EP 12
遅れてきた課金勇者。ぶち壊された台本と、奪われたスポットライト
ドッゴォォォォォォォンッ!!!
炸裂した雷光が網膜を焼き、轟音が村の空気を激しく震わせた。
巨大なマッド・グリズリーが真っ二つに裂け、黒焦げの肉片となって地面に散らばる。
「……すっげえ。これが俺の力……?」
タローマン製の鉄剣を握りしめたまま、俺は自分の手を見つめた。
身体の芯から無限に湧き上がってくる黄金のオーラ。これまで鉛のように重かった安物の防具が、まるで自分の皮膚の一部のように軽く、そして強靭に感じられる。
これが【ブレイブ】の真の力――『真の勇気』による限界突破。
打算を捨て、自己犠牲の覚悟を決めた瞬間にのみ発動する、神の領域のバフだった。
「ボーッとしてんじゃないわよ、ユート! まだ周りに犬っころ(ヘルハウンド)が残ってるわ!」
「今のアンタなら、いけるわね……!? 合わせなさいッ!」
クレアの鋭い声で我に返る。
周囲には、親玉を倒されて怯みつつも、未だ狂乱状態にあるヘルハウンドが十数体残っていた。
クレアは無防備に敵陣のど真ん中へ駆け出すと、空中で身体を丸め、周囲3mに1億ボルトの絶対防壁を展開した。
「ユート! 私を撃ち出しなさいッ!!」
「おうよ! 喰らえ、人間ビリヤードッ!!」
俺は黄金の闘気を込めた足で大地を砕き、超高速でクレアの背後へと回り込む。
そして、雷撃を纏ったタローマン製の鉄剣の『腹』の部分で、球体となったクレアのバリアを、まるでゴルフのドライバーショットのように全力でカチ上げた。
「シールドクラッシュ!!」
カキィィィンッ!! という甲高い打撃音と共に、クレアのバリアが超高速の電撃ピンボールと化して魔獣の群れへとすっ飛んでいく。
「ギャンッ!?」「キャインッ!!」
ジグザグに反射しながら、一億ボルトの質量兵器がヘルハウンドたちを次々と跳ね飛ばし、感電死させていく。
クレアが撃ち漏らした個体は、後方からウィスタの魔導ライフルが放つ『氷弾』が的確に眉間を撃ち抜き、見事な氷像へと変えた。
「チェックメイトだ」
ウィスタがタバコの煙を吐き出しながら、ライフルの銃身を軽く叩く。
わずか数分。
村を絶望の底に陥れていた魔獣の群れは、俺たちの完璧な連携の前に、ただの物言わぬ死体の山と化していた。
「……終わった、か」
黄金のオーラがシュウゥゥと霧散し、いつもの「どん底ステータス」に戻っていくのを感じる。
途端に、全身の筋肉が軋み、凄まじい疲労感が押し寄せてきた。
「い、痛たたっ……無茶しやがって。おまけに……あーあ、タローマン製の剣が、とうとう真っ二つに折れちまったよ……」
手元の剣を見ると、刀身の半ばから見事にへし折れていた。
限界突破した魔力と闘気の出力に、1万円の安物素材が耐えきれなかったのだ。
「仕方ないわよ。あの絶体絶命の状況を無傷で乗り切れたんだから、安い出費よ。……それに、あの巨大グリズリーの魔石と毛皮は、相当な高値で売れるわ。ふふっ、これで私のNISA口座も一気に潤うわね……!」
クレアはバリアを解除するなり、目を¥マークにして魔獣の死体を漁り始めた。本当にこの聖女のブレなさには恐れ入る。
「おにいちゃんたち、すっごーい!!」
「あんなおっきな魔物をやっつけちゃうなんて!」
逃げ遅れていた子供たちが、歓声を上げながら俺の足元に駆け寄ってくる。
それを見た村人たちも、炎の中で次々と涙を流し、俺たちを取り囲み始めた。
「おお……勇者様! 聖女様! 我々の村を救ってくださり、本当にありがとうございます!」
「あ、いや。俺たちはたまたま居合わせただけで……」
「なんの! 命の恩人です! さぁ、村の皆、今すぐ恩人たちの怪我の手当てを!」
村中が歓喜と安堵の空気に包まれる。
俺の脳内で【ブレイブ】のインフルエンサー・バフが再びピコンと鳴り、村人からの『支持』を得てステータスがぐんぐんと上昇していくのを感じた。
(……悪くねぇな。結果的にだけど、これで少しは『勇者』に近づけたかもしれない)
そう思って、俺が折れた剣を鞘に収めようとした、まさにその時だった。
『――恐れることはない、迷える子羊たちよ!!』
夜空から、マイクのエコーでも効かせたような、無駄に響き渡る美声が降り注いだ。
「な、なんだ!?」
村人たちが一斉に見上げる。
そこにいたのは、燃え盛る炎を背景に、月明かりを浴びて空からゆっくりと降下してくる一人の男だった。
神聖な白銀の鎧。
月の光を反射して煌めくミスリルマント。
そして、暗闇でも発光しているかのような、不自然なまでに眩しい『白い歯』。
「この僕が来たからにはもう安心だ。さあ、邪悪な魔獣どもよ! この伝説の勇者、ゼロス・ディバインの聖なる剣の前にひれ伏すがいいッ!!」
バァァァンッ!!
ゼロスは着地と同時に、無駄にド派手な光のオーラ(【マネー】による課金エフェクト)を放ち、腰のオリハルコンソードを天高く掲げてみせた。
「…………」
「…………」
静寂。
村人たちも、俺も、クレアもウィスタも、ポカンと口を開けてそのイケメンを見つめていた。
ゼロスは完璧なポーズを決めたまま、心の中で舌打ちをしていた。
(な、なんだこの空気は!? なぜ歓声が上がらない!? なぜ誰も僕を見て泣いてすがってこないんだ!? 僕は1回10万ゴールドもする『フェザー・ディセント(天使の降下)』のアイテムを使って、最高の画角で降りてきたんだぞ!?)
ゼロスはピクピクと頬を引き攣らせながら、周囲を見渡した。
そして、気づいた。
自分が華麗に倒すはずだったマッド・グリズリーも、ヘルハウンドも。
すでにすべて、俺たちの手によって**「解体待ちの死体の山」**に変わっていることに。
「あ、あの〜……どちら様ですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、ゼロスの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。
彼が身につけている小型の通信石(ワイズの配信カメラに繋がっている)からは、「え、もう敵いないじゃん」「勇者(笑)遅刻乙」「安物装備の兄ちゃんの方が強くて草」といった、神々からの辛辣なコメント(幻聴)が聞こえてくるかのようだった。
(僕の……僕の最高のステージが!! 莫大な予算をかけた『ヤラセ配信』のピークが、こんな底辺の農民上がりに台無しにされただとォォォッ!!)
ゼロスはギリッと真っ白な歯を噛み締め、俺たちを憎悪の目で睨みつけた。
「そこの薄汚い装備の男……。お前が、この魔物たちを倒したというのか?」
「え、あぁ、まぁ。俺と仲間の連携でなんとか……。あんたも勇者なんだろ? 加勢に来てくれたんなら申し訳ないけど、もう片付いちまったよ」
俺が苦笑いしながら頭を掻くと、隣にいたクレアが俺の袖を激しく引っ張った。
「ちょっとユート! あの男の装備、ヤバいわよ! あのマント、純度100%のミスリルよ! 最低でも金貨500枚(500万円)は下らないわ! 剣なんてオリハルコンよ!? 動く国家予算みたいな男よ!!」
「ま、マジかよ! タローマンの防具何十万個分だよ……!」
俺たちがその金ピカ装備に圧倒されていると、ゼロスは突然、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
彼の脳内で、台本の強引な修正が行われたのだ。
(ふん……僕のスポットライトを奪った罪は重いぞ。ならば、この村を焼いた『罪』をすべてお前たちに擦り付け、僕が『悪の元凶(お前たち)』を裁く正義の執行者になってやろう!)
ゼロスは懐から『陽薬草茶』の小瓶を取り出し、隠すように一気飲みして魔力(課金バフ)を補充すると、剣先をビシッと俺に向けた。
「村の皆! 騙されてはいけない!!」
ゼロスの美声が、再び村に響き渡る。
「この男たちは、魔獣を討伐した英雄などではない! なぜ辺境の村に、こんな高ランクの魔獣が出現したか分かるか!? それは……この卑劣な偽勇者たちが、お前たちから討伐報酬を巻き上げるために、裏で魔獣を操って村を焼かせたからだッ!!」
「……はぁ!?」
あまりの言いがかりに、俺の思考が停止する。
炎上神のプロデュースした『ヤラセ』の責任が、すべて俺たちに押し付けられようとしていた。
札束で殴る課金勇者による、最悪の「炎上コントロール(冤罪)」が、今まさに始まろうとしていた。




