表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しの献血王子がなぜか家に通ってくるんだけど、距離が近すぎてもう好きになるしかない  作者: はりねずみの肉球
第1章:金髪の迷子は推しでした

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/12

パート2:『金髪のヤンキー、声だけは王子様』

心臓が、肋骨を内側から強く蹴り上げた。


バクン、という大きな音を脳内で聞きながら、私は必死に表情筋を引き締める。

ただの他人の空似。声が似ているだけの別人。

そうだ、世の中には声がそっくりな素人がモノマネ番組に出るくらいだ。奇跡的な確率で、声帯と笑い方の癖が一致した金髪のヤンキー(仮)が目の前にいるだけ。


「あ、えっと……阪急、ですよね」


声が上ずらないように、お腹にぐっと力を入れて紡ぎ出す。


「はい。あっちの方向……で合ってます?」


彼が黒いパーカーの袖から長い指をのぞかせ、私がこれから帰ろうとしていた方向とは真逆――ポートライナーの駅がある海側を指差す。


「逆です。それだと完全に海の方に行っちゃいます」


「うわ、本当だ。全然違う」


彼がマスク越しでも分かるくらい、目を丸くして肩を落とす。

その少し抜けた反応に、つい警戒心が緩んでしまう。


「今、JRの高架下から阪急に向かう道、工事で一部塞がってて。少し迂回しないといけないんです。すごくややこしくて」


「え、そうなんですか。どうりでさっきから同じ場所をぐるぐる回ってる気が……」


「私も同じ方向なんで……よければ、途中まで案内しますよ」


口をついて出た言葉に、自分でも驚く。

普段の私なら、絶対に「あっちです」と指を差して逃げるように立ち去るはずだ。見知らぬ、しかもこんなに目立つ金髪の男性に自ら同行を申し出るなんて。

でも、道に迷って本気で困っている人を見ると、どうしても放っておけない。


「本当ですか。すごく助かります」


パッと花が咲くように、彼が再び目元を緩める。

その瞬間、またしても鼓膜の奥で『献血王子』の声が再生され、私は慌てて踵を返した。


「こっちです」


歩き出す私の横に、彼が自然な動作で並ぶ。

その途端、ふわっと微かに甘い香りが鼻をかすめた。

香水のようなツンとした匂いじゃない。太陽の光をいっぱい吸い込んだタオルみたいな、清潔な柔軟剤の香り。


距離が、近い。

横目で盗み見ると、彼の肩幅の広さと、長い脚が嫌でも視界に入る。

歩幅が全然違うはずなのに、私の歩くスピードに合わせて、彼がゆっくりと足を踏み出しているのが分かる。


「今日は、人が多いですね」


歩きながら、彼がポツリとこぼす。

雑踏のノイズに掻き消されそうな声量なのに、その低くて甘い響きは、不思議なくらい鼓膜にスッと届く。


「週末ですしね。あ、駅の近くでイベントもあったみたいで」


「イベント?」


「はい。近くの献血センターで、ちょっとした催しがあって」


「へえ。献血、いいですね」


相槌を打つその声。

『いいですね』の、語尾の優しく下がるトーン。

ぞわっと、背筋を電流が駆け上がる。


……おかしい。

どう考えてもおかしい。


視界に映っているのは、ダボついた服を着た金髪の不審な青年。

なのに、耳から入ってくる情報が、完全に『白瀬恒一』なのだ。

脳の処理が追いつかず、視覚と聴覚の強烈なバグに眩暈がしそうになる。


「この辺りは、よく来るんですか」


彼が私の方へ少しだけ顔を傾ける。


「大学が近いので。でも、三宮の駅って地下も地上も複雑だから、迷いますよね」


「そうなんですよ。親切な方に案内してもらえて、本当に運が良かったです」


言葉選び。

初対面の相手に対する、丁寧で、押し付けがましくなくて、相手を気遣うようなトーン。

ポンポンと返ってくる会話のリズムが、やけに心地いい。

初めて話す背の高い男性なんて、普通なら緊張してうまく息もできないはずなのに、不思議と肩の力が抜けていく。


「そんな、ただの通り道なんで」


謙遜して笑うと、彼も「ふふっ」と笑う。

まただ。

目尻が下がって、三日月のような形になる瞳。


私はギュッと、右手に持ったクリアファイルを握りしめる。

視線を前に戻し、薄暗い高架下の通路へと足を踏み入れる。

オレンジ色の古い照明が、一定の間隔で私たちの影をアスファルトに落としては消していく。


ダメだ、意識しちゃいけない。

もし彼が本当に推し本人だとしたら?

いやいや、イベントが終わった直後に、わざわざ金髪のウィッグ(だよね?)を被って、こんなストリート系の服に着替えて出歩く理由がない。

それに、推しがこんな普通にその辺を歩いていて、私なんかに道を聞くわけがない。


私の中の『常識』が、必死に警報を鳴らし続ける。


でも。

この歩幅の合わせ方。

声のトーン。

笑った時の、目元のシワの寄り方。

匂い。


脳内で、バラバラだった無数のパズルのピースが、カチ、カチッと音を立ててはまり始めていく。

その完成図から目を逸らすように、私はただひたすらに、前だけを見て歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ