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悪の鎧騎士物語  作者: うろこ
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<第18話> 勇者ルーノの旅立ち

 ユイリとのチャンバラごっこの後、僕のうわさが村に流れた。

 剣の達人、ではない。

 女の子をいじめたクソ野郎という汚名だ。


 そのせいでキッズコミュニティからハブられた僕はひとり、畑の隅っこでいじけていた。

 ラパルの畑だった。

 鉄と剣の国である剣星国で、ブレスト村の唯一の特産品がラパルだ。

 

 ラパルはとても甘味の強い野菜で、見た目はキャベツかレタスに似ている。

 濃い緑色のキャベツだ。

 トマトくらいに甘く、トマトほど水分は多くない。


 水はけが良い平野、年中一定の気温が必要となってくる野菜だった。

 収穫は年に二度、四月と九月。

 この過ごしやすい年中春みたいなのがブレスト村の特徴だった。


 もう少しで北に行ってしまうと、気温が下がるし、梅雨っぽいのがあるらしい。

 六月ではなく、十一月。

 消滅した十二聖道の宮がある月だ。


 ――あいつ、死んじまったんだよな。


 俺の前世から、結構年月が経ってしまったような気がする。

 俺の記憶では、人間界に魔界領域はなかったし、魔界にまで攻め込んでいた。


 しかしながら、魔界と天界の領域争いは一進一退だ。

 俺の前世のもっと昔では、人間界の半分以上が魔界領域だったこともある。


 長い長い戦争のさなかで、誰かが存在を消す。

 そんなのは当たり前のことだ。


 ふと、彼がつぶやいていたセリフを思い出す。


「過ぎた力は悪、か」


 天神教にとって悪とはまさに魔神の具現だ。

 その魔神を倒すために、聖人や聖徒は力を持っている。

 

 その力もまた過ぎれば悪になる。

 矛盾している。

 天神教もあいつの言葉もが真ならば、魔神を倒すべき力もまた魔神を根源としていることになる。

 

 僕はあいつの言葉に賛同することはしなかった。


 とりわけ僕は天界側に贔屓したい気持ちはない。

 天神教を妄信するわけでもない。


 しかしながら僕が人間である以上、魔界側について得はない以上、天神教は信じるべきだ。


 もし魔界側ともとれるあいつの言葉を肯定し、魔界側についても僕の実害はない。

 しかし僕が優れた剣術で優遇されたとしても、周囲の人間はそうはいかない。

 

 魔界側にしたら人間は食物連鎖の一部でしかないのだ。

 魔神が森羅万象、有象無象の全てであり、個にして全なのだ。

 

 それに対して、天神は前の前の日本現代社会でいう、神様だ。

 聖王様は超強力なローマ法王で、天神教は天神を信じるもの全てが救われると語る。


 周囲の人を思えば、天神側の方が良いだろう。

 しかし、良いところばかりでもないのが残念なところだ……。


「ルーノ?」


 建物の影から、ひょっこりとアニカが顔を出した。

 

「やあ」


 僕が声をかけると、姿を現して、てくてくとこっちへ来た。

 僕の隣、やや距離を開けて座ると、アニカは言った。


「ルーノ、だいじょうぶ?」


 アニカの栗色の髪の毛から、女の子の匂いがした。

  

「大丈夫だよ」


 普段なら気遣われたら、

 君が来てくれたから大丈夫だよ、とか言っていたところだった。

 けど、なぜかそういう軽口は言う気になれなかった。

 本気でアニカが心配してくれている気がしたのだ。


「どうかした?」

「ううん、なんでもない」


 なんでもない、と言ったきり、アニカは黙って僕の隣に座っていた。

 そよそよと爽やかな風が僕の前髪をゆらしている。

 日が傾きはじめ、あと一時間もすれば日没だろう。

 

 沈黙。

 ただ時間が過ぎ去り、夕焼けの空が僕らを見下ろしていた。


「ルーノ」

「なに?」

「ルーノは将来何になりたい?」


 このままいけば、僕はブレスト村の村長になる。

 アニカはどうなるか知らないが、ここらへんでは親の仕事を継ぐのが一般的らしいし。

 ユイリは鍛冶屋になるだろう。

 剣術堂だけはちょっと特殊だけど似たようなものだ。


 これになりたい、と言って飛び出していく奴はあまりいない。

 それはブレスト村が田舎だからか、それともこの世界での常識か。

 日本も現代になるまでは、そこまで職業の自由はなかったと思うし、これが普通なのかな。

 と僕は考えていた。


 だから、アニカの質問はとても奇妙に聞こえた。


「僕はね、冒険者になるよ」

「ぼうけんしゃ?」

「ああ、世界のあちらこちらを見て回って冒険するんだ」

「ゆうしゃじゃないの?」

「勇者?」

「あ……」


 ――勇者?

 勇者っていうと、魔王を倒すアレか?

 この世界にいたっけな……。


【聖人のことですよ、ルキアーノ】


 なるほどなるほど、聖人を勇者って呼ぶのか。

 ――て、またお前か!

 さてはお前だな、アニカに入れ知恵をしているのは。


【アニカは私の可愛いお友達なのですよ。それくらい良いではありませんか】


 ――なぁにがお友達だ。お前はティターニアだろう!


【おや、気づいていましたか。しかし私が私であっても、アニカを友とすることには何ら関係がないと思いますよ】


 ――友達じゃなくて手先だ手先。僕を何をさせようっていうんだ!


【手先ではありませんよ、ルキアーノ。彼女があなたを心配していることは事実なのですから】


 ――アニカの気持ちを利用しているのも事実だろ?

 

【まあ! なんて邪な発想でしょう。あなたも夫と同じくそういう邪推をなされるのですね。嘆かわしいですよ、ルキアーノ】


 ――ああもう面倒くさいなぁ。


 何だか相手にするだけ無駄に思えてくる。

 こっちが何と言ってもこの女は何も認めないし、こちらの言い分を聞こうともしない。

 というか、相手がこちらとの会話を楽しんでいる節がある。

 困らせては楽しんでいるのだ、この性悪女は。


「ルーノ」

「な、なに?」

「勇者になって」

「えー……」


 もう聖国の手先になるのは御免被りたい。


「な、なんで?」

「いや?」

「嫌じゃないけどさ……」

「ならなって」

「…………」


 いくらアニカのお願いだからといっても……。

 というかアニカの背後にあの女がくっきりと透けて見えるのが嫌すぎる。

 ここはなるべく柔らかく断って――


「なったら何でもいうこときいてあげる」

「――――っ!」


 ――何でも言うこと聞いてくれるぅ?!

 何でもっていうのはあんなことや、こんなことでもいいんだ。

 そう、アレだってコレだって。

 ――いや、しかしぃ!


「ついでにお嫁さんにもなってあげる」


 ――ついでぇ?!

 え、僕の嫁になったらアレもコレもしてくれなきゃダメだから、

 一体俺は「何でも言うこと聞く」に、何を言えばいいんだ?!


 ――あ、あれか……?

 いやあれは流石にだめだろう。人として。

 そもそも婚約をこういう軽い気持ちでしてはいけない気がする。

 もっとこう、二人の間で絆が深まってから、とか。

 僕が竜を退治して、アニカの不治の病を治してから、とか。

 いやアニカは別に不治の病ではないのだけれども!


「ルーノ、はやくして」

「僕、勇者になります!」


 とても軽い気持ちで僕はOKした。

 このとき僕は知らなかった。

 アニカが自分が何を言っているか理解していなかったことを。




   ○




 そして五年後。

 僕とアニカは十五歳となり、旅立ちの日を迎えた。

 アニカに勇者になると誓ったあの日に、僕はロートスとリトリーに冒険者になることを伝えた。

 母にはかなり心配されたが父には反対されなかった。


「それで戻ってくるつもりはあるのか、ルーノ」

「はい、世界を一回りしたあとに。おそらくは五年後、必ずや戻ってまいります」

「そうか。しかし、戻ってきてお前に村長の座があるとは思うな」

「ええ、分かっておりますとも」

「そうか、ならばよい。好きに往け」

「はい! あと一つだけ報告が」

「なんだ?」

「アニカも一緒です」

「なに?」

「ついでにアニカを嫁に貰います!」

「……は?」


 呆れられた。

 しかしアニカ本人からそのことを聞くと、アニカの両親とロートスとの話し合いがはじまり、

 なんやかんやあって、承諾された。

 次第に現状を理解しはじめたアニカが顔を赤くしていたので、たぶんOKなのだろう。


 婚約が決定して、僕はさっそく旅の準備に取り掛かった。

 まず先に問題になってくるのは資金だ。

 旅には金がいる。当然のことだ。


 ロートスには当てがあると言ったが、まああながち嘘でもない。

 僕は別に魔術を覚えなくとも、金を稼がなくとも心配ない。


 そう、”パーティー”を組めばいいのだ。

 パーティーのメンバーに加わった者のスキル、アイテム、ステータスから恩恵を得られるのだ。


 ――お金だってアイテムだ。


 僕は旅立つまでの五年間、人を握手することだけに努めた。

 僕に好意をもってもらい、握手する。

 これだけだ。


 アニカは何やら修行をしていたみたいだけれど関係ない。

 関係ない、というか、アニカが強くなればその分僕も少しだけ強くなれる。

 鑑定スキルだって、練習したのか、僕も少しだけなら使えるようになった。


 だが、アニカみたいな便利スキルを持っている人はそうそういない。

 だから金だ。

 金をもってそうなやつばかりを狙っていった。


 特に盗賊。

 盗賊の宴に潜り込んでは仲良くなって、次の日にはとんずらする。

 盗賊だから金を奪っても心が痛まない。


 ――このパーティースキル、最強なんじゃないか?


 とも考えていたけれど、おそらく距離制限があるらしい。

 らしいっていうのは、アニカが自信なさげに言っていたからだ。

 試していないけれど旅の道中でわかるだろう。

 とにかく、金だけを魔術を込められた布袋で取り出していく。

 一人ひとりからちょっとずつ。


 千人もいれば、一人百円でも十万円だ。

 いや円じゃないけれども。

 この世界じゃ通貨は「ゼル」が使われている。

 十万円相当のゼルがあれば、この世界じゃ三か月は暮らしていける。

 どこまでが距離範囲かわからないが、次の町までは十分使える。


 ――隣町のブラパールでもアニカのパンツは引き出せたしな!


「なにニヤニヤしてるの、あんた」

「ん? いや別にぃ」

「あっそ。はやくいくよ」


 旅支度をしたアニカが、僕に手を差し出す。

 ちょっと昔よりそっけなくなったけど、体はすっかり大人だ。

 ――美人だ。

 栗色のウェーブがかかった髪が美しい。

 背も女性にしては高く、すらっとしたスタイルもいい。

 欲を言えばもっと胸が大きくなってほしかった、ことくらいか。


「ルーノ、アニカちゃん。気をつけてね……」

 

 今にも泣きだしそうなリトリー。


「大丈夫!」

「ルーノを頼むね、アニカちゃん……」

「任せておばさん!」


 ――普通逆じゃないですかね、母さん。


 まあ確かに戦闘能力以外じゃ、圧倒的にアニカの方が優れてるけどさ。

 いやでもね、男として、頼られるんじゃなくて頼るなんて、情けなくない?

 戦いじゃ頑張るんだから、華を持たせてくれてもさ……。


 なんてのは母さんには通じない。

 母さんは僕のことをおそらくがり勉程度にしか思っていないのはわかっている。

 いくら剣の腕を見せたところで、全然僕が強いことを信じてくれないのだ。


 ――はぁ……。


「ルーノもアニカちゃんをしっかり守るのよ」

「え……」

「ルーノは男の子なんだから」

「任せてください、母さん。僕の命に代えてもアニカは守るさ」


 ――母さん! 

 今までの僕を弱く見ていたのは一体何だったんだ!

 ちらっと横をうかがうと、


「ばーか」


 ――やはりアニカは可愛い。

 

 ロートスとアニカの両親が待つ村の大門に足を進める。

 その行く先々で、村の人たちに声をかけられた。

 木こりのおっちゃんも。ラパル農家のおばちゃんも。

 みんなみんな歓迎してくれる。

 

 鍛冶屋の前を通りかかったときだった。


「あ……」

「ユイリ!」

「アニカ……」


 ユイリだった。

 僕が叩きのめしてからというもの、随分おとなしくなった。

 髪も伸ばして、めっきり女性らしくなっている。


「本当に行くんだね……」

「うん。でも、また戻ってくるから」

「ユイリちゃんの顔が見れないと寂しくなるなぁ……」

「お前には言ってない」


 相変わらず僕にだけは冷たい。

 

「これで餞別だけど……」


 鉄の剣だった。

 それも二本。

 あまり無駄な買い物はしたくなかったら、ちょっぴり期待はしていた。


「ありがとう、ユイリ」

「うん、がんばってねアニカ。それと、夜はこいつと離れて寝ること」

「そんなのわかりきってるよっ」


 ふふふ、と少女たちが笑いあっている。

 ――なぜだ?

 なぜは僕はこんなに危険視されているんだ?


 ユイリと別れて、村の大門へと向かう。

 父のロートス、アニカの両親がいる。


 隣町までは馬車で送ってもらうことになっていた。


 そう、ここから始まるのだ。

 はじまりの村から、世界の果てまで。

 僕は冒険者になる。

 ついでに勇者にもなってやる。


 それで文句はないだろう?

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