<第17話> 剣星国の少女
「アニカに近づくな、この便所虫」
仁王立ちするユイリ。
便所虫でも見るかのような視線の先にいたのは、まぎれもなく僕だった。
ブレスト村、というか剣星国において、こういう気の強い女性は一般的だ。
むしろ、僕の母であるリトリーやアニカの方が珍しいらしい。
なんといっても、この村にもあるが、剣術堂の存在が一役買っているだろう。
剣術堂のしごきは、艱難辛苦の雨嵐であり、それは老若男女を問わないという。
村で剣術堂に入っていないのは、ブレスト一族とその親戚ぐらいだ。
アニカも父・ロートスの祖父の兄弟の、その子の孫、という、何とも遠すぎる一応血縁関係はあるからその例だ。
母はというと、聞いてみると母はモストレア連邦の出身であるらしく、
二人の出会いがその辺に関係あるらしい。
見合い結婚ではないのが一番の驚きだった。
そう、何が言いたいかというと、気の強い女が多すぎるのだ。この剣星国は。
例外を挙げる方が手っ取り早いくらいに。
しかしだからといって、人の後頭部を膝蹴りして、便所虫扱いというのは、もはや気が強いの一言では済まされないだろう。
だから。
「ううっ、ごめんなさい……」
目をこするようにして顔を覆い、湿っぽい声を出してみる。
秘儀、泣いたふり。
これでさすがのユイリも攻撃の手を弱めるだろう――
「くよくよすんな!」
ぼかっ。
今度はグーだった。
女の子のパンチながらそのこぶしは固く、狙い定めたように左頬へクリティカルヒットし、僕の脳髄をシェイクする。
しまった。
聖国の女とは違うのだった。
剣星国の女には慈悲という文字はないのだ。
可哀想ではなく、意気地なしと映ってしまうか。
ならば!
「くよくよして何が悪い! 弱さを見せられない方がよっぽど弱虫だ!!」
「な……」
苦し紛れに、それっぽいことを言ってみる。
ユイリは脳筋ではないから、僕の言葉の意味を考えるはずだ。
だから、混乱する。
「それに僕は弱くない! ユイリ、僕と勝負してくれ」
このまま便所虫扱いされて、アニカに接触できないのは面白くない。
一度めっためったのぎったんぎったんにして、ギャフンと言わせてやろう。
「君の得意な剣術で戦おう。もちろん、逃げはしないよね?」
「逃げるわけないでしょ!」
ほら、ノッてきた。
剣術堂に通っていない僕に対して負けるはずがないと思っているんだろう。
ユイリは剣術堂で、剣星三段を取っていると聞いたことがある。
十二で二段なら秀才だ。
修生から始まり初段、二段と続き、十段、剣華、剣雷、剣天となる。
ブレスト村の師範代で剣華だ。
しかし、僕は剣天にさえ勝てる聖徒だった。
あの肉体をもってすれば、剣星国で最も強いやつにさえ勝てた。
今は十歳の肉体だ。使える技が限られてくる。
それでも僕の実力は剣華と同じくらいだろう。
師範代と同格の相手と、剣星二段だ。
どう考えたって、僕の勝利は確実だった。
☆
木剣を二本準備し、それぞれ手に取り構える。
ユイリは基本をしっかりと守っている。
スキの少ない構えだ。
剣星国の剣術は大陸中の基礎中の基礎だ。
獣王国の前陣速攻だって、根本には剣星流がある。
武装共和国にしたって、歩兵の基本戦術は剣星流。
剣術の始まりの地が、ここ、剣星国なのだ。
「そんなへんな構えを取っていたらけがをするぞ」
片手持ちが気になるようだ。
根はやさしいのか、ユイリは僕を心配してくる。
ズブの素人相手に剣を向けるのが嫌なんだろう。
それが木剣であったとしても。
「怪我なんてしないよ」
できるだけ余裕たっぷりに答えてやる。
鍛錬は毎日欠かしていない。
「はじめようか」
舞台は広場だ。
時刻は昼下がり。
観客はアニカ。
相手はユイリ。
「いくよ!」
ユイリのかけ声とともに、勝負が始まる。
間髪入れずに、ユイリが若干緩急をつけながらも、惑わす動きで僕を狙ってくる。
足さばきは見事だが、緊張しているのがわかる。
僕の妙な構えに注意を集めすぎだ。
攻撃は読めている。
下段からの振り上げと見せかけた横薙ぎだ。
横腹に一撃入れて、ノックダウンさせるつもりだろう。
僕は右足だけ一歩引いて、木剣を構える。
ユイリは思うはずだ。
打ち込んでくるから、それを半身で避けて側面を狙おうと。
「――はぁ!」
きた。
急速にスピードを上げてながら、木剣を上部へスライドさせていく。
ここへきたら僕は打ち込めないし、届かない。
だから、ユイリの木剣を掴むことにした。
空いた左手で、後ろから包み込むようにして木剣をつかまえる。
そうして、僕の横腹を狙うスピードを活かして、僕は一回転した。
地面をけり、左方向へ側転だ。
僕のジャンプの予備動作をユイリは見逃していた。
緊張か、注意が僕の木剣にばかり向いていたせいだろう。
ユイリの木剣の威力をできるだけ殺さないようにして、空中で横飛び。
今はここまでが限界だ。
これでも今の筋力量でギリギリなのだ。
僕はユイリの背後に着地し、木剣をユイリの美しいうなじに向ける。
剣先が彼女の脊髄を正確に指す。
「僕の勝ちだよ」
ゆっくり振り向いたユイリは、ぽかんと口を開けて呆けていた。
アニカがタッタッタと近づいてくれるのが分かる。
「……ぅ、うう……」
アニカが僕の強さに惚れ、ユイリは僕を見直すことになるだろう。
もう便所虫扱いなどされまい。
ほっと一息つき、僕はアニカに熱い抱擁を――
「ひどいよルーノ!」
――え?
「うぅううぇええええええええええん!!!!」
泣いていた。
僕でもアニカでのも他の誰でもない。
ユイリが泣いていたのだ。




