったことでいくらかマシにはなったが、それでも全身の筋肉痛と、何より「助けたはずの相手に石を投げられた」という精神的ダメージが、俺の心を深く沈ませていた。
「……悪いな。俺がもっと上手く立ち回れていれば、こんなことには……」
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ」
洞穴の入り口で警戒していたウィスタが、闇魔法で気配と光を遮断する結界を張りながら振り返った。
「あの金ピカ野郎は、最初からお前をスケープゴートにする気満々だったんだ。お前がどう立ち回ろうと、村の連中を扇動して俺たちを悪者に仕立て上げてたさ」
「だけどよ……」
「ウジウジしてると、腹が減るだけだぜ。メシにしようや」
ウィスタが指先で小さな『炎弾』を弾き出し、集めた枯れ枝に火をつける。
すると、クレアが待ってましたとばかりに、リュックの中から「オリーブドラブ色に塗装された、無骨な金属の空き缶」を取り出した。
「おい、それって……ルナミス帝国軍の『1型戦闘糧食』の空き缶じゃないか?」
「ええ。街道を歩いてる時に、行軍中の兵士がポイ捨てしたのを拾っておいたのよ。ドワーフ製の魔法コーティングがされてるから、鍋代わりに直火にかけても絶対に変形しないの」
クレアは得意げに笑うと、空き缶に水筒の水を注ぎ、リュックからゴロゴロと『太陽芋』と『肉椎茸』を取り出してナイフで刻み入れた。
「待て、その太陽芋……! まさか」
「村を逃げ出す直前、大急ぎで倉庫からくすねて……じゃない、正当な『前払い報酬』として回収してきたわ。肉椎茸は森を走りながらもぎ取ったやつよ」
「お前……あのパニックの中で、ちゃっかり現物回収してたのかよ……! 守銭奴通り越してバケモンだろ!」
「無礼ね。私のNISA口座とアンタの命を守るための『リスクヘッジ』よ」
数分後、空き缶の中でグツグツと煮込まれた即席シチューから、胃袋を鷲掴みにするような強烈にいい匂いが漂い始めた。
調味料は、クレアが持っていた安物の塩とハーブだけ。だが、肉椎茸から出た濃厚なダシが太陽芋に染み込み、冷え切った身体に染み渡る極上のご馳走となっていた。
「……美味ぇ」
俺は木の枝を削った即席スプーンでシチューをすくいながら、不覚にも涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えた。
タローマンの安物装備に身を包み、捨てられた軍用缶詰を鍋にして飯を食う、借金100万のお尋ね者。
絵に描いたような底辺だ。
「……あーあ。1億円稼ぐどころか、手配書に載る身分になっちまったな」
俺は自嘲気味に笑い、空き缶を置いた。
「打算で動くって決めたのに、ガキが泣いてるのを見たら、頭より先に身体が動いちまった。……結果、俺たちは村を追われ、武器は折れ、一文無しだ。前世から何も成長してない。俺は、本当に救えねぇバカだよ」
俺の愚痴を聞きながら、ウィスタは食後のポポロシガレットに火をつけ、紫煙を細く吐き出した。
そして、焚き火越しに俺を真っ直ぐに見据える。
「ユート。勇気と無謀は違う」
「……え?」
「助けるには、力だけでなく『段取り』が要る。お前みたいに、後先考えずに丸腰で火の中に飛び込むのは、ただの三流の無謀だ」
ウィスタの冷徹な言葉が、胸に突き刺さる。
やっぱり、プロの傭兵である彼から見れば、俺の行動はただの足手まといの偽善にしか見えなかったのだ。
――そう、項垂れかけた時だった。
「……それでもな」
ウィスタは、吸いかけのシガレットを携帯灰皿に揉み消し、ぽつりと呟いた。
「撃たなきゃいけない瞬間は、絶対に迷うな。……お前が飛び込むなら、俺が道をこじ開けてやる」
その言葉に、俺はハッと顔を上げた。
ウィスタの琥珀色の瞳は、少しだけ呆れたように、だが確かな信頼を込めて俺を見つめていた。
隣を見れば、クレアもシチューの最後の一滴を飲み干しながら、ふんと鼻を鳴らす。
「そうよ。アンタがバカみたいに突っ込んで防御を疎かにしても、私の『シールド』が全部弾き返してあげるわ。だから、アンタは自分の信じた『バカな勇気』を貫きなさい。……その代わり、後でしっかり1億円稼いで、私に利子つけて返しなさいよ?」
打算の塊のような二人。
「自分の手の届く範囲しか守らない」と豪語するアウトローのエルフと、「NISAと老後のため」に戦う守銭奴の聖女。
だが、この二人となら。
この最高に頼もしい、底辺のパーティーとなら。
「……へへっ。じゃあ、俺はこれからも思いっきり手を伸ばすよ!」
俺は涙と鼻水を腕で乱暴に拭い、ニカッと笑って二人を見た。
「届かないって言われても! ウィスタと、クレアと、俺と、他の皆と手を繋げば……絶対どうにかなるって!」
俺の暑苦しい宣言を聞いて、ウィスタは深々とため息をついた。
そして、ポケットから古びたハーモニカを取り出しながら、口元に薄く笑みを浮かべる。
「……救えねぇ馬鹿だな。ま、嫌いじゃないね」
焚き火のパチパチという音と、ウィスタが吹くハーモニカの静かなメロディが、夜の洞穴に優しく響き渡る。
「さて……夜が明けたらどうするの? ルナミス帝国の街に戻れば、あの金ピカ野郎の手回しで、即座に衛兵に捕まるわよ。私の口座も凍結されるかもしれないわ」
クレアの現実的な問いに、ウィスタはハーモニカを口から離し、夜の闇の向こうを指差した。
「一つだけ、帝国軍も魔王軍も、手出しできねぇ場所がある。三国が睨み合う緩衝地帯に存在する、完全中立の独立特区だ」
「中立地帯……?」
「ああ。無法者やワケありの商人が集まる吹き溜まりだが、そこを治めてる村長と宰相が、とんでもねぇバケモンでな。お前らの『嘘』を証明するには、うってつけの場所だ」
ウィスタは立ち上がり、ライフルのスリングを肩に掛け直した。
「行くぞ。目指すは、農業と密輸のメッカ――『ポポロ村』だ」




