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推しの献血王子がなぜか家に通ってくるんだけど、距離が近すぎてもう好きになるしかない  作者: はりねずみの肉球
第2章:同じ帰り道の違和感

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パート2:『王子様の剥製を脱ぎ捨てて』

オレンジ色の街灯の下、深夜の静寂に溶けるように私たちは抱き合っていた。

彼の心臓の音が、私の耳に直接届く。速くて、力強くて、生きている人間の鼓動。

画面越しに見ていた『献血王子』は、いつだって完璧な笑顔で、どこか非現実的な美しさを持っていた。けれど、今私の腕の中にいるのは、走り疲れて息を切らし、私の拒絶に怯えていた、等身大の二十二歳の青年だ。


「……まりちゃん」


彼が私の名前を呼ぶ。

「はい」と答える代わりに、私は彼のパーカーの背中を、ぎゅっと握りしめた。


「俺さ、みんなが望む『白瀬恒一』でいるのは、そんなに苦じゃなかったんだ。誰かの役に立てるなら、それが俺の役割だって思ってたから」


彼の顎が、私の頭の上に乗る。

少しだけお酒のような、でもそれ以上に体温の混じった、切実な声。


「でも、まりちゃんに会ってから、欲が出ちゃったんだ。王子様じゃなくて、ただの隣にいる男として、一緒に笑ったり、ゲームで負けて悔しがったりしたくなった。……嫌われたくなくて、でも近づきたくて。俺、本当にカッコ悪かったよね」


「……全然、カッコ悪くないです」


私は彼の胸に顔を埋めたまま、小さく首を振った。


「むしろ、あの日の『マリ王』にボコボコにされて目を丸くしてた恒一さんの方が、ずっと……ずっと、素敵でした」


私の言葉に、彼は堪えきれないといった様子で、クスクスと喉を鳴らして笑った。

その振動が私の体にも伝わって、重苦しかった胸の奥が、嘘のように軽くなっていく。


しばらくして、私たちはゆっくりと体を離した。

至近距離で見つめ合う。

彼の目はまだ少し赤いけれど、そこにはもう、私を不安にさせるような影はどこにもなかった。


「……あの、恒一さん。いえ、恒一くん」


言い換えると、彼は満足そうに目を細めた。


「これからは、ちゃんと一人の人として、向き合ってもいいですか? 私はただの大学生だし、恒一くんみたいな華やかな世界にはいないけど。でも、ゲームでも、献血ルームのドーナツ選びでも、恒一くんの隣で、本気で戦いたいし、楽しみたいです」


「……うん。それ、最高のご褒美」


彼は私の手をそっと取り、指を絡めた。

冷えていたはずの指先が、彼の熱で一気に溶かされていく。


「あ、でも一つだけ条件があるんだけど」


「え、なんですか?」


彼が少しだけ真面目な顔をして、私を覗き込む。


「次回の特訓、海斗くん抜きで、まりちゃんにマンツーマンで教えてほしい。……俺、実はあの後、こっそり一人で練習したんだけど、やっぱりまりちゃんのライン取りが再現できなくてさ」


「ふふっ、いいですよ。でも、私、教えるのはスパルタですよ? 『マリ王』は甘くないですから」


「望むところだよ」


私たちは同時に笑い合った。

深夜の神戸の街に、小さな、でも確かな幸福の音が響く。

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