<第16話> もうひとりの主人公、ルーノ
ルキアーノ=ブレスト。
僕の三回目の人生での名前は、ルキアーノ=ブレストだった。
そう、僕はこれが三度目であることをわかっていたのだ。
前世の記憶がある。
その前世の前の記憶まで僕は持っている。
一度目の人生は、東京に住む19歳の青年だった。
少しゲーム好きなだけの、平凡な男だった。
それでも順風満帆な人生で、僕はいつの間にか、この世界に連れていかれていた。
二度目の人生は、聖国の王子だった。
聖国とは天神教の総本山だ。
一般人には入ることさえ難しい。
そんな聖域で、僕は一生を暮らした。
鳥籠の小鳥のように、僕はいつ来るか分からない魔王軍を待っていたのだ。
聖徒として育てられ、そして死んだ。
そして、三度目の人生。
出たくても出られなかった聖国の外にいる。
女もいる。
僕がずっと思い描いていた村の風景。
ここは剣星国家。
その南の外れの田舎、人口五百人も届かないほどのブレスト村。
僕はそこの若き村長の息子として生まれた。
父の名前はロートスといい、若くして村の名士だ。
母はリトリー、金髪でとても美しい人。
しかし、気が弱く、そのせいか薄幸の麗人によく思われる。
僕は一歳で言葉を話し始めた。
口周りの筋肉が発達しはじめ、ようやく話せるようになった。
土台が育てばこちらのものだ。
僕はこのロートスよりも体感年齢では上なのだ。
おそらくは武術だけなら、六歳の僕の方が優れている。
十歳になる頃には、村の子供全員の家庭教師をするようになっていた。
父は聖国に引きこもりだった僕に、あらゆることを教えてくれた。
僕のことを天才と言ってはばからず、僕に期待してくれたのだ。
父から与えられた知識は、これから役に立つだろうと思われた。
母は母で、僕の事を嬉しいを思う反面、注目を浴びるのが嫌なように見えた。
「無理をしてはだめよルーノ……」
「無理などしていませんよ、母上」
父から教育を受ける一方で、僕は独自に訓練を積んでいた。
やっと聖国から解放されたのだ。
ずっと夢見ていた冒険者になりたかった。
前世での剣術を再現するために筋肉をつけ、前回は手を出さなかった魔術に手を出した。
魔術といっても、光魔術ではない。
天神教の崇拝者は、光魔術のことを聖術と呼びたがるが、どう考えたって魔術だ。
光魔術はあまり使い勝手がよくない。
略式にしたって、魔法に昇華させたとしても、詠唱が必要なのだ。
前衛のいるパーティーならまだしも、神官のソロがいないように、実戦では弱すぎる。
「魔術は肉体補助だけで十分だろう」
こんなファンタジーな世界にも慣れきってしまった。
まあ聖国なんて一番のファンタジーメルヘンに閉じ込められていたんだし当然かな。
剣術を極めたら、次は聖剣を手に入れようかな。
魔術はそこそこでいい。
パーティーを組めばいいのだ。
そう、今回の僕の体には、前回とは違い、新たなる”力”が宿っているんだ。
○
僕は家が隣の幼馴染がいた。
アニカという茶髪の女の子だった。
僕は、家庭教師の仕事が終わってお昼を食べたあと、広場へ向かった。
そして、待っていたアニカと雑談したあと、なるべく自然に、
「アニカ、手を握ってくれない?」
「いや!」
ほら、こうやって手を握れば――
僕の手がひゅっと空を切る。
――手を握ることができれば、相手を自分のパーティーに引き込めるんだ。
パーティーに引き込んだメンバーの、スキルとか肉体値の恩恵を受けることができる。
たとえば、足の速いヤツがいたら、僕は少しだけ足が速くなるし、
鑑定のスキルが使えるであろうアニカをメンバーにいれば、僕は少しだけ鑑定を使えるようになる。
「ね? いいでしょ? ね?」
「だめ!」
僕の誤算は、前回に比べて顔が悪くなったことだった。
聖国で生まれたときは、それはもう万人が褒めたたえるほどの美男だった。
なのに、今回は悪くはないが、母のリトリーではなく、父のロータスに似てしまった。
決して不細工ではない。
ただ、そんなにイケメンでもない。
「なんでだめなんだ……?」
「ユイリちゃんがルーノは変態だって言ってた!」
「ユイリちゃんが……?」
「うん! 近づかれたら、いや! とか だめ! とか言えって」
「そんなぁ……」
そんなまさか。
第二次性徴もまだきていないのに、女の子から拒否されるなんて。
アニカとは仲良くなってると思ったのになぁ。
「……悲しいなぁ……」
「あ……」
「ぼく、泣いちゃいそうだよ……」
「……ううっ……」
「男の子は泣いちゃだめだって、父上に言われているのに……」
めそめそと泣きそうなふりをしながら、ちらっとアニカの様子を見る。
効いてる効いてる。
ちょろいちょろい。
「あわわ……。で、でも、ルーノだって良いところあるよ!」
「ちらっ…………どんなところ?」
「女神に愛されているもの!」
「女神さま……?」
鑑定スキルを持っているだろうアニカがそう言うのだ。
僕に女神の加護があるということになる。
全く心当たりがなかった。
十二聖道の洗礼を受けたわけでもないし。
僕に加護があるとすれば、聖王様のものだ。
僕の宿す聖の属性が聖王様に認められて、僕は聖国にいたのだ。
そう、死ぬまでずっと。
「女神に愛されているぼくを、アニカは嫌なの?」
「ほ、ほんとのことを言うとね……いやじゃ、ないよ……?」
「そっか……よかった。アニカにきらわれてなく、本当によかった」
流れるような動きで、僕は言いながらアニカの両手にふれた。
これでアニカが好意的であれば、僕のパーティーに組み込める。
アニカの顔を見る。
僕の言葉に、アニカはその小さくて可愛いほっぺたをほんのりと紅くしていた。
こんな言葉は、聖国の居城で何百回も聖女たちに囁いたことだった。
実を言えば、女神なんぞ知ったこっちゃない。
というか女神って誰なんだ。
十二聖道のフリアエのことを言っているのかな?
もしそうだったら、フリアエほど女神に相応しくないやつなんていないぞ?
【いけませんよ、ルキアーノ=ブレスト】
――なにっ?!
【パーティーを増やすために口先で無垢な乙女を騙すとは……あの男と同等ではありませんか】
――あの男? というか、あなたは誰なんですか!
【さあ。いずれかわかるでしょう。しかし、あなたは道を正さなければなりませんよ。聖国から解放されたのです。羽目を外して、私から祝福を台無しにするおつもりですか?】
――え、祝福? あなたが女神? 誰だ誰なんだ、ますますわからない!
【アニカという少女はあなたのパーティーに加わりましたよ。これであなたを通じて彼女に接触できます。それでは】
言い切って、自称女神さまの声は消え去った。
誰なんだろう。
僕を聖国の時から知っている人物……。
いや僕は生まれ変わっているんだ。
あれからどれだけ時間が経ったかもわからないし、転生まで魂魄を追えるはずがない……。
そんなことできるの天神様か、精霊界の……。
僕に一つの心当たりが浮かんだ。
そう、精霊界の、女王様……。
「嘘だろう?」
「ふん!」
ドガッ。
考えている間、ずっとアニカの両手を握っていた僕の後頭部に、飛び蹴りがヒットする。
膝だ。膝で俺の後頭部を殴りやがった。
――なんてジャンプ力なんだ……。
アニカがひょいと避けて、バタンと僕は地面につっぷした。
顔だけで後ろを見る。
ユイリだ。
黒髪の短髪で、キッと鋭い眼差しで僕を見下ろしている。
冷たい、とても冷ややかな視線だった。
まるで男をナメクジか何かだと思っているに違いない……。
「アニカに近づくな、この便所虫」
もっと悪かった……。
ここから更新が亀になり、不定期になります。
もしかしたら書き溜めるかも。




