EP 3
偽りの正義と暴落する支持率。空っぽの金ピカ勇者と、賢者の撤退戦
「……この卑劣な偽勇者たちが、お前たちから討伐報酬を巻き上げるために、裏で魔獣を操って村を焼かせたからだッ!!」
ゼロス・ディバインの無駄にエコーがかった美声が、焦げ臭い風に乗って村中に響き渡った。
「は……? お前、いきなり現れて何言って……」
俺が呆気にとられていると、ゼロスは懐から黒々とした不気味な角笛を取り出し、俺の足元へと放り投げた。チャリン、と安っぽい音を立てて角笛が転がる。
「とぼけるな! それは禁忌の魔導具『魔獣操りの笛』! 貴様らがさっき、戦闘のどさくさに紛れて落としたのを、空から見ていたんだ! 炎魔法で村の退路を塞ぎ、高ランクの魔獣をけしかけたのはお前たちだな!」
完全に、用意周到なでっち上げだった。
俺たちが落とすはずがない。それは間違いなく、炎上神ワイズの無限の予算でゼロスが調達し、今しがた自分で投げた【証拠の捏造】である。
だが、極限の恐怖とパニック状態にあった村人たちにとって、眩いばかりの聖なる鎧を着たイケメン勇者の言葉は、あまりにも「説得力」を持ちすぎていた。
「そ、そういえば……あの聖女様、討伐の報酬にって、村の備蓄の太陽芋を全部寄越せってすごい剣幕で……」
「現金がないなら魔獣の素材を全部よこせって、まるで追い剥ぎみたいだったわ……!」
「見ろよ、あの男の鎧。タローマンの特売品だぞ! あんな貧乏人が、金欲しさに自作自演で村を襲わせたに決まってる!」
村人たちのざわめきが、急速に『疑惑』から『敵意』へと変わっていく。
「ちょっと待って! アレは正当なビジネスの契約交渉でしょ!? 資本主義を舐めないでよね!」
「おい、やめろクレア! 火に油を注ぐな!」
クレアの(経営的には正しいが人情的には最悪な)反論が、決定打となってしまった。
俺に助けられ、「おにいちゃん、すっげー!」と目を輝かせていた子供たちも、親に力強く腕を引かれ、怯えた目で俺を見ている。
「おにいちゃんたち……わるいひとなの……?」
その呟きが、俺の胸に深く突き刺さった。
そして、それと同時に。
「……ッ!? ぐ、ああぁぁッ!!」
突如として、俺の全身に鉛を飲み込んだような凄まじい重圧がのしかかった。
足から力が抜け、ドサリと地面に膝をつく。タローマン製の鉄鎧が、まるで岩のように重い。
「ユート! どうしたの!?」
「クソッ……【ブレイブ】の……支持率バフが……!!」
民衆の『支持』によって能力が上下する俺のユニークスキル。
今、俺に向けられているのは村人たちの「敵意」と「憎悪」だ。好感度がマイナスに振り切れたことで、スキルの効果が完全に『逆転』し、俺の基礎ステータスを極限まで引き下げていた。
今の俺は、普通の村人以下の、ただの貧弱な社畜男に成り下がっていた。
「くくっ……ははははっ! 見ろ、神罰が下ったのだ!」
ゼロスは俺の無様な姿を見て、内心で歓喜のダンスを踊りながら、オリハルコンソードを振りかざした。
「哀れな村人たちよ! 安心しろ、この伝説の勇者ゼロス・ディバインが、貴様らに代わって、この下劣な悪党どもに『正義の鉄槌』を下してやろう!」
ゼロスが剣に魔力(課金バフ)を込める。
俺の体は重すぎて、指一本満足に動かせない。クレアが俺を庇うように前に出ようとした、その時だった。
「――薄っぺれぇ『正義』だな、おい」
紫煙が、夜風に揺れた。
いつの間にか俺たちの前に立ち塞がっていたのは、魔導ライフルを片手で構えたエルフの狙撃手、ウィスタだった。
彼は口にくわえたポポロシガレットを指で弾き飛ばすと、琥珀色の瞳でゼロスを冷徹に射抜いた。
「貴様……エルフの分際で、僕の邪魔をする気か?」
「エルフの分際で悪かったな。だが、スナイパーの目は誤魔化せねぇぜ。……お前のその顔も、その眩しい歯も、全部魔法で作った『偽物』だろ。それにその魔力、ドーピング(陽薬草茶)で無理やり叩き起こしてるのが丸わかりだ」
「なっ……!?」
痛星を突かれ、ゼロスの完璧な作り物の笑顔がピクッと引き攣る。
ウィスタはライフルのボルトをガシャリと引き、ゼロスの胸元に銃口を突きつけた。
「……お前、そのピカピカの装備と、神から恵んでもらった『金』を全部剥がしたら、後に何が残るんだ?」
「…………ッ!!」
「スカラベ(糞転がし)の方が、まだ中身が詰まってるぜ」
その一言は、ゼロスの薄っぺらいプライドを粉々に粉砕するには十分すぎた。
「き、きき、貴様ァァァッ!! 底辺のゴミ屑が、この僕を愚弄するかァァッ!!」
激昂したゼロスが、理性を飛ばしてオリハルコンソードをウィスタに振り下ろす。
だが、ウィスタの引き金を引く指の方が、圧倒的に早かった。
「……フラッシュ・バン(閃光・催涙弾)」
バシュッ!!
ライフルの銃口から放たれた特殊弾が、ゼロスの目の前で破裂した。
「ぐああぁぁッ!? 目が、僕の美しい目がぁぁっ!!」
強烈な閃光と催涙ガスがゼロスの顔面を直撃し、彼は剣を取り落として顔を覆い、無様にのたうち回った。
周囲の村人たちも、突然の閃光に目を眩ませて動けなくなる。
「クレア! あの馬鹿を担げ! ズラかるぞ!」
「言われなくても! 資金回収(撤退)よ!」
クレアはデバフで動けない俺の襟首を掴むと、火事場の馬鹿力――いや、米麦草農家で鍛え上げられた足腰で、米俵のように俺を小脇に抱え上げた。
「ちょっ、クレア!? お前、力強すぎないか!?」
「うるさいわね! 借金持ちの勇者をここで死なせたら、私の1億円がパーになるでしょ! ほら、舌噛まないようにしなさい!」
クレアは俺を抱えたまま、ウィスタが焚いた催涙ガスの煙幕に紛れて、夜の森へと猛ダッシュを開始した。
ウィスタもまた、後方を警戒しながら音もなく俺たちの後を追う。
「待てッ……逃がすな! あの極悪人どもを逃がすなァァァッ!!」
涙と鼻水に塗れたゼロスの絶叫が、夜の森にこだまする。
こうして。
魔獣から村を救ったはずの俺たちは、炎上神のヤラセと金ピカ偽勇者のせいで、何の報酬も得られないどころか、ルナミス帝国全土を敵に回す『お尋ね者』へと転落してしまったのである。




