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推しの献血王子がなぜか家に通ってくるんだけど、距離が近すぎてもう好きになるしかない  作者: はりねずみの肉球
第2章:同じ帰り道の違和感

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パート2:『至近距離の推しと、悪魔の配信スイッチ』

「お姉さんは、ゲームやらないんですか?」


真っ直ぐな黒い瞳が、私を捉える。

不意に話を振られた私は、変な声が出そうになるのを必死に飲み込み、首を横に振った。


「わ、私は全然……見るのは好きですけど、プレイするのは……」


「姉ちゃんは基本、傍観者だからねー。俺がやってるのを見て満足するタイプ」


海斗がコントローラーをいじりながら、適当な相槌を打つ。

(ちょっとあんた、推しの前で変な暴露しないでよ)と目で殺意を送るが、画面に集中している弟には全く届いていない。


「へえ、そうなんだ」


恒一さんはソファから立ち上がると、なぜか私が座っているダイニングテーブルの方へと歩み寄ってきた。


「え、あ、あの」


「俺も傍観者でいられたら楽なんだけどね。今度、仲のいい配信者の人たちとゲームの大会に出ることになっちゃって。足引っ張りたくなくて、海斗くんに泣きついたってわけ」


彼が、私のすぐ隣の椅子に片手をついて身を乗り出す。

近い。

さっきの電車よりも、さらに距離が近い。

彼の顔が視界いっぱいに広がり、清潔な柔軟剤の匂いと、微かな体温が伝わってくる。

目元がふにゃりと下がり、私に向けて少しだけ困ったような、でも甘えるような笑みを浮かべる。


「だから、今日はガチで教えてもらわないとヤバいんだよね。お姉さんも、俺のへっぽこプレイ見て笑っててよ」


ドクン、と心臓が跳ねる。

なんだこの人。無自覚の距離バグにも程がある。

推しにこんな至近距離で「笑っててよ」なんて言われたら、普通なら卒倒するレベルだ。私は息を吸うタイミングを見失い、ただコクコクと赤べこのように首を縦に振ることしかできなかった。


「まり姉ちゃん、顔赤いけど大丈夫? 熱?」


モニターから視線を外した海斗が、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。

(まり姉ちゃんって呼ぶな! そしてニヤつくな!)

弟の鋭い観察眼に、私は顔から火が出そうになるのを必死で堪える。


「な、なんでもない! ちょっと部屋が暑いだけ!」


「ふーん? まあいいや。恒一さん、そろそろ実践形式でやってみよっか。ていうか、せっかくだから配信回していい?」


海斗が、さらりと爆弾を投下した。

私は弾かれたように顔を上げる。


「ちょっと! 海斗、あんた何言って……」


「え、いいの? 俺は全然構わないけど」


私の静止を遮るように、恒一さんが軽く頷いた。


「いやいやいや! 恒一さん、芸能人みたいな活動してるのに、ゲーム配信なんて出たらヤバくないですか!?」


「大丈夫だよ、まりちゃん。顔出しはしないし、声だけで俺だって気づく人なんてそうそういないから」


まりちゃん。

推しの口から、私の名前が発せられた。

その破壊力に一瞬意識が飛びそうになったが、今はそれどころじゃない。

「声だけで気づく人なんてそうそういない」って、あなたが自分の声の強さを分かっていないだけだ。その甘くて特徴的な声、ファンなら一秒で聞き分ける自信がある。


「じゃあ、マイクONにするねー。恒一さんは『コーイチ』って名前でよろしく」


私が止める間もなく、海斗は手元の機材を操作し、モニターの端に配信用のコメント欄を表示させた。

彼のアカウントは、コアなゲームファンから絶大な支持を得ており、通知が行った瞬間に数百人の視聴者がなだれ込んでくる。


『海斗のゲリラ配信きたー!』

『隣誰? コラボ?』

『コーイチって誰? 初心者?』


滝のように流れるコメント。

「どうもー、今日はフレンドのコーイチさんと特訓配信です」

海斗がマイクに向かって軽いノリで喋り始める。


「はじめまして、コーイチです。全然初心者なんで、お手柔らかにお願いします」


恒一さんがマイクに近づき、あの耳障りの良い低音ボイスを響かせた。

その瞬間。

コメント欄の流れが、一瞬ピタリと止まり、次の瞬間に爆発した。


『え、いい声すぎん?』

『イケボキターーー!』

『声優? 配信者? 誰!?』

『待って、この声どっかで聞いたことある』


ほら見ろ! 言わんこっちゃない!

私の嫌な予感は見事に的中し、コメント欄は彼の『声』に対する反応で埋め尽くされていく。


「お、コーイチさん声のウケめっちゃいいじゃん。じゃあ早速、三人でマッチングしよっか」


「三人?」


恒一さんが不思議そうに首を傾げる。

私も「は?」と声を出した。


「まり姉ちゃんも入るでしょ。人数多い方が練習になるし」


海斗が、手元にあったもう一つの予備コントローラーを、無造作に私に向かって放り投げる。

慌ててそれを受け取った私は、弟の悪魔のような笑顔を睨みつけた。


「ちょっと、私やらないって言ったでしょ!」


「いいじゃん、コーイチさんの接待プレイだと思ってさ。手加減してやってよ」


「そうですよ、まりちゃんも一緒にやりましょうよ」


恒一さんが、あのずるい三日月目の笑顔で私を見つめる。

推しにそんな顔で誘われて、断れるオタクがこの世に存在するだろうか。いや、いない。


「……っ、足引っ張っても知りませんからね」


私は諦めて、ソファの端っこ――彼から少しだけ距離を空けた場所に腰を下ろした。

逃げ場はない。

推しと、世界レベルのゲーマーの弟と、私。

絶対に交わるはずのなかった三人の、生配信バトルが始まろうとしていた。

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